35
のんびりとした昼下がり、俺、アレックス・ウェントワースは今日も変わらず書類作業をしていた。
「あ~あ、今頃キャメルはクリフとデートかぁ」
「いえ、今日はクリフが休暇申請をしていたこともあり、別の騎士が複数人ついていますよ」
俺の言葉に、書類の手伝いをしに来てくれていたニコラスが言った。
普段はあまり彼に仕事は頼まないが、父上が外交のために外国に行っているため普段よりも断然仕事量は増え、彼に頼むほかなかった。
「クリフが??珍しいな休暇なんて」
「石聖祭ですし、恋人でも居るのでしょう」
「あぁ、そうだよな」
そうだったらいいなと内心思った。
俺は日を増すごとにキャメルに惹かれていって、それなのにキャメルときたら優しすぎるからクリフやニコラスにも良い顔をするのが面白くないと常々思っていたのだ。
ぼんやりしていると扉の外で何やら騒ぎが起き始めた。
「お、お待ちください‼まずは私が確認を!」
「いくら公爵令嬢とはいえ流石に‼」
外で口々に言う使用人の言葉を聞いてだいたいの想像がついた。
「いつも申し訳ございません」
「いい、ニコラスのせいじゃない。あの女がおかしいんだ」
深く溜め息を吐き、俺は重い腰を上げた。
またあの我儘で傲慢な婚約者殿の仕業だ。
本当は会いたくないが、この王子宮まで来ているということは俺に用があるんだろう。
これ以上使用人を困らせても仕方がないため、俺は扉を開けた。
「何の騒ぎだ」
「アレックス殿下‼‼」
扉のすぐ近くで衛兵に捕まっているオリビアを見て、俺は目を剥いた。
普段は威嚇しているかと思えるほどに派手で卑猥な服装をしているのに、今日は男物のジャケットを羽織っているが概ね綺麗な恰好をしていた。ただ、その綺麗な服の所々に血がついている。
オリビアは俺を見つけると衛兵を振り切り、地に頭をつけて這いつくばった。
「???オリビア嬢??」
こんな姿、今まで一度も見たことが無い。
「アレックス殿下‼‼お願いします‼王宮医師を貸してください‼ハワード殿下が死にそうなんです‼‼」
「はぁ⁉……お前、兄上をこれ以上愚弄するな‼」
死んだ兄上を出され、つい俺が声を荒げて怒鳴りつけるが、今日のオリビアはまったく堪えた様子は無かった。
いつもは唇を噛みしめて悔しそうに引き下がるのに。
「殿下‼‼お願いします‼髪の色も瞳の色も変えているけれど、ハワード殿下なんです‼見て頂ければわかります‼‼」
「…………み、見るだけなら……」
小さな声で答えればオリビアは泣きはらした顔を上げ、急いで俺を王宮の外まで連れて行った。
途中ニコラスと顔を見合わせたが、彼もよく分かっていないらしい。
「……兄上…………い、急いで城の中に入れろ‼医師を呼べ‼絶対に死なせるな‼‼そ、それと急ぎキャメルを探してこい!」
周囲の騎士や衛兵に見られながら王宮の柱にもたれかかり、気を失っていた男は成長した兄上そのものだった。
黒い髪に黒い肌をしているが、双子の片割れである俺が見間違えるわけが無い。
そこから先は俺も何が何だか分からなかった。
医師が到着し、急ぎ治療室へ運び俺達は部屋の外に締め出されてただ兄上の無事を祈るしか出来なかった。
「オリビア……これはどういうことだ?」
ニコラスがオリビアの肩をゆすって聞くと、彼女は青い顔をして戸惑いながらポツポツと言葉を選んで話し出した。
「……今日、ノワールと……ハワード殿下と王都でデートをしていたんです……そこに、クリフが現れてノワールを……」
「ちょっと待て、その前になぜ兄上が生きていることを隠していた??オリビア嬢、まさか君は本当に……兄上の言う通りに何かを仕組んで、悪女のフリをしていたのか??」
ノワールというのは話しの流れからして兄上のことだろう。
騎士のクリフが兄上を刺したなど信じられない。
だがいつものオリビアならともかく、今の静かでひたすら兄上の無事を祈っている彼女が嘘を吐いている様には見えなかった。
オリビアはしばらく唇を嚙みしめて考え込むと、小さな声で呟いた。
「……ハワード殿下が目を覚ましたら……話せるくらいになったら、相談してお話します……」
それだけ言うと彼女は黙り込んでしまった。
小さくすぼめた肩には銀色の髪がかかり、そこには大輪の黒バラが2本絡みついていた。
一見するとバラの髪飾りだが、よく見れば生花だった。
茎も葉も花弁も黒い2本の黒バラ。
女性に贈るとすれば、黒バラ自体の花言葉ともう一つ、その本数から〝この世界はあなたと私だけ〟というメッセージも読み取れる。
いかにも兄上のやりそうなことだ。
兄上とオリビア嬢は……本当に愛し合っていたのか?
「グッ‼‼……っ‼ビア‼ビアは‼」
「じっとしていてください‼オリビア様なら今呼んできますから‼」
中から声が聞こえ、呼ばれるよりも先にオリビアは部屋に転がり込んだ。
「ノワール‼‼ノワール‼‼」
汗で化粧が取れたのか、青白い顔をした兄上が片手でオリビアを引き寄せ額を合わせた。
お互いに存在を確認する様に目を細めて涙を流して2人で安堵している。
その様子は恋人そのもので、2人とも今までに無い顔をしていた。
「ビア、大丈夫か?……うっ痛‼……あれからどうなった……クリフは??」
「クリフは逃げたの……それで、どうしても隣街以外に医師がいなくて……」
「ハワード殿下ここは王宮です。刺された内部から臓腑を焼かれています。出来る処置は致しましたが安静にしてください。これから痛み止めが効いて痛くなくなってきますがご無理はなさらないようにお願いします」
王宮医師が冷静に割って入り、詳細を告げると兄上は目を見開いて周囲を見渡した。
そして、俺と目が合った。
「お久しぶりです、兄上。もうすぐ騎士達がキャメルを見つけてきます。そうすれば、彼女がその傷を治してくれますよ」
憎んで、恨んで、尊敬して、居なくなったことを誰よりも悲しんだ兄が今そこに居る。
さっきまでは非現実的だったことが兄上を実際目の当たりにして俺の心は喜びに満ちてきていた。
「…………あぁ、久しぶりだな」
俺とは真逆に兄上は無表情で言いながら、オリビアを引き寄せ、彼女に何かを囁いた。
オリビアは小さく首を振ったが、兄上に睨まれて一瞬情けない顔をしていた。
「?兄上??……もう生きていることが分かったんです。隠し事もほどほどに、後ほど詳細を聞きますので」
「……痛!いや、今言う……アレックスいいかよく聞け、クリフに僕を襲わせた主犯は……」
日が沈み、月が顔を出したころにキャメルは戻ってきた。
日中騎士達が必死で探したにもかかわらず彼女は見つからなかった。
「アル!」
王宮の魔物の標本が連なる玄関でキャメルを迎えると、彼女は俺を見つけて嬉しそうな声を出した。
「ねぇアル!このあとお散歩でもしない??その、ちょっと渡したい物があって……」
頬を赤らめて上目遣いで言われ、この石聖祭に渡したいものなんて決まっている。
今朝までの俺だったら舞い上がって喜んでいた。
けど、俺はキャメルをじっと見つめてある物を見せた。
「キャメル、これを君の引き出しから見つけたんだ」
それは人に快楽をもたらし、狂わせる薬物の瓶。
キャメルはきょとんとした顔で俺を見る。
「なぁにそれ?あ!もしかしてまたオリビア様が……」
「……こういう貴重で扱いの難しい薬は調合された日付と製作者の名前が記載されているんだ、兄上が考案した。調べればどういう経路をたどってここにあるのかが分かるんだ。
そしてこの薬は君のお父上が買ったものだった、いや、正確にはお父上の代理で君が買った物だ」
「…………」
「この薬をクリフに使ったね?」
「何のこと??私そんなの使ってない、信じて?」
可愛く首を傾げるキャメルにこれ以上詰問したくない。
もう聞くな、彼女は使ってないと言っている、と頭の片隅で聞こえる声を無視して俺は話し続ける。
「……キャメル、7年前にクリフの居た孤児院が人身売買の取引をしていたことを知っているかい?」
「知らない、ねぇアル何か怖い、もうやめよう??」
俺は手に持っていた薬をぎゅっと握り、意を決して告げた。
「それはありえないんだ。当時の野盗が君を知っていた。ピンクの髪にピンク色の瞳の子供が前金をくれて、今日中に孤児院の子供を連れてくれば残りの金を渡すと言ったから動いたと。あの時は戯言として処理されたらしいけどね。
当時、オリビアが雇った傭兵も裏では君が雇っていたらしいね。兄上に聞いて軽く拷問したら簡単に吐いてくれたよ。ピンクの髪にピンクの瞳の子供に雇われて職員をオリビア達の方に放り投げたって……」
淡々と告げ、じっとキャメルを見つめれば彼女は先ほどまでの怯えた態度は消え失せ、俺を半眼で冷静に睨み返していた。
その表情が、視線が、兄上の推測を全て裏付けているようなものだった。
「キャメル……君はこの世界を何周しているんだ?」
面白い!続きが気になる!と思っていただけたらやる気につながるためブックマークや評価をお願いします‼<(_ _)>
既にしていただいた方、ありがとうございます‼
次回遅くて16日、早ければその前に更新します、よろしくお願い致します!




