第五章③
次の日の放課後。約束どおり、たくわん先生の所に行った。何故か体育で使うジャージを着るように言われた。何でそんな事が必要なのか分からなかったが、とりあえず指示に従ってジャージで音楽準備室に向かった。
「おう、来たな」
先生は普段どおりの服装だった。
「たくわん先生、何で私達だけジャージなんですか?」
「まあ、すぐに分かるよ。それじゃあ、早速始めようか」
そう言って結局教えてくれなかった。
「まずは声を出すためのストレッチな」
そう言って、そのストレッチのやり方を教わる。口を、ウーとすぼめて、イーと今度は横に広げる。これを五十回ほど繰り返すと言うのだ。
「ウーイー」
「ウーイー」
「ウーイー」
と先生を真似てやっているつもりだったが、
「全然、もっと大きく広げないと」
そう指摘される。今度は力一杯やる。すると先生も納得が言ったらしい。
「今の自分の顔は見たくないよね、きっと変な顔になっているよ」
と半分、笑いながら言う。本当にそうだなと明音は思った。思ってみたらその顔を先生に見られているのだ。そう思うと少し恥ずかしくなり口を小さく広げると
「宮本、また小さくなっているぞ」
とすぐに指摘された。明音は諦めて思いっきり五十回やりきる。顔の筋肉が疲れて頬が痛くなった。だが、小百合は前からやっているのか平気そうな顔をしていた。やっぱり鍛え方が違うのだろう。
「よーし、とりあえず、一つ歌ってみるか」
と先生がピアノの前に座る。
「じゃあ、簡単な歌で良いか、かえるの歌でいくか」
そう言って先生は気ボードを引き始める。三人はいきなり引き出すので慌てて歌い始める。顔のストレッチをやったのか前より声が出るような気がした。
「どうだ、少し違ったろ」
「はい」
明音が言うと、たくわん先生はニヤリと笑い。
「そうか、なら次は腹筋しながら歌ってもらおうか」
「え」
と明音が絶句する。菜々美もハテナが頭の上に浮かんでいた。だが、小百合は毎度の事なの
か、すぐに腹筋の準備に入った。
「やっぱり、良い歌は体から出るからな、ほらほら、今度はチューリップの歌でも歌うか」
そう言うとたくわん先生はピアノに向かう。明音と菜々美は慌てて準備に掛かった。
「では、いくぞ」
先生がピアノを奏でる。言われた通りに腹筋しながら歌う。これが想像以上にきつかった。最初は良かったが段々腹筋が痛くなる。
「続いてかえるの歌ね」
もはやかえるの歌に入ると息が切れて声を無理矢理絞り出すように歌う。
「おお、良く頑張ったな」
と先生が褒める。すでに明音と菜々美、そして小百合も久しぶりだったのかヘトヘトになっていた。
「次、あるんでしょ」
「もちろん」
小百合が言うと先生が嬉しそうに言う。明音と菜々美の顔が変わる。これで終わりじゃないの。心で叫んだ。
「次は腕立て伏せな、膝は立てて良いよ」
普通の腕立て伏せとは違って楽だと思いきや、これも歌いながらやると相当、つらい。腕が
段々上がらなくなっていき、声も段々小さくなる。ようやく終わった頃は地面にうつ伏した。
「じゃあ、最後にスクワットしながら歌うか」
「ひー」
終わった時には体のあちらこちらが痛かった。ジャージを着て来いと言われた理由が痛いほどわかった。
「よし、ごくろうさん」
少し休憩する事になった。三人とも崩れるように座った。もう、立つ気力すらなかった。
「休んだら今度は歌うぞ」
「はーい」
と明音が言う。想像以上に歌うのはきつい事だった。でもやりがいを感じていた。友達と一緒に苦労して何かを達成しようとする。それが何だか楽しかった。
「こんなに大変だとは思わなかったよ」
菜々美が壁に寄りかかり、ぐったりしている。相当疲れているようだ。
「そうだね」
そういう明音もぐったりとしていた。小百合も同じような状態だ。ふと三人の顔が合う。何となく三人で笑ってしまった。
「さてと、そろそろ歌うぞ。せっかくウォーミングアップしても休みすぎると意味がなくなってしまうからな」
そう言われて三人がゆっくりと立ち上がる。腹筋や足が痛くて立ち上がるのも一苦労だ。
「それでは、ようやく課題曲を歌ってみるか。とりあえずは三人で歌ってみよう」
明音は呼吸を整える。ようやくちゃんと歌える。これからが、いよいよ本番だ。ピアノが始まり、歌いだす。
(あれ)
明音は驚く。あれだけ疲れ果てていたのに声が前より出るようになっていた。
(このために筋トレをしていたんだ)
声が喉からではなく、もっと奥の方から出ているのを実感できる。菜々美や小百合の声もさっきより、はっきりしていていた。
全部、歌い終わると何だかスッキリしたような気分になる。腹から声を出せていたからかも知れ
ない。
「どうだ、気持ちよく声が出せただろう」
「はい」
「最初は歌なのになんであんな事しなきゃいけないのって思っていたけど、今は良く分かります」
「そうだろう、そうだろう」
と菜々美の言葉にたくわん先生は自慢げに言う。
「そういう事で、練習の時は必ず最初にああ言うのをやるから、そのつもりでな」
それを聞くと明音はちょっと、嫌な汗をかいた。あんな事を毎回やるとなると耐えられるかどうか少し不安になる。
「大丈夫よ、すぐに慣れるから」
と小百合が明音を励ます。明音は何も言っていないのだが、その表情で読み取ったようだ。そう思うと小百合さんって凄いなと感心した。
「さて、あんまり遅くまでやる訳には行かないんだから、どんどん練習するぞ」
とたくわん先生。その後、細かい指導を受けながら一つ一つ区切って練習をしていった。明音はそもそも歌うとはどうすれば上手いのか下手なのか、いまいち分からない中での練習だった。それでも、なんとなく練習していると一歩ずつ上手くなっているような気がして嬉しかった。
そして、今日の練習は終わった。たくわん先生は吹奏楽部の練習も見なければならないので、明日の練習は休みになった。次の練習は明後日だ。それまでに家でも出来る練習方法を教えてくれた。
帰り道、先生がいない時はどうするかと言う話になり
「なら、私の家で練習する?」
と明音が提案する。二人は二つ返事で了解してくれた。
明音は何とか宮澤部長に認められるように頑張ろうと決意していた。きっと、この挑戦は意味がある、やったからには合唱を絶対に成功させたいと強く思っていた。そして、それに答えてくれる友達がいる事が何より嬉しかった。だからこそ三人で成し遂げたいと明音は強く思っていた。
いつもより、遅い時間の帰り道、夕焼けが三人を映し出していた。それは三人を応援するように温かい光だった。




