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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第七章①

 菜々美が戻って来て久しぶりに三人でたくわん先生の下で練習できるようになった。


「良かったな。戻って来て」


 たくわん先生がニコリと笑って言うと


「お騒がせしました」


 と菜々美が頭を下げた。


「練習に入る前に三人質問だが、合唱を聞いて、人は何によって感動すると思う?」


 たくわん先生がいきなり、そんなことを言い出す。明音は考えてみるが良く分からなかった。菜々美と小百合も分からなかったみたいで、黙ったままだった。


「これは持論だが……」


 と先生が前置きして話し出す。


「恐らく、歌からその人がどれだけ努力してきたかが分かるから感動するんだと思うんだ」


 三人は黙って先生の話に耳を傾ける。その姿を見て先生が頷く。


「その歌っている姿から、その歌い手がこの合唱の為にどれだけ苦労して努力して創り上げたか、それが歌に滲み出てきて、それを感じることで人はその歌に感動するんだと思うんだ」


「技術を習得すると言う努力そのものが人に感動を与える。だから実際、その技術が身に付くか身に付かないかは二の次で良いんだと俺は思うんだ」


 明音はなるほどと思った。例えば、小学生の歌声だろうと中学生の歌声だろうと高校生の歌声だろうと人は感動する。技術で見れば高校生の方が圧倒的だろう。


 でもだからと言って小学生の歌声が高校生の歌声よりも感動するとは限らないのだ。むしろ、その純粋な小学生の努力を感じて高校生の歌声よりも感動する事だってある事もあろう。


「だから、三人は何より、この合唱に努力して立ち向かう事が何より大事だという事だ。人より下手だとか上手いとかそんな事は全然気にすることはないんだよ」


「……はい」


 菜々美が答える。きっと先生には何で菜々美が練習に来なくなったのか分かっていたのだろう。だから、こんな話をしたのかもしれない。明音にはそう思えた。


「さてと、では話はこれで終わり。いつも通り、筋トレとストレッチをした後に練習に入るぞ。明日からは吹奏楽部の練習とも合わせるんだからな」


「えっ」


「えっじゃない。もう文化祭まで二週間をきっているんだぞ。そろそろ仕上げに入らないとな」


 いよいよ、吹奏楽部の人達と合わせる事になるんだ。自分達の歌の完成が近づいているのを実感した。本番まであと少しなのだ。


「よし、頑張ろう」


 明音はもっと努力して感動させる歌を創ろうと、さらに練習に気合を入れた。





 次の日、吹奏楽部と一緒に練習する事になり音楽準備室から音楽室に練習場所が移動になった。


 久しぶりに吹奏楽部のメンバーと顔を合わせた。


「お久しぶりにね。上達したらしいわね」


 と威厳のある声。宮澤部長だった。


「お久しぶりです」


 明音が頭を下げる。宮澤部長の前だと緊張して体を硬くしてしまう。


「そんなに硬くなっていると歌えなくなるわよ」


 宮澤部長に指摘されるが中々、硬さが抜け切らない。その明音の姿に宮澤部長は、


「まあ、歌えば少しは楽になるでしょう」


 と苦笑した。


「それじゃあ、時間も勿体無いから早速やってみるか」


 たくわん先生がそう言う。宮澤部長は頷いて、


「それじゃあ、合唱のメンバーは真ん中に立ってくれる」


 そう支持されて三人は吹奏楽部の真ん中に立つ。大人数の中で真ん中に立つだけで、後ろからの圧迫感を感じて緊張する。


「ほら、リラックリラックス」


 そう言いながら指揮棒を持って三人の前に立つ。宮澤部長はどうやら指揮者のようだ。


「それでは行きます」


 宮澤部長が指揮棒を上げると明音達の後ろにいる吹奏楽部が一斉に動くのを感じる。そして華麗に宮澤部長が指揮棒を振るう。今までのピアノだけの伴奏では感じることのない迫力のある音が音楽室を響かせる。その音に圧倒されて出だしのタイミングが分からなくなる。


 宮澤部長が合唱メンバーに合図をする。慌てて歌いだすが出遅れた。


「ストップ」


 案の定、宮澤部長に歌を止められてしまった。


「三人とも音と私の指揮をしっかり見てね」


「はい、すいません」


 想像以上に吹奏楽部の伴奏と合わせるのが難しい。ピアノのように分かりにくい上に迫力に圧倒されてしまう。


「もう一度」


 指揮者に合わせて伴奏が始まる。そして同じように合唱メンバーに合図が出される。


「世界に向かって~」


 今度の出だしは上手くいった。そのまま流れるように歌う。と言うか伴奏に流されて歌っている状態だった。お陰で所々、パートが分かれている部分で間違えたり、人のパートを歌ってしまったりと混乱しながら歌っていた。一応、最後まで歌ってみたが結果は散々だった。


「思った以上に、上手く行かないわね」


 その中で唯一、今までと変わらずに歌えている小百合が言う。いつもながら流石である。たくわん先生が三人の歌う様子を見て


「別に気負う事はないんだぞ」


 と一言。


「いつも通りやればいいんだよ」


「でも、ピアノの時とは感じが違って」


 菜々美が言うと


「大丈夫。慣れれば同じはずよ」


 と宮澤部長が言う。


「何度でも慣れるまで練習するわよ」


 そう言って練習を再開する。明音達も慣れる為に真剣に練習に励む。取り敢えず慣れる事が最優先と言う事で、何度も何度も歌い続けた。その内、吹奏楽部の迫力のある伴奏にも慣れて落ち着いて歌えるようになった。


「どうやら、吹奏楽部の伴奏にも慣れてきたな」


 たくわん先生が言う。


「後はもっとボリュームを上げないと吹奏楽部の演奏に埋もれてしまうな」


「そうですね」


 宮澤部長が頷く。


「いつもやっているトレーニングを毎日続ける事が重要ね」


「そうだな、後、細かい所を修正すれば形になるだろう」


 二人の話を聞いていると、まだまだ練習が必要なようだ。


「でも、あそこから良くここまで上達出来たものだわ。感心するわ」


 と宮澤部長。この厳しい部長に褒められるのは格別嬉しく感じると明音は思った。


「ありがとうございます」


 明音がそう言うと


「でも、まだまだよ。しっかり練習しないとね」


 と釘を刺された。やはり厳しい人だ。


「そろそろ時間だな。最後にもう一回やって終わりにしよう」


 全員が「はい」と気合の入った声で言う。今日の仕上げだ。最後の最後まで気を緩めずに歌って今日の練習は終わった。


「中々、大変ね」


 菜々美が言う。それに小百合が頷く。


「でも、頑張ればそれだけ、感動を与える歌に仕上がるわ」


「うん、頑張ろう」


 明音が言う。たくわん先生が言った事を信じれば、この苦労が人に感動を与える歌を創り上げるのだ。最後の最後まで気を緩めずに歌いきろうと明音は思った。


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