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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第七章②

 この後も、吹奏楽部との合同練習が続いた。吹奏楽部も明音達の合唱に毎日、付き合ってくれた。吹奏楽部の伴奏にも慣れて、細かい所の指導へと移った。


 特に顔の表情などを注意された。合唱では顔の表情も重要な一要素らしいのだ。また表情豊かに歌うことで声のボリュームが上がってきているように感じた。


「ここまで来ると後は気持ちだな」


 とたくわん先生。


「それに、そろそろクラスの出し物も動き出すだろう」


 ついに文化祭まで一週間を切っていた。


「そっちも手伝って行かないとな」


「でも、もっと本番まで練習したい」


 明音がそう言うが


「本番までに喉を潰されても困るからな、後はいつものトレーニングと忘れない程度に練習すれば大丈夫だろう」


「リハーサルまでは調整程度の練習をすれば良いと思うわ。私達も吹奏楽部の演目の確認もしたいしね」


 ずっと付き合ってもらっていた吹奏楽部にそう言われてしまっては仕方がない。明音も諦めた。ただ、自分達で練習をする事は出来るし、本番までに喉を潰しては元も子もないと気持ちを切り替えた。


「ついでに、クラスメイトや聞いてもらいたい人に宣伝してきたらどうだ。見てくれる人が多いほどやる気も出るだろう」


 とたくわん先生。明音はそれにはあんまり、乗り気じゃなかった。クラスメイトは苦手なイメージがあった。


「まあ、どちらにしても合唱するんだから、クラスには配慮して貰わなきゃいけないこともあるからな」


 どうやら、どうあってもクラスメイトには話さなきゃいけないようだ。かなり憂うつな気分になった。


「とりあえず、クラスの文化祭実行委員に合唱に出ることは言わないとね」


 と菜々美。明音は渋々頷いた。


「大丈夫よ。私も一緒に言うから」


 菜々美が明音に言う。二人なら何とか出来そうな気がした。


「羨ましいわ。私は一人で言わないといけないもの」


 と小百合。


「そうだよね。私はまだ恵まれている方だよね」


 明音が言う。


「まあ、私も文化祭実行委員に言ってくるわ。嫌な事は早く終わらせるに限るもの」


 小百合の言うとおりだ。私も早く言ってしまおうと明音は思った。


 今回は練習も終わり、早めに家に帰った。久しぶりに学校に行くのが憂うつだ。逆に言うと今まで友達のお陰で憂うつにならずに学校に行けていたんだなと思った。改めて友達の大切さを実感する。今回も菜々美が一緒に付いてくれる。そう思うと何となく勇気が出てくる。


「小百合の言うとおり早く終わらせてスッキリしよう」


 自然と明音は頭を切り替えることが出来た。とりあえず悩みすぎて眠れなくなる事は避けられそうだ。近くにいなくても友達には助けられてばかりだなと自分に苦笑した。




 放課後、文化祭実行委員が中心となって文化祭の準備を始める。実行委員の指示で机と椅子は端の方に片付けた。看板を作ったり飾りつけや小物を作ったりしている。


その中であまり積極的で無いクラスメイトが出るのも文化祭の定番だろう。そういう人達はいつの間に帰ってしまっていた。実行委員も諦めて一々呼び止めなかった。


明音と菜々美も小物を作るのを手伝う事になった。だが、明音達は手伝う前に言わなければならない事があった。菜々美がポンッと肩を叩いて合図する。明音も意を決する。立ち上がり女子の方の委員長に話をしにいく。


「あの委員長」


「どうしたの、宮本さん」


「文化祭の当日なんですが……」


 明音が委員長に説明する。足りない所は菜々美が補ってくれた。


「……そうなの、分かったわ。こっちは人では足りているから心配しなくても良いわよ」


 と言ってもらえた。これで当日は大丈夫そうだ。


「それにしても、そんな事をしていたのね。皆には言ったの?」


「いや、まだ」


「勿体無い」


 委員長がそう言うと周りを見て


「みんなちょっと聞いて」


 その言葉にみんなが手を止める。


「明音さん、菜々美さん。宣伝しておきなよ」


 といきなり、そんな事を言われる。明音は混乱して何も言えなかったが、


「えーと、実は文化祭で合唱する事になって……」


 菜々美が上手く話を進ませてくれた。その話を聞いてクラスメイトがザワザワと騒ぎ出す。


「と言うことで、当日は参加できないみたいなのですが、明音さんと菜々美さんも応援してあげて

下さいね」


 最後に委員長が締めくくる。クラスで拍手が沸き起こり


「頑張ってね」


「応援しているよ」


「見に行くね」


 等々、応援の言葉を掛けられた。耳が聞えなかった時に、からかっていた人も応援してくれた。

 場が落ち着いて小物作りを開始する明音と菜々美。


「何か変な感じ」


 と明音。


「何が」


「私の事、良く思っていない人たちも応援してくれていた。何か今まで私の事を良く思っていなかった事なんて、すっかり忘れてしまっているみたいで何か変な違和感があって……」


 それを聞いて菜々美が納得する。


「ああいう、からかいって本人達は大して気にも留めていないのよ。相手を傷つけている事も気付いてないし、自分達が明音に警戒されているとか嫌だと思われていることすら分かってないのよ。だから、ああして何も無かったように素直に応援してくれるのよ」


「そう言うものなんだ」


 何か理不尽だと明音には思えた。あれだけ傷つけられても相手には何にも残っていないなんて


「まあ、気にしていても仕方ないから素直に応援は受け取って置きましょ」


「そうだね」


 この事はこれ以上考えるのは止めた。今は小物作りに専念しよう。当日は手伝えない分、手伝おうと明音は思ったのだ。





 小物作りが切りの良い所まで進んだので委員長に言って、明音と菜々美は合唱の練習に行かせてもらう。曲を忘れない程度に少ない時間だが練習させてもらえる事になっている。


「あっ小百合」


 音楽室に向かう途中で小百合と合流した。


「小百合の方は委員長に言えた?」


 小百合は頷く。どうやら小百合も上手くいったようだ。


「そっちは?」


「うん、菜々美のフォローもあって、ちゃんと説明できたよ。皆、応援してくれるって」


「そう、良かったね」


 音楽室に到着してドアを開けると吹奏楽部の演奏が溢れ出て来る。文化祭に向けて追い込みをかけているようで、かなり気合が入っているようだ。


「たくわん先生」


 小百合が呼びかけると先生が気付く。


「おお、来たか。ちゃんと文化祭実行委員には話せたか」


 三人が了解を取った事を話す。たくわん先生は頷いて


「なら、良かった。まだ吹奏楽部が練習中だからトレーニングでもしていてくれ」


 そう言われたので腹筋をしながら歌ったり腕立て伏せをしながら歌ったりしながら過ごす。しばらくして、吹奏楽部の練習がひと段落付いた様で合唱の練習に取り掛かった。


 これで、クラスに対しての憂いもなくなった。後は本番まで万全の態勢で迎えるように練習するだけだ。明音達の練習にも気合が入り、集中して励んだ。


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