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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第六章③

 次のたくわん先生の練習も同じような練習だった。明音、小百合、菜々美の順番で練習をしていく。明音と小百合は順調に進んでいったのだが、菜々美はつまずいていた。


「中々、くせが治らないな」


「すいません……」


 明音は変なくせとか付く前に正しい練習をしたので、すんなり進んでいた。しかし菜々美は元々、歌うことが好きでカラオケ等で我流の練習していた為に変なくせが付いたらしい。それが合唱には適さないくせなのだ。


「まあ、仕方ないんだけれどもね」


 と小百合。普通に歌を楽しんでいる中では仕方が無い事なのだそうだ。地道に直して行くしかないそうだ。


「でも、大丈夫よ。直せる物だから」


 それを聞いて明音は安心する。


 菜々美のパート練習は明音と小百合より多く時間を掛けた。それを菜々美はどういう訳か気に病んでいた。


「ごめん、私の為に時間を取らせて」


「ううん、気にしてないよ」


 あまりにも菜々美が気にし過ぎているような気がして明音は少し心配だった。


「私、足を引っ張っているよね……」


「そんな事ないよ」


 明音が手を横に振る。最近、歌っていてもあまり菜々美は元気がなかった。


「それじゃあ、三人合わせて歌ってみるか」


 いよいよ三人合わせて歌う事になった。上手く歌えるかどうか不安で緊張するが、三人の歌が合わさったらどうなるのか楽しみでもあった。


「では、最初から通していくぞ」


 先生がピアノを弾き始める。緊張で胸が高鳴る。そして


「世界に向かって~」


 出だしは良好だった。


「旅立とう~」


 次がいよいよ、パートで別れる所だ。


「痛みを伴うかもしれないけれども」


 やはり最初は難しい。中々合わない。周りの歌で引き込まれて、違うパートを歌ってしまいそうになったりした。菜々美も同じような感じで音程から外れたりした。その中で小百合は安定した歌声で音程もしっかりしていた。さすがだなと明音は感心した。本当に心強い仲間だ。


「まあ、最初にしては上出来だよ」


 それを聞いてホッとすると


「もっと上達しないと人に見せらないけれどもね」


 たくわん先生に釘を打たれた。まだまだ練習をしないといけないようだ。


 この後も三人合わせての練習が続いた。少しずつではあるが上達はしてきていた。ただ、菜々美は苦労しているようで中々合わなかった。


「まあ、一日でここまで行けば十分だよ」


 と先生。今日の練習はここで終わった。


「ごめん、足を引っ張って」


 菜々美が自分だけ上達が遅れていることを気にして謝る。


「そんな、気にする事ないって。私だってまだまだだし、菜々美と同じだよ」


 明音がそう言うが菜々美は暗い顔のままだった。


「ううん、明音は本当に上達しているよ。最初は歌うのもまま成らなかったのに、今では私よりも上手になって、それなのに私、全然上達しなくて……」


「そんな事ないわよ、菜々美だってかなり上達しているわよ。明音と菜々美は状況も違う。それを考えれば、同じくらい成長しているわよ」


「でも……やっぱり……」


 小百合がそう言うが菜々美は納得しなかった。


「先生、この曲って二部合唱でも出来るんですか」


「まあ、出来なくは無いが、やはりこの曲は三部合唱が一番だと思うぞ」


「……そうですか」


 菜々美は何か思う所があるのか考えこむ。


「とにかく、これからも頑張ろうね」


 何とか雰囲気を変えたいと思って明音が出来るだけ明るく言うが


「うん、そうだね……」


 菜々美はまだ元気がない感じだった。この後の帰りの道でもあんまり喋らずに帰ることになった。


 これ以降、菜々美が練習に来なくなった。




「今日も来なかったね」


 明音が呟く。菜々美が練習に来なくなってから、学校でも話さなくなってしまった。


「どうして、来ないんだろう」


「分からないわ」


 小百合がそう答える。


「もし、このまま来ないなら合唱を二部に作り直さなきゃいけなくなるな」


 と先生が言うが


「必ず菜々美は来ます」


 明音が断言する。


「……そうだな。ならこのまま練習するか」


 先生が言う。でも何で菜々美が来てくれないのか分からない。何とか菜々美が来ない理由が知

りたかった。


「小百合。明日、一緒に菜々美の家に行かない?」


 明音が小百合に提案する。それを聞いて微笑を浮かべて


「良いわよ。やっぱり直接、聞いたほうが早いしね」


 二つ返事で了解してくれた。一人では心細かったので助かった。


 ふと、明音は自分が不登校になった頃の事を思い出した。自分が部屋に引きこもっている時に菜々美は一人で何度も自分の家に通ってくれていた。こんなにも心細い気持ちの中で通ってくれていたのかと思うと胸が詰まる思いがした。


「今度は私が行かなくちゃ」


 菜々美の家に行って、ちゃんと話そう。そう思った。


「まあ、明日の事も良いが今日はしっかり練習しないとな」


 たくわん先生が言う。そうだ、菜々美が来ても大丈夫なように、ちゃんと練習をしておかなくては


「はい」


 明音は練習に入った。

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