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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第五章②

 明音達は放課後に音楽室に行った。そこで吹奏楽部が練習をしているからだ。

明音達は吹奏楽部の練習を見るのは初めだった。真剣にやっていてその雰囲気に圧倒されてたじろいだ。



「おお、来たか」


 たくわん先生が気付いてくれる。


「部長、ちょっと来てくれ」


 先生がそう言うと眼鏡を掛けた一人の女子が来る。


「この子達がさっき話していた宮本と佐々木と吉川」


 明音達がその場でお辞儀をする。


「そして、この子が吹奏楽部の部長。宮澤(みやざわ) (ゆかり)だ」


「初めまして」


 と宮澤部長がお辞儀をする。


「さっそくだけれども、例の合唱の件ですが」


「はい」


 明音が緊張しながら返事をする。上級生でしかも部長となると威厳があって、つい体が硬くなってしまう。


「正直、あまり乗り気では無いわ。私達はこの日の為に夏休みから練習していたの。それを少し

の時間とはいえ明け渡すのには強い抵抗があるわ」


 はっきりと宮澤部長に言われて明音は凍りつく。やっぱり諦めるしかないのかと心の中でため息を付く。


「ただ、何も見ないで決め付けるのも良くないと思ったのでチャンスを上げます」


「チャンス?」


その言葉に明音の心が少し氷解する。


「今日、私達の前で歌ってみて一週間後にもう一度見ます。それで、どれだけ成長したか。あなた達がどれだけ本気なのかを見て決めようと思います。それで良いかしら」


 そう言われて明音は菜々美と小百合の顔を見る。彼女達は頷いていた。それを見て明音は覚悟を決めて


「お願いします」


 と答えた。と言うことで急遽三人の歌の実力を見てもらうことになり、学校で習っている曲が課題曲として指定される。これなら三人とも歌えるだろうと言う事だ。


 まず始めに小百合が歌う。さすがは音楽をやっていただけあって、上手かった。その心地よい歌声にそこに居た人達が聞き入ってしまうほどの実力だった。


 次に歌ったのが菜々美だった。小百合には到底及ばないが、安定した歌声で落ち着いて聞ける歌声だった。


 そして、最後に明音である。ついこないだまで歌うことすら出来なかった彼女である。自分でもどうなるか分からなかったが、とにかく一生懸命歌おうと心に決めて歌った。だが、案の定、音程は取れていない。音に合わせて声を出すのがやっとといった感じだった。明音自身、全然歌えていないと分かるほど上手くいかなかった。


「……これで、本気でやる気なの」


 強烈な宮澤部長の一言がグサリと明音の胸に突き刺す。


「この子、実はこの間まで耳が聞えなかったの」


 菜々美がフォローに入る。それを聞いて宮澤部長は驚く。今までのいきさつを明音が宮澤部長に話した。それを聞いて宮澤部長も明音について納得したようだ。


「なるほどね……」


 としばしば考え込む部長。三人は妙に緊張して次の言葉を待つ。それに気付いた宮澤部長が苦笑して、


「まあ、一週間後楽しみにしているわ」


 と言ってくれた。それを聞いて三人はホッとした。宮澤部長はまだ吹奏楽部の練習があるので戻った。三人とも


「はぁー」


 と息を吐く。宮澤部長が居なくなって緊張が解けたのだ。


「とにかく、この一週間頑張らなきゃね」


「そうだね」


「うん」


この一週間で本当に合唱が出来るか決まるのだ。最初は絵空事だと思っていた事が徐々に現実になりつつある。明音は何ともいえない高揚感を感じていた。


「とりあえず、三人とも明日、放課後にまた音楽準備室に来いよ。合唱の練習をしてやるから」


 たくわん先生の言葉を聞いて明音は感謝した。そして、いよいよ挑戦が始まるのだ。明音は期待と不安で一杯になった。けれども、絶対合格したいと言う強い気持ちを持って明日の練習に挑もうと思った。


「やるだけ、やってみよう」


 明日に向けて、その言葉で自分を鼓舞した。

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