表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/65

63. 一人じゃない

◇◇


 リディアが先ほどの暴走で作り上げた黒い靄は、徐々に薄れ始めていた。巻き込まれた侍従や招待客がそこら中に倒れてうめいているのが、だんだんはっきりしてくる。半刻前まで華やかだった夜会は今や見る影もない。


「なんか、無惨というか、悲惨というか……ひどいね」

「無惨にした本人が言うなよ。……ま、いずれにしろ、こいつらの自業自得だろ」

「そう、だね」


 フレイに手を引かれて周りを確認しながら、リディアは素直にうなずく。暴走という形だったにせよ、術を使ったことを後悔してはいなかった。


「まだ終わったわけじゃない。気を抜くなよ」

「ん、わかってる」


 目配せをして正面に向き直ると、ちょうど第二王妃とギルトラッドが術の消えた床の上をやってくるところだった。


「少しお転婆が過ぎるようね、リデュイエーラ?」

「そのとおりだ、いい加減にしてもらおう。いくら抵抗したとしても、お前たちはこの離宮から逃れることはできない。あがくだけ術力の無駄だ」


 声高に詰め寄ってくる王族親子の後ろには、さらにぞろぞろと護衛や侍従が続いていた。


「そうだ!お前たち、これがどういうことかわかっているのか。王族に害をなすなど、不敬も甚だしい!」

「今すぐ手打ちにされても、文句は言えんぞ!」


 先ほどまでの及び腰はどこへやら、彼らは声を張り上げ剣を抜く。人数の面から見ればリディアとフレイは圧倒的に不利だ。今日だけで一体何度目か、二人はまたも王妃たちに取り囲まれる形になった。


「リデュイエーラ、あなたのその反抗的な態度は目に余るものがあるわ。けれど、術の素質だけはすばらしい。ここまで大きな術を扱うなんて予想以上よ。ますます欲しくなってしまったわ。……どうかしら、ここはひとつ、取引をしましょう」

「取引?」

「あなたは、その黒髪の坊やを大切にしているんでしょう?屋敷の襲撃で彼を傷つけれられて、考えなしにこの離宮に乗り込んでくるくらいにはね」


 こんな騒ぎがあった後なのに、アビゲイルの言葉にはまだ自信が満ちていた。己の優位をまるで疑っていない。嫌な予感がした。


「だったら、どうだって言うんですか」

「……私は、あなたの術が欲しい。あなたは、その坊やを守りたい。それなら話は簡単だわ。私たちに従いなさい、リデュイエーラ。そうすれば、あなたの大切な弟はこの離宮から解放してあげます。……従わなければどうなるか、わかるわね?」


 護衛たちが一斉にフレイに剣を向けた。返答次第で、即座にそれを突き立ててみせるとでも言うように。喉が干上がるのを感じながら、リディアは必死で頭を働かせた。


「いいえ、あなたはそんなことできないはず。いくら第一王子派の貴族しかいないとしても、このような人前で、中立のファビウス家の子息を私事のために斬れば、必ず風評は立ちます。きっと離反者だって出る。最初からフレイを人質に取ることもできたはずなのにそれをせずに操りの術を使おうとしていたのが、いい証拠だわ」

「……ふふ、小賢しいことを言うのね。でも、もうこの坊やを斬る理由などいくらでも作れるのよ?それこそ、今やあなたたちは私やギルトラッドを害そうとした反逆者ですもの」

「っ……!」


 刃の切先が弟の首筋に突きつけられ、リディアはそれ以上の抗議の声を飲み込んだ。こくり、と喉が鳴る。

――けれど。


「俺も、見くびられたもんだな」


 臆することなく、フレイが顔を上げた。


「こんななまくらの剣で、できるものならやってみればいい。この距離なら、斬られる前にあんたらを氷漬けにしてやる」


 淡々とした口調で語ったのは、挑戦的な言葉。遠くない過去の出来事を思い出したのか、ギルトラッドたちがわずかにひるむ。その隙に弟は短く詠唱し、いとも簡単に剣を凍りつかせた。


「――俺は、リディアを王家の人間に利用させたりなんてしない。何があっても共に在るって、そう決めたから」


 言葉と同時に、つないだままだった手がぎゅっと握られる。思わず見上げると、そこにあったのは決意を秘めた横顔だった。揺らぐことのないまなざしは、ただまっすぐ前を向いていた。

 こんな状況だというのに、リディアは一瞬泣きそうになった。つらいからでも、悲しいからでもない。ただ、胸が熱かった。フレイの強さと温かさに、大丈夫だと言われた気がして。


(そうだ、私は一人じゃない)


 ありがとう、と口の中でつぶやいてそっと手を握り返す。そうしてから、腹に力を込めて息を吸った。ゆっくりアビゲイルに視線を定める。


「――毒を使って、操りの術を使って、人の自由を奪う。気持ちを歪めて、書き換えて、思いどおりに動かす。それでも駄目なら、脅してでも事を成そうとする。これが、あなたたちのやり口ですか」

「あら、ひどい言い方ね。私は、私の望むことのために最善の策を選んでいるだけ。それの一体何が悪いというの?」


 悪びれるでもなく、動揺するでもなく、王妃はただ顔を歪めて微笑む。いびつなその表情は、彼女の精神状態を表しているようにも見えた。


「伯爵令嬢に過ぎないあなたを、未来の王妃の一人に取り立ててあげるのですもの。感謝してほしいくらいなのよ?いくら空間魔術の使い手を得るためとは言っても、正直過大な方法なのではないかと迷ったくらい」

「それが、あなたの答えですか……」


 ふ、と息が漏れた。きっと、彼女にはもうどんな言葉も通じない。それでも、リディアには言わなくてはならないことがあった。視線をギルトラッドへと移す。


「ギルトラッド殿下。私は、あなたを憎んでいるわけじゃない。別に、第一王子殿下を慕ってるわけでもない。はっきり言えば、どっちにも興味はありません。王位継承争いも利権争いも、関わる気はありませんから。伯爵家に名を連ねる者として、それが許されることなのかどうか私は知らない。でも……今回、あなたたちがとった手段だけは、何があっても許せない」


 言いながら、操りの術で自分が自分でなくなってしまった、あの感覚がよみがえる。大切なものがいつの間にかすり替えられて、それに気付くこともできない状態。思い返すだけでも、怒りで体が震える。あんなこと、誰が認めるものか。

 アビゲイルと違って王子は芯から心を蝕まれているわけではないから、言われている意味を理解しているようだった。決まり悪げに瞳を揺らし、顔を背けようとする。けれど、リディアは射抜かんばかりのまなざしでそれを止めた。まともに目が合って、王子が息を飲んだのがわかった。


「私の心は私だけのもの。私の人生は、私が決める。今度こそ、ちゃんと生きてちゃんと死ぬの。だから……絶対にあなたたちに従ったりしない!」


――と、次の瞬間。唐突に会場の隅から拍手の音が響いた。


「お見事、リディ。さて――たまには、お兄様たちもいいところ見せておかないと、かな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ