17
柔らかい風が吹く森の中、私は息を潜めて回転式銃を構えた。
装弾数は6発。
今日の狙いは冬支度を済ませつつある丸まる太った牡鹿。
出来れば一発で済ませたい。
シンと静まり返る森の中で自身の呼吸を整えて、ただその一瞬を待った。
牡鹿は何かに気がついたように耳をピクピク動かせて警戒している。
もう少し。
じっと待っていると警戒を解いたのかゆっくりと湖に口をつけた。
その瞬間。
パン‼
軽い破裂音と共に頭部に穴が開き、牡鹿は倒れ込んだ。
「ふぅ」
緊張から解き放たれ息を吐くと、隣に居たトーマスが頭を撫で繰り回してくる。
今日はただの狩りのため、ディーンはハワードの元に戻っていた。
「やりましたなぁ!一瞬気配を気取られましたが、いやよく堪えました‼」
「ありがとう」
見に行くと13歳の私よりも大きな牡鹿が既に絶命していた。
弾は完全に頭蓋骨を貫通している。
本来私の使っているリボルバーの口径では小さすぎて頭蓋骨を貫通するなど不可能なのだが実はこの銃、撃っている弾自体は空砲だった。
一連の動作で私の闇魔法を撃つイメージを固定するために撃っている。
つまり飛ぶ弾は全ての物質を消滅させる闇魔法なので必ず貫通するのだ。
私は牡鹿の前に跪き、手を組んで祈りを捧げた。
「ありがたくその命頂戴致します。貴方を糧にして、生き延びさせていただきます」
トーマスも祈りを捧げ、トーマスが牡鹿を捌くと少し燻して貧民街の最下層が寝ている間に配る。
いつものことだった。
基本的には育ちざかりの子供が居る家庭に配るため、歌のことも相まって魔王の悪戯と最近では噂されている。
「ふむ、そろそろ人を撃っても良い頃合いかもしれませんな。もちろん手足ですが……今のオリビア様なら急所を外せるでしょうぞ!」
トーマスはいつもの様にカラカラと笑いながら軽く言ってくるが、私にはそれが喜ぶべきことなのか分からなかった。
でも、どうにかハワードの暗殺までには間に合った。
「……トーマス、私がもし名うての暗殺者と対峙したら銃を使った方がいいのかな?使わない方がいい?」
帰り道に馬上で聞くと、トーマスは一瞬渋い顔をした。
「……状況によりますな。もしも命のやり取りをするのであれば使った方がよろしいでしょうが、オリビア様は表向きと違い優しすぎる。命が関わらないのであればまぁ吹き矢の方があと腐れ無いでしょうな」
「そっか……」
一つ。
たった一つだけ思いついた方法があった。
ハワードが暗殺される瞬間、彼はドームの様に植物を広げるためゲームの画面には植物のドームに刺さった炎の槍が見えただけだった。
もちろんキャメルがハワードルートに入った場合では治す前提のためはっきりと心臓を貫いた描写があったが、アレックスルートではそれは無かった。
だから、私がドームの中に入りハワードの前に立ち、炎の槍が植物を貫いた瞬間に闇魔法で打ち消せば何とかなるかもしれない。
だが、来る方向もおおよそのタイミングも分かっているとはいえこれは本当に賭けだった。
少しでも何かが違えば私が死ぬことになる。
「オリビア様」
名を呼ばれトーマスの方を見ると彼は私に指を突き出してきた。
そして軽くデコピンされた。
「??何?」
「まるで死地に向かう様な顔をされていましたのでな。闘志の伴わぬ戦場はその勝率を下げますぞ!
老いぼれの戯言と思って聞いてくだされ。
殿下もそうだが、若いものほど自身を万能と思う節がある。誰かに助けを請うことは恥ずかしいことでもなんでもありませんぞ‼」
「……うん……もう少し、考えてみるよ」
「まったく!殿下共々強情ですな!」
「ふふっそうかもね」
深夜、馬を厩に戻し、トーマスと別れてこっそりと自室に戻るとそこにはディーンとベラが待ってくれていた。
「ベラ!まだ起きていたの?寝ていてくれていいのに!」
「ちょうどディーン様がオリビア様の部屋に入るのが見えまして、流石にオリビア様と殿方をこの時間に二人きりにするわけにはいきませんから!」
「や、俺天地がひっくり返ってもオリビア様には手ぇ出さねぇけど、幼女趣味なんて無いし後が怖いっすよ!」
ディーンは言いながら机の上に置いていた小包を一つ取って渡してきた。
開けてみれば綺麗な薄紫色のブレスレットが入っていた。
「明日の平民デートはこれをつけてくるようにってことと、男遊びは流石に控えるようにとのことっす」
「うっ……」
ハワード殿下と噂された翌日から私はこの一週間、色んな令息達に会いまくっていた。
それはもう、同い年の男爵令息から幼女趣味のおっさんまで様々な男に会い、ハワード殿下も遊びの一環だったとなるように噂を仕向けている。
もちろん何かをしているわけではなく、ただお喋りをして帰るだけの関係なのだが周りはそうは見ない。
「ブレスレットをつけるのはいいけど……もう一つの方はハワード殿下の方が悪いんじゃない」
むくれながら言うが、言っても仕方が無い。当の本人が居ないのだ。
翌日、ベラに平民デート用の準備をしてもらった。
白いシンプルなワンピースに水色の刺繍が施された清楚な柄。
ハワード殿下が用意してくれた染め粉で髪を真っ黒に染め上げ、髪をハーフアップにしつつ私はドレッサーの中から一つの髪飾りを取り出した。
「ベラ、今日はこれ……」
「はい!」
ハワード殿下に以前もらった水色のバラの髪飾りをつけて縁が広い帽子を被り、眼鏡をかければ完成だ。
なんというか、こういう恰好は久しぶり過ぎてウキウキしてくる。
「おぉ!殿下趣味良いっすね!いつもの百倍は可愛いっすよ!」
「うむ、いつものあの奇天烈な恰好よりもこちらの方がずっと愛らしいですな!」
「……別にいつもの服も好きでしているわけじゃないし」
ブスッと言いながらもいつもよりも私は上機嫌だった。
なんせ、今日は全く演技をしなくていいのだ。
「じゃあ、後はよろしくね!ベラ‼ディーン‼」
「はい!オリビア様は爆睡していることを全力で装います!」
「楽しんでくるんすよ~」
二人に見送られ、私はトーマスに抱えられながらロープを伝って降りた。
いつもと違ってやるべきことも演技も無く楽しむ日。
そんなの3年ぶりだ。
公爵家の馬車は使えないため、トーマスの後ろに乗せてもらい、馬に乗る。
3年ぶりか……。
そういえば前にこういう静かな恰好をしたのはクリフの居る孤児院に行っているときだった。
「……ねぇトーマス?クリフは元気にしてたんだよね?」
「ハハッ何ですかないきなり、元気に第三騎士団長にしごかれておりましたぞ」
ディーンに加え、トーマスにも何度もクリフの様子を見に行ってもらい元気にしていることは確認してもらっている。
「そっか」
シナリオ的には私に接触しないのが一番なのだが、手紙を送ると言っていて一度も送ってこないとなるとやはり心配になってしまう。
手紙を送れない程に忙しくて楽しいのか、それとも……。
私と離れたことでゲームの強制力が働いて、私のことは既に忘れたのか嫌いになったのか……。
何となく考えている間に私達は目的地のカフェに到着した。
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次回7時に更新します!




