Ⅱ 異変
翌日、カルトはガルブの中心都市、バレンティアを離れ、フーガ郊外にある食用の人間を育てる場所、通称ハクルへと向かった。
(一応連絡は取ったが、そんなに簡単に会えるものなのか?)
半信半疑のカルトは、ハクルで驚くべき光景を目にした。
(なんだ、これ。何で、モストロがモストロに襲われてるんだ……?)
きっと食用の人間を市場へと移動するため、モストロが来たのだろう。しかし、よく見れば暴力を振るわれている方は何日も食べていないのか、やせ細っているように見える。
「いや~。すみません、遅れてしまって」
ハクルの責任者と思われるモストロが顔を出した。
「いえ、こちらこそ突然すみません」
「一応ここのマネージャーをやらせていただいています、アズラク・ナシートと申します」
「私はこのたび、中央から派遣されました、エファセのカルト・ヒネーテです」
カルトの言葉にアズラクは固まった。
「エファセ!?」
「――そう緊張しないでください。何もいきなり取って喰おうって言うんじゃないですから。最近の状況を聞きたかっただけです。気軽に応えてください」
「はい……」
一気に腰が低くなったアズラクに基本的なことを聞きつつ、カルトはあのモストロのことを尋ねた。
「――すみません」
「はいっ! 何かおかしなところでも!?」
アズラクはすっかり怯えきっていた。
「そんなに怯えないでくださいよ。――あの子達はどうしたんですか?」
カルトの指差した方向を見たアズラクは、今までと違う声色をした。
「ああ、あの子らは教育をしているんです」
「教育?」
「ええ」
怪訝な表情のカルトを気にもせず、アズラクは言い放った。
「あの子、ああ、いじめられている方の子です。あの子はモストロでありながらモストロではないんです」
「――どういう意味です?」
「あの子は人を好みません。普通、モストロとは幼い頃から人肉を食べ、育ちます。しかし、あの子は人肉は嫌だ、と食べないのです」
(普通の人間と同じ味覚のモストロ?)
「そんな変わった子がいるんですね」
「モストロの中でも滅多にいませんよ。珍しいです」
「そうですか、わかりました。ありがとうございました」
「いえ、お役に立てたのなら幸いです」
アズラクと別れたカルトは一先ず自宅へと戻った。
(さて、状況を整理すると……?)
カルトはさっそくリストへの報告書、という名のメールを打っていた。
(モストロの状況、変わったモストロ、そして、国王の異変。こんなところか? とりあえず送ってみるか。よし、送信っと)
翌日、メールを送り終わったカルトは自分が思っていたよりも疲れていたのか、机の上で眠ってしまっていた。
(ああ、腹減ったな……)
そう思ったカルトは市場へと出向くことにした。
バレンティアの市場は、フーガの市場とは違い、鶏、豚、牛、などの家畜の肉、野菜など数多くのものが並んでいる。
加工場にしろそうだ、バレンティアの加工場には逆さ吊りにされた人間などいない。血の一滴も流れていない。
(いつも思うが、同じ国でこんなに違うものか……)
カルトは手近な肉、野菜、果物などをたっぷり買った。
(ん? あいつは確か……)
自宅へと戻る途中、カルトは道端に倒れている見覚えのある姿を見つけた。
(あのときのモストロ? なぜここに。フーガからバレンティアは歩いて来れない距離ではないが……)
悩んだカルトはとりあえず、両手いっぱいの荷物を一旦置きに戻った。
(さて、あいつを連れてくるか……)
そして、あのモストロの場所へと戻り、連れて帰ったのだった。
(見た感じは17くらいか? 体格がいいわりに軽いな。本当に食べてなかったのか……)
カルトはそのモストロをベッドへと寝かせた。
「ん……」
「お、目覚めたか?」
2時間後、目を覚ましたモストロは、カルトの姿を見るや否や身構え、震えた声で話した。
「っ!? だ、誰だ……!」
「おい、怯えるな。俺はエファセ。モストロなら聞いたことくらいあるだろ?」
「エファセ……? 俺を、殺すのか?」
「は? 何言ってんだよ」
「あの人が言ってたんだ。あんまり強情だとお前を殺しにエファセがやってくるって。あのエファセはお前を殺す下見に来てるんだって。お前、あのときのエファセだろ?」
「――お前名前は?」
「え……?」
「名前。あるだろ?」
「……クレイ・ナーダ」
「クレイ、俺はお前を殺さない。ナシートに聞いた、お前モストロでありながら人肉が嫌いなんだってな」
クレイは何も言わず、カルトの話を聞いていた。
「お前、あそこに戻りたいか?」
「あそこ……?」
「ハクルに、戻りたいか?」
「……嫌だ」
「ならこのままここにいてもいいんだぞ」
カルトの言葉にクレイは顔を上げた。
「正気か? 俺がここにいれば、ほかのモストロが……」
「俺が守ればいいんだろ?」
「……本当にいいのか?」
「ああ」
「あ、ありがとう……」
そうしてこの家に1人、住人が増えることになったのだった。




