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秘密の庭園、ノワールの優しい手つきで髪を結ってもらいながら私はのんびりと綺麗な池を眺めていた。
時刻はお昼過ぎ。
庭園に来る前に調理場に寄ればそこには既にバスケットが用意されていて、ピクニックの準備は万端だった。
今は平民の恰好をしていることもあり、しかも地面はノワール特製の柔らかな芝生を敷いてくれたため私達は地面に直に座っていた。
フカフカの柔らかい地面に、偶に緩く髪を引っ張られるが、基本規則的なノワールの手の動きと暖かな日差しで眠たくなってくる。
ゆっくりと、瞬きの度に重くなってくる瞼に負けつつ、微睡む心地よさに負けて私が意識を手放そうとしていたとき、首筋に柔らかいものが当てられ軽いリップ音がした。
「ヒャァ!」
驚いて振り向けばノワールがクスクス笑っている。
え?今、首にキスされた??
「眼は覚めましたか?お嬢さん?」
眠りかけていたこともあり、私の心臓は土砂崩れレベルで鳴り響いていた。
流石に赤くなりながらこくこくと激しく頷くと、ノワールは満足そうに後ろから抱き込んできてお腹の方に手をまわしてきた。
「ノ、ノワール……」
「うん?」
私に聞き返しながらも頭にキスしてくる。
なんというか付き合う前からノワールはちょこちょこ髪にキスしてきていたし、もしかしてキス魔なのかもしれない。
「な、なんていうか思ったよりも積極的で……びっくりしています」
「ハハッごめんごめん、何だか幸せ過ぎてね、お昼でも食べようか?」
「そウネ?」
思わず声が裏返ってしまい、ノワールはまたククッと笑っていた。
その様子に私はちょっとだけ腹をたて、ノワールに抱きかかえられているところから出ようとすると軽い力で引き戻された。
そして片手で器用にバスケットを開けてサンドイッチを手渡してくる。
「可愛いなぁ……あ、いや、これでも食べて機嫌直してよ」
「プッ!心の声が漏れてるわよ、あれ?鴨のサンドイッチ??」
手渡されたサンドイッチは前世でよく食べた様な食パンの耳を落としたものではなく、バゲットの横に切れ目を入れて鴨の薄切り肉とレタスやトマト、あとチラッときゅうりっぽい物が見えているから恐らくピクルスを挟んだかなりジューシーなものだった。
「そう、小さな卵サンドやジャムサンドよりもそっちの方が好きだろ?」
「えぇ!こっちの方が好き!」
「んん?こっちの方が??よく聞こえなかったな」
私がサンドイッチを食べようとするとノワールはわざとらしく顔を寄せてきた。
そういえば私、大嫌いや嫌いじゃないというのは言ったし、ノワールの隣が居心地が良いくらいは言ったが〝好き〟の一言を言っていない。
でもこのまま押されっぱなしでは悪役令嬢としてのプライドが許さない。
……よし!一発かましますか!
私はそっと膝立ちになりサンドイッチを持っていない方の手で優しくノワールの頬を撫でた。
そして自然に顔を近づけて軽く触れるだけのキスをした。
もちろん、マウストゥーマウスだ。
じっと彼のエメラルドグリーンの瞳を見据え
「好きよ」
と、一言。
「~~~~~っ‼‼やられた」
ドサッとノワールは顔を押さえて後ろに倒れ込む。
指の隙間から見える頬や耳はかなり赤い。
「ふふっ悪役令嬢は男を手玉に取るのが仕事なんだから!」
「……ビアもかなり顔が赤いけど??」
「‼‼‼そ‼なっ‼……もう!ほら、どうせ今日も忙しいんでしょう⁉お昼食べなくていいの⁉」
「ハハッ話題変えたな?」
「あー!鴨が美味しい‼‼」
笑い転げるノワールを無視して私は鴨のサンドイッチにかぶりついた。
公爵令嬢として本来はナイフとフォークで切り分けて食べるが、まぁ、これは本来こうやって食べるものだからいいでしょう‼‼
お互いに若干じゃれ合いながらお昼を食べ終え、食後の紅茶を飲んでいるとノワールは私のことを真顔でじっと見つめてきた。
「ビア、クリフのこと何だが……転生者ではないと思う」
「へ⁉でも、転生者でも無い限りシナリオのことをどうやって……」
「よく考えてみてくれ、別の転生者から見たら僕やディーン、トーマスも一見すると転生者に見えるはずだ。本物はクリフが言っているあの人という人物だろう。
でなければクリフの方もビアが死なない結末にするために奔走するはずだけど、アイツにはそんな動きが一切見えない」
確かに、私は三人に全てを話して情報を共有している。
他の転生者が彼らと話せば、彼らも転生者だと間違えることは大いにある。
「でも何で……偽る理由が無いし……」
「あの人がクリフに情報提供する理由は分からないけど、クリフの方はビアの気を引くためだね。現にそれで心を開いて油断したんだろう?」
「うっ……その……」
ギラリと鋭い瞳でノワールが見てくる。多分全てディーンから話を聞いている。
いくら不安だったからとはいえ、クリフに抱き着いたのは失敗だったと今は猛省していた。
ノワールは今度は正面から軽く抱きしめてきて額にまたしてもキスしてきた。
「嫉妬はしているが、付き合う前だから怒ってはいない。今やったら無理やりにでも寝室に連れ込んで一晩中可愛がるけどね」
「は、ハイ。肝に命じておきます」
「よろしい、それで〝あの人〟に心辺りは?」
私が首を振るとノワールは軽いため息を吐いた。
「ビアも知らないか……こっちで調べてもそれらしい手紙のやり取りは見つけたんだが、どうにも相手の方が上を行っていてね。こっちの手駒を全て把握されているみたいにすり抜けられる」
「ノワールが??」
「あぁ……ビア、いいかクリフのことはもう見捨てろ。あいつはシナリオ通りに動く気なんかさらさら無いし今度は二人きりになった瞬間に襲ってくるぞ」
「…………」
正直、クリフがおかしくなった責任の一端は私にあると思う。
彼の性格を変える程の出来事に不用意に関与して、無駄な傷と希望をつけてしまった。
「ビア、過去は変えられないんだ。ビアが転生者で未来をおおよそ予測出来て、ほとんどのことは完璧にこなせる僕が居ても、過去を変えることは出来ない。
出来るのは、今出来る範囲のことをやってほんのちょっと良い未来につなげることだけなんだ」
「……うん」
私はノワールの腕のなかでもぞもぞと動き、彼の背中に手をまわしてしっかりと抱き着いた。
クリフのことでは失敗ばかりしている。
それなのに彼を見捨てるのはどうなんだろう。
今、出来ること……。
「じゃあ、最後に引き入れるのは……」
「アレックスだな、説得は僕がやる。大丈夫絶対にビアを殺させなんてしない。今回の手紙のこともあるしすぐに信じるはずだ」
「ふふっ何手先を呼んでいるの?」
「んん、10手くらいかな」
「流石ね…………ノワール、クリフのことは二人きりにならないように気を付ける、でも私出来るだけのことはしたいの」
私の言葉を聞いてノワールは深く溜め息を吐いた。
一瞬呆れられたかと思ったが、彼は絶対に離さないと言わんばかりに強く抱きしめてきた。
「そういうと思ったよ、ビアは強情だからね。分かったディーンとトーマスにはきつく言っておくし出来るだけ僕が動く、危ないと思ったら悪役令嬢の役なんて放ってここに戻ってくること、いいね?」
「それだと私もゲームの強制力で殺されるかもしれないけど?それに古城の皆にも何かあるかもしれない」
元々死ぬかもしれない運命なのに、そこから逃げだせばどんなしっぺ返しがあるか分からない。私が顔を上げると、ノワールは優しく微笑んでくる。
「僕だって本来死ぬはずだったんだ、何かやりようはあるよ。僕は来年も再来年も10年後もビアとこうして一緒に居たいんだ、そのためなら何だってするよ」
それだけ言うとノワールはゆっくりと顔を近づけ、優しく唇を重ねてきた。
「ノワール、さっきのは冗談じゃなくて本当に好きよ」
ノワールと触れていると心地いい。
いつからとかどこが好きとかは分からないけれど、怖くて愛情深いこの人が好きで仕方が無いという気持ちが溢れてくる。
「分かってるよ、僕も愛してる」
私の言葉に彼は優しく答えるとまた唇を重ねてきた。
ちょっと待って何回するの??多くない??
ちゃんと付き合い始めたの数時間前なのに??
その後、ノワールの午後の仕事ギリギリまで私は彼にめいっぱい愛でられ続けていた。
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