ⅩⅩⅢ 現実と混乱
リュイが指を鳴らすと、瞬く間にあの殲滅者本部のように真っ赤で埋め尽くされた。辺りが血で染まっているのだと気付くには少し時間が必要だった。
「えっ……」
「どうしました? さあ、貴方が代わりになってくれるのでしょう?」
「いやだ……、そんな……」
カルトはただただ繰り返す。目の前の光景に気を失いそうになりながら……。
(これはリストなのか……? いや、あの右目の下のホクロ。リスト……なんだな。――何故だ。何故、こいつは俺の大事なものばかりを壊す?)
リストは柱に縛られたまま、息絶えていた。口を猿轡で塞がれ、手と足は麻縄でかなりきつく縛られていた。しかし、カルトはその縛られた先の手を見て驚いた。その手の中には、リストが長く、幼い頃から使っていた、短剣とリボルバーが息絶えた今なお硬く握られていたのだ。
「そうか……。リスト、お前も戦ってくれたのか……」
カルトはポツリと呟くと、フラフラとリストの亡骸の背後に周り、短剣とリボルバーを手に取った。そして「お前の形見、使わせてもらうぞ」とリストの耳元で囁いた。
「カルトさ……」
「近寄るな!」
その言動と荒々しい雰囲気のカルトに、リュイは伸ばした手を止めた。
「――さっきの話はナシだ。俺は帰る」
「っ! カルトっ!!」
リュイはもう既に扉へと向かっていたカルトの手を掴んだ。
「離せ」
「嫌です」
「もう一度言う。離せ」
「嫌です! 確かに、あの男を殺したのは申し訳ないと思ってます。でもっ! それは仕方のないことだったんです」
「仕方のないことだろうが、なんだろうが、お前がリストを殺したことに代わりはない」
カルトの言葉にリュイは返す言葉がないのか、「いや、だって、私は、だって、貴方のために、仕方なく……」と繰り返している。
「少しでも俺のためだと思うなら、お前がここから出て行ってくれ。そして――もう二度と俺の前に現れるな」
後ろ手に扉を閉め、ひとまず一人になったカルトだったがこれからのことは全くの無計画だった。
(さてこれからどうするか……。とりあえず、家から離れるか。何をするかわかったもんじゃないからな)
あの家から約300メートル、森の中にある木の上に、ひとまずカルトは身を隠すことにした。
(とりあえず、あいつが家から出てくるのを待つか……。あ、クレイたちにも連絡しとくか)
カルトは肩にかけていた鞄から便箋を出し、今の状況、今までの出来事、現在地などを事細かに書き記した。そして、その便箋を紙飛行機に折り「行け、ソラ」と呟いた。すると、その紙飛行機は空高く舞い上がりクレイたちのいる方角へと飛んで行った。
(問題はここからだよな。あいつがあそこから出てくるとも思えない……。モストロが苦手なのは確か水だが、あいつはモストロを生み出した“人間”……。あいつの欠点は何だ?)
カルトは考えながら木の上で隠れ、様子を伺っていた。
――数十分後――
(来たか?)
家から出てきたリュイは見た目にも分かるほど、やばい雰囲気を身に纏っていた。
(何だあいつ。ついに狂ったか? いや、元から狂ってはいたか……)
「……カルトさ~ん?」
(こいつ、やばい)
悪寒がする、とはまさにこういうことだろうか。カルトは金縛りにあったように動けなくなった。
「カルトさ~ん? 今出てくれば……殺しはしませんよ~」
(ここはマズイ、あいつは俺の場所を知っている……!)
「ほら~。ここにいるんでしょう? カルトさん?」
カルトが違う木に移動しようと思ったそのとき、リュイは既にカルトが留まっている木の真下に来ていた。
「――なんなら、“枝ごと”貴方を切り落としてもいいんですよ?」
(っ! こいつ、正気じゃない。見つかったら殺される)
カルトがいたのは家から300メートルも離れた木の上。“さすがにここまでリュイが来ることはないだろう”そう思っていたのだ。
「も~。カルトさんったら、かくれんぼ好きなんですかぁ? でもそろそろ飽きてきませんかぁ? ってことで……」
リュイは静かに腰に差していた拳銃を手に取った。
(まずい……。だが、ここで素直に出て行ったところで待つのは死。ここに留まっていても待つのは死……。どうするべきか……)
「チッ。そんなに嫌ですか? 出てくるか、木の上で蜂の巣にされるか、どちらがいいですか?」
抑揚のない声でサラッと言ったリュイに寒気を覚えた。
(どの道待ってるのが死なら、少しでも時間の稼げる方がいいか……)
「わかった。かくれんぼは終わりだ、降りるから、少し離れてくれ!」
カルトは素直に出ていくことを選んだ。
「あ! やっぱりここにいたんですね? もう、早く降りてくださいよ~」
ザッという音とともに、カルトは数十メートルの高さから飛び降りた。
「流石ですね~」
「何がだ? お前こそだろ、なんだよ。さっきの殺気は」
「すみません、カルトさんがいなくなったと思うとつい……」
「全く。で? 俺はこれから何をされるんだよ」
「特に何もしなくていいです」
「は?」
「特に何もしなくていいので、私のそばにいて、私と一緒に遊んでください」
こういう気持ちを唖然というのだろうか。
(何言ってんだ? こいつ。さっきまで人のこと殺そうとしてたくせに)
カルトはすっかり呆れかえっていた。
「遊ぶって何で、こんなところじゃ遊ぶも何もないだろ」
「街に行きましょう?」
「街!?」
(こいつ、リストをあんな目に遭わせておいて何事もなかったかのように……!)
「ええ。カルトさん、お金ぐらい持ってるでしょう?」
「あるけど。遊ぶほどはない」
「じゃあ私が払います! とりあえず、街に行きましょう!」
「え、ちょっ……」
一方的に誘われ手を引かれたカルトは、先程まで殺されそうになってた相手が運転する車に乗せられ、街へ繰り出すことになったのだった。




