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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第六章②

 放課後、明音の家に集まる。最近は、制服だと動きにくいし汗もかくのでジャージを持ってきてその場で着替えていた。だいぶ涼しくなってきているのだが、筋トレをすると汗をかいてしまうのだ。


「あら、みんなジャージ?」


 とお茶菓子を持ってきたお母さんが言う。


「うん、声が出るように筋トレしなきゃいけないから」


 明音が言うとお母さんは


「歌うのも大変ね」


 と言って去っていった。お母さんも居なくなった所で、いよいよ筋トレを始める。腹筋に膝立ての腕立て伏せ、最後にスクワット。全部歌いながらする。それにウーイーと言う口のストレッチも忘れずにやる。これだけで、すでに三十分くらい使ってしまう。


 全部終わると一息入れる為に、お母さんが持ってきた飲み物を飲む。そして、歌の練習である。


「じゃあ、スタートするよ」


 音楽プレイヤーからメロディーが流れてくる。一軒家とは言え、あまり大きな声を出さずに三人で歌う。


「世界に向かって~」


 優しくも力強く感じるのがこの歌の特徴だ。歌っていると勇気が出るような気がしてくる。


「旅立とう~」


 今は三人とも同じ音程で歌うところを練習していく。音程の確認は小百合がしてくれていた。


「明音、上手になったね」


 小百合が明音に言う。菜々美も頷いた。


「本当に、カラオケで歌っていた頃とは大違い」


 と言ってくれた。明音はその言葉を聞いて嬉しかったが


「まだまだ下手だよ。もっと練習しなきゃね」


 と謙虚に返した。きっと二人が明音を励ますために大げさに言ってくれているのだと思ったからだ。


「ううん、私の方が全然歌えてないよ。もっと練習しないと」


 と菜々美が言う。それに明音は


「そんな事ないよ。菜々美だって上手くなっているじゃん」


 と言うが、菜々美は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。


「そんな事を言っていたら私も全然上達してないよ」


 今度は小百合がそんなことを言い出す。


「だって、小百合は元々上手いじゃない」


 菜々美がそう突っ込む。明音もそう思った。これ以上、上手にならなくても良いくらいだ。


「でも、菜々美と明音を見ていると私も、もっと上達したいって思えるんだ」


 と小百合は言った。お互い良い触発を受けているようだ。明音はそれが分かると熱い気持ちが込み上げてきた。


「それじゃあ、練習の続きしようか」


 と明音の意見に二人とも頷く。この後、三人は時間一杯まで練習した。合唱をより良いものにしたいという気持ちが明音を頑張らせていた。それだけじゃなく、歌うことそれ自体が楽しくて仕方なかったし、小百合と菜々美と一緒に歌えることが嬉しかった。友人とこんな風に挑戦できる事が嬉しかった。


 歌の練習が終わると三人はヘトヘトになったが苦しいとは感じずに充実感で満ちていた。




 そして、次の日。いよいよパート別の練習となった。


「まずは聞いてみるか」


 と今回練習する部分をたくわん先生が弾く。音が混ざっていて自分がどの部分を歌うのか良く分からなかった。


「それじゃあ、宮本から練習しようか」


 たくわん先生に言われて明音が立ち上がる。


「よろしくお願いします」


 明音が頭を下げると先生が笑みを浮かべる。


「まず、音を聞いて」


 明音の歌う音を先生が出す。明音のパートはソプラノなのでかなり高い。出来るか不安になってくるほどだ。


「歌えそうか?」


「やってみます」


 明音がそう言うと先生が頷いてピアノを弾く。


「はい、一、二の」


 三のタイミングで明音が歌う。まだ初めてと言うこともあって中々、音が合わない。


「もうちょっと、高いかな。もう一度やるよ」


「はい」


 何度も同じ事を繰り返す。色々とアドバイスを受けながら徐々に調整していく。しばらくして形になるようになって来た。


「よし、じゃあ次に吉川ね」


 そう言われて今度は小百合が呼ばれる。小百合は立ち上がる。


「それじゃあ、まずは音を聞いて」


 明音と同じように小百合も音を聞く事から始める。そして、今度は小百合が歌に合わせて歌い始める。さすがはやっていた事があるだけあって、すぐに音程が合ってくる。


「もっと抑揚を付けた方が良いかな」


 と小百合から提案する。それを聞いて先生が意外そうな顔をして


「そうだな、その方が良いかも」


「なら、もう一度、お願いします」


「分かったよ」


 ともう一度、練習する。さっきより安定していないが気持ちが込められている事が分かった。


「もっと、練習しなきゃ行けなさそうね」


「そうだな、それにしても……」


 と先生が笑みを浮かべる。小百合が気味悪そうに


「何よ」


 と警戒する。それに先生が苦笑いを浮かべて


「いや、何だか積極的だなと思っただけだよ」


 と言う。


「ちょっとね」


 小百合は具体的には理由を言わなかった。先生の前で言うのは抵抗があるようだ。


「それじゃあ、次は佐々木だな」


「はい」


 最後に菜々美のパートの練習が始まる。


「よろしく、お願いします」


 と菜々美が頭を下げる。


「それじゃあ、このフレーズから」


 前の二人と同じようにまずはピアノを聞いて、次に歌ってみる。後は、微妙に調整しながら一つ一つを練習していく。それを繰り返していくのだが、菜々美は苦労しているようで明音達より多くの時間を費やして練習をした。


「もう少しなんだけれども、合ってこないな」


「すいません」


「いやいや、まだ練習したばっかりだし謝る事じゃないよ」


 菜々美が謝ったので慌てて先生がフォローする。上手く行かなかったせいか菜々美の声が段々と小さくなる気がした。


「そんなに気にする事ないぞ。まだ時間はあるし。焦らずにやって行こう」


 その様子を察して先生が励ますのだが、あまり効果はなかったようだ。


 時間も遅くなってきたので今回の練習はこれで終わる事になった。いよいよ、パート練習に入って難しくなってきた。でも一緒に励ましあいながら練習すればつらい練習もきっと乗り越えていける。本番まで頑張っていこうと明音は心に誓うのだった。


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