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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第五章④

 次の日、放課後に明音の家に集まって歌の練習をする為に集まっていた。明音のお母さんがおやつを明音の部屋において、


「また、友達増えてよかったわね」


 と嬉しそうに去っていく。何かと娘の事が気になるようだ。三人は軽く雑談した後、練習を始める。最初は例の筋トレとウーイーと口を広げるストレッチをやる。それだけで目一杯疲れる。


 たくわん先生からは課題曲を歌いながらするように言われた。それが終わると水分補給をして、いよいよ練習をする。あんまり大きな声を出せないので音程の確認だ。先生からもらったピアノの演奏が入ったCDを使って練習をする。音程は小百合さんが正しく理解しているので安心だ。


「この曲、意外と難しいね」


 と菜々美が苦戦する。明音はそもそもちゃんと歌えているのか、自分で理解していない状態だった。


「前よりは良くなっているわよ」


 小百合の言葉に明音は励まされる。けれども、もっと感覚を鍛えなければと明音は思う。せめて音程が合っているか合っていないかくらいは分かるようになりたい。


「それにしても、意外と菜々美が苦戦しているわね」


「うん、ちょっと音程高くて」


「もともと低い方が歌いやすいのかもね」


 菜々美も苦戦しているんだからきっと私も上手く歌えてないんだろうなと明音は思う。とにかく時間が無い。練習あるのみだ。


「もう一回しよう」


 私が言うと二人が頷く。そして音楽プレイヤーをかける。この音楽プレイヤーにも色々と思い出があるなと、ふと思って明音が微笑を浮かべる。


「どうしたの」


「ううん、何でもない」


 菜々美に答えて明音はスタートボタンを押す。そして音楽が流れ出す。それに合わせて三人は

もう一度、歌いだした。





 明音、菜々美、小百合の三人は毎日、歌の練習に励んだ。たくわん先生がいる時は音楽準備室で、いない時は明音の家で練習をし続けた。そして、明日はいよいよテストの日となった。最後の練習の日はたくわん先生と一緒に音楽準備室で練習をする。


「最初に比べたら本当によくなったな」


 たくわん先生が言う。それを聞いて明音はホッとした。


「あれだけ、練習をしたんだから良くなって当たり前よ」


 これは小百合。そうだとしても先生に認められるのは嬉しかった。


「まあ、宮澤は厳しいからな。合格を出してくれるか分からないが」


 それを聞いて明音は不安になる。


「大丈夫よ、明音。あれだけ練習をしたんだから」


 菜々美がそう言って励ます。


「努力したんだから、大丈夫よ。明音は本当に上達したんだから」


 今度は小百合に励まされる。二人に励まされて明音の不安も軽くなった。実際、本当に明音は上達していた。歌う事なんてまったく知らなかった明音だったが、それが返って良かったようだ。


 凄い勢いで上達していった。スポンジが水を吸い込むように歌い方をどんどん覚えていったのだ。変な癖も付いていない時にちゃんとした練習をしたことが功を奏したようだ。


「そうよ、今となっては私より上手なんだから」


 菜々美に大げさに言う。本当はそんな事は無いのだ。明音は菜々美の方が断然に上手なのにそうやって励ましてくれているのだろうと考えた。


「とにかく、最後まで練習して宮澤に認めてもらわないとな」


「はい」


 三人が返事をする。追い込みの練習が始まる。声は大分出てくるようになったので、音程や、細かい所を練習する。声も合わさるようになり、一週間前よりはよっぽど歌らしくなってきた。ここまで来ると後は当日にしっかり歌えるかどうかだけだった。緊張して歌えなくなってしまったら、それでおしまいだ。


「気楽にいけよ。緊張を楽しめるくらいにね」


 たくわん先生らしいアドバイスを最後に受けて今日の練習は終わった。いよいよ、明日が本番だ。やるだけやったんだから大丈夫。明音は自分をそう信じて、明日に挑む。





 当日のテストは放課後の音楽室で行われた。宮澤部長だけが、聞くのかと思ったら吹奏楽部全員が明音達の合唱を聞くらしい。予想していなかった事態に緊張が跳ね上がったが、どうにかこうにか気持ちを落ち着かせた。


「では、お願いします」


 明音が言うと、たくわん先生がピアノを弾き始める。最初が大事だ。常に先生にそう教えられた。そして明音達が歌い始める。予定していた通りはっきりと言えた。明音はホッとした。でも油断をせずに歌っていく。


 こんなにも大勢の前で歌うのは初めて足が震えていた。緊張で声が詰まりそうになるが、どうにか堪えて歌う。その内、この雰囲気になれて余裕が出てくると何だか楽しくなってきた。少しリラックスした気持ちになり、声が出やすくなるようになる。これなら、しっかり歌えそうだ。明音は自分が高揚していくのが分かる。歌うのはこんなにも楽しいんだ。そう思った。


 そして全て歌い終わる。すぅーと力が抜ける。終わったのだ。


 パチパチ


 吹奏楽部の部員が拍手をしてくれる。とりあえず、形にはなっていたみたいだ。


「あそこから、良くここまで上達したわね」


 宮澤部長が明音達に言う。次の言葉を待つ。また三人に緊張が走る。


「合格よ、協力するわ」


 その答えに部員も頷く。認めてもらえた。


「やったー」


 両手を挙げて三人に喜ぶ。そのまま抱き合ってピョンピョン跳ねた。その姿を見て宮澤部長が微笑して


「でも、これからが本番よ。いろいろ細かい事も決めないとね」


 と言う。それに明音は跳ねるのを止めた。


「これからよろしくお願いします」


 三人が頭を下げる。それに部員達も


「よろしくお願いします」


 と言って頭を下げた。

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