24
「ビア、君を愛しているんだ。恋人になってほしい」
「ノ、ノワール……」
私が呼びかけてもノワールは瞬き一つしない。
その瞳は許しを請う様な、それでいてYes以外の言葉は受け付けないという感じ。
「ビアは僕のことが嫌い?」
甘える様な声を出しながら、ノワールは徐々に距離を縮めてくる。
「あ、の……嫌いじゃない、けど……」
「じゃあいいだろう?何も今すぐ結婚してくれと言っているわけじゃない、お試しの恋人からだって良い、絶対に後悔はさせない……それとも」
音も無く近づき、覆いかぶさるようにノワールは顔を近づけてきた。
そしてそっと今まで聞いたことが無い程低い声で囁く。
「誰かほかに好きな男でもいるのか?」
ドンッ‼と私は思い切りノワールを突き飛ばした。
ノワールとの距離が離れた途端に新鮮な空気が肺を満たしたことに驚き、今まで息を止めていたことに気がついた。
ノワールを突き飛ばした手が震えている。
彼も突き飛ばされたことに驚いているのか、眼を丸くして私を見ていた。
「嫌い……」
ボソッと呟くとノワールの眼は更に大きく見開かれた。
一言呟けば、ポロポロと言葉と一緒に涙が出てくる。
自分でも何の涙なのか分からないけど、ひどく泣きたい気分だった。
「ノワールなんて大嫌いよ」
「ビア……」
ノワールが手を握ろうとしてきた瞬間、私はブーツに仕込んでいた銃を取り出して彼の喉元に突きつけた。
ノワールは降参の姿勢で手を軽く挙げている。
「触らないで」
「ビア、悪かった……どうしても今日答えが欲しかったんだ」
切実に言うノワールにさっきまでの怖さは無い。
でも許す気は無い。
ノワールの行動は私を怖がらせて思い通りにしようとする思惑があった。
そんなもの最悪だ。
私はソファからゆっくりと立ち上がり、ノワールの一挙手一投足に気を配りながら慎重に部屋を出た。
追いかけてくるか、何か言ってくるかと思っていたがノワールは何もせず、何も言わずにただソファに座ったままだった。
部屋の扉を背にして、息を吐く。
まだ心臓がうるさく鳴っていた。
不意に廊下から人の気配がして、思わず銃口を向けると呑気な声が返ってきた。
「あ~待った、俺っすよ!ディーンっす‼……その様子を見るに上手くいかなかった感じっすかね」
「……ディーン達は知ってたの?」
「いやまぁ、知ってたっつーか気づいたっつーか、そんな感じっすかね……俺的にはお二人お似合いだと思ってたんすけど?ノワール様のこと嫌いじゃないでしょう?」
ノワールと同じ質問に思わず私は顔をしかめた。
ディーンの質問は無視し、別の部屋で子供達と一緒に居たベラを連れて古城を出る。
古城を取り囲むバラは元々子供一人分しか入る場所が無かったため丁度人避けに役立っていたのだが、今ではノワールが全て出入りを管理して道の開け閉めを行っていた。
彼はこの4年で着実に魔法を気取られることなく赤かったバラを黒く染め上げ、周辺住民の言う魔王城に相応しいと言えるほどに黒バラは古城を取り囲み美しく咲き誇っていた。
バラの前に立つとてっきり逃がしてもらえないかと思ったが、ゆっくりといつも通りに道が開かれる。
バラが動くということはノワールがこちらを見ているということ。
気のせいでもなんでもなく強い視線を後ろに感じるが、私は一切振り返らずに黒バラの道を駆け抜けた。
「もう夕方ですよ!そろそろ起きないと‼」
「うん……」
翌日、朝に起きて昼からまた寝て夕方ベラに起こされた。
のそのそと起き上がるとベラが着替えさせてくれる。
「……ベラは知ってたの?あの……ノワールが私のこと……」
「知っていたというよりも何となく勘づいてはいましたよ。てっきり私はオリビア様もノワール様を慕っているんだと思っていました」
「…………よく分からないの」
ノワールと親しかったのは本当だ。
この4年彼は一番親しい友人と言って良いし、ノワールにはもう秘密にすることが無いから気軽に話せた。
話も合うし、お世話にもなっているし、純粋に彼の能力の高さを尊敬もしている。
私だったら突然平民になってあんなに落ち着いて自分の居場所を作ることなんて出来ない。
ノワールの隣は居心地が良い。
だからこそ、突然豹変した彼を見て自分の安息の地を壊されたようで悲しかったのだ。
「ハァ~…………何で今なの?」
思わず顔を覆いながら座り込むと、ベラはかまわず私の頭を片手で定位置に戻してきた。
今日からゲームが開始する。
そんな中、ノワールに助けを求められないなんて…………いや、待って。
何でノワールに助けてもらうことが前提になっているんだろう。
彼はもうゲームのシナリオから外れて自由になっていいはずだ。
それを私のせいでゲームにまた関わらせるのは違うのかもしれない。
私、気がつかない内にノワールを利用しようとしてた?
自覚が無かっただけでノワールの好意にもまったく思い当たる節が無かったかというとそうではない。
ちょこちょこ特別扱いは何となく感じていた。
私が悶々と悩んでいる間にもベラは一人で準備を手際よく進めてくれていた。
本当は公爵令嬢なのでもう一人くらい侍女が居ても良いのだが、あまり虐めたくないし秘密をばらすのも嫌なことを察して彼女は自分一人で全てやると言ってくれていた。
「はい!これで後は素敵な悪女の演技さえあればオリビア様の言う悪役令嬢の完成ですよ!」
ベラがパンと手を叩き、鏡の中の自分を見ればそこには陰鬱な顔をした気の強そうな美女、オリビアが座っていた。
「そうね……ちゃんと、演技しなきゃ……」
背筋を伸ばし、空気を吸い込み金切り声を上げる。
「何よこれ‼ベラ‼貴方今日がどれだけ大事な夜会か分かっているの⁉」
ドレッサーの端を思い切り叩きつけると、ベラは片付けをしながら悲痛な叫び声を上げた。
「も、申し訳ございません‼‼やり直しますから‼どうか叩かないでください!」
真に迫る演技をしながらも片付けをして、私に紅茶を入れる姿はもう流石としか言いようがない。
ドアがノックされ、招き入れるとそこにはディーンが立っていた。
「毎度の演技お疲れ様っすね、これ殿下からっす」
渡されたのは黒バラが添えられた一通の手紙。
中を見るとそこにはたった三言しか書かれていなかった。
『怖がらせてすまなかった、必ず力になるから頼って欲しい。見返りは求めない』
「ノワール様結構落ち込んでたっすよ?いやもうマジで初めて見るくらいに」
「……うん」
私は手紙を丁寧にしまい、机の引き出しに入れた。
〝見返りは求めない〟とわざわざ書いてくれるあたり、ノワールは優しい。
私が頼れる先が少ないことを分かっているのだ。
眼を閉じて、私はゆっくりと深呼吸をした。
そしてゆっくりと眼を開ける。
「ノワールのことは後で考える、まずは表舞台で立派に悪役令嬢を演じてこないとね!」
バサッとゆるくウェーブのかかった髪をたなびかせ、私はゲーム開始の夜会会場に歩き出した。
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