第四章④
そして今週の休みにカラオケ店に現地集合で待ち合わせた。前に菜々美と明音が一緒に行ったカラオケ店だ。
最初に着いたのは明音だった。だいぶ早めに着いてしまった。しばらくドアの前に待つが中々来ない。真夏よりは楽になったが、まだまだジリジリと暑い。菜々美と小百合が来る頃には明音は汗ばんでいた。小百合と菜々美は何処かで会ったようで一緒に話しながら来た。
「おまたせ」
「待ったよ」
「ごめんごめん」
ようやく明音は中に入ることが出来た。カラオケ店はエアコンが入っていて寒いくらいだった。明音は温度差で頭が少しクラクラした。
前と同じように菜々美がフロントで対応してくれた。前と同じような部屋に入る。ちゃんと番号も確認しておいた。
「さてと、じゃあ、誰から歌う」
菜々美がそう言うが誰も動かない。仕方が無いと言った感じで菜々美が曲を入れて、
「ちゃんと次入れてね」
と念を押して最初に歌った。菜々美の歌声は聞いていると何となく元気になる。曲もテンポの良い曲を歌っていた。
「じゃあ、次、私が入れようかな」
そういうと、小百合が曲を探し出して入れる。小百合が選んだのは落ち着いた曲だった。
「そういう歌が好きなんだ」
「まあね」
明音と小百合が話している内に菜々美が歌い終わる。
「おっ、次は小百合さんか」
菜々美が言うと小百合が頷いてマイクを持って立ち上がる。するとゆっくりとした曲が流れてくる。そして小百合の声が合わさり綺麗なハーモニーとなる。
「すごい」
明音が圧倒される。
「これじゃあ、次、歌いにくいな」
と菜々美が言う。明音もその気持ちが分かった。あれだけ歌える人の前で歌うのはかなり緊張する。しかも次は明音の番だった。本当は曲を選んで置くつもりだったが、小百合の声に聞き惚れて選び忘れていた。結局、小百合が歌い終わるまで聞いていた。
「お粗末さま」
と小百合が言って椅子に座った。
「凄く上手だったよ」
「ありがとう」
明音がそう言うと小百合が軽くお辞儀する。
「本当に凄かった。なんか感動しちゃったよ」
菜々美が言う。
「そんな、大げさだよ」
と小百合が苦笑していた。
「じゃあ、次は私か」
いよいよ、明音の番だ。出来るだけ簡単な物を選ぼうと色々探してみる。無理をせずに童謡から探す。
「うー、なんか恥ずかしいけれども、これで」
そう言って明音が選んだのはチューリップの歌だった。
「えっ」
と小百合がキョトンとした顔をする。菜々美は頑張れと声援を送ってくれていた。
「さいた~さいた~」
と音楽に合わせて歌っていく。初めて歌った時とは違ってちゃんと歌うことが出来た。
「歌えている歌えている。頑張れ」
菜々美が励ます。明音は必死になって歌っていた。そして最後までしっかりと歌うことが出来た。
「やったね」
「うん」
明音と菜々美がハイタッチする。
「えーと」
と小百合が戸惑っていた。明音は自分が最近まで耳が聞えなかった事を言っていない事を忘れていた。
「えっと、実は私、最近まで耳が聞えていなかったんだ。」
「えっ、どういう事?」
「実は……」
と明音は小百合に今までの経緯を話した。それを聞いて小百合は納得したようだ。
「なるほどね、明音さんも色々と大変だったんだね」
「うん、でも菜々美がいてくれたから頑張れたんだよ」
「そんな事無いよ、明音が頑張ったからだよ」
菜々美が謙遜してそう言う。でも明音は本当に菜々美がいてくれなかったら、まだ部屋で引きこもっていたかも知れない。本当に良い友達に巡りあえた。
「なんか、良いね。二人とも仲が良くて」
「小百合さんも友達だよ」
「え」
ちょっと間があった後
「ありがとう」
そう言って小百合は微笑を浮かべる。
「そういえば、何でいつも、音楽準備室で弁当食べているの?」
「ああ、私、クラスに友達いないから」
菜々美の質問にさらりとそう言う。
「あんなに歌が上手いのにどうして」
明音が尋ねる。小百合はしばらく黙っていたが、しばらくして
「実は私のお父さん、有名な会社の社長なのよ。吉川グループって聞いたこと無い」
明音は記憶を探ってみるが中々思い当たる所がない。
「もしかして、あの吉川グループ」
菜々美が言うと頷く。どうやら菜々美は知っているようだ。
「菜々美、吉川グループって」
「ほら、明音が見ている音楽番組でCMやっているじゃない」
そう言われて、よくよく思い出してみると思い当たるCMを思い出した。
「ええー、あの吉川グループ」
小百合が頷く。
「何かあったらいけないと思っているのか、あまり近づいて来ないの」
「なるほどね」
と菜々美が一人納得する。恐れ多くて近づけないのかもしれない。
「でも、そんな人が何で、こんな学校に?」
「志望校に落ちたの」
「あっごめん」
「いいわよ、気にしていないから」
菜々美が謝っているのを見て小百合が手を横に振る。
「そうなんだ、小百合さんってお金持ちなんだね。何か凄いよね」
「何も凄くないよ。めんどうなだけ」
明音が言った事に小百合がそう言う。明音は何が面倒なのか良く分からなかったので
「どうして?」
と聞いた。
「だって、色々社会で必要だと言って習い事をさせられるし。英語に中国語に進学塾。頭に良いからって音楽をやらされたり、勝手に海外に留学させようとしたりされてね」
「何か大変だね」
「まあね」
と言って小百合がため息を付く。お金があるのも大変だなと明音は思った。
「何だかさ、会社で良い様に使われる為にこんなに頑張って、何になるんだろうとか思っちゃたりしてさ……。まあ、親と喧嘩して今は全部止めちゃったけど」
それを言っていて小百合がハッとした顔になって
「ごめん、変なこと言って」
といきなり謝られた。明音は首を振って
「そんな事無いよ。悩みは皆持っているもん。私だって色々あるしね」
そう言って明音は励ます。その様子を見て菜々美が
「とりあえず、今日はパァーと歌ってストレス解消しよう」
そう切り出して曲を入れる。それに続いて
「じゃあ、私も」
明音が曲を入れようとすると
「次、私の番」
と言って小百合が曲を入れる。
「あっ、ごめん。順番の事忘れてた」
「気にしないで」
そして今度こそ明音が曲を入れた。今度はテレビでやっていた自分の好きな曲を入れた。
そんな感じで時間一杯まで三人は歌いまくって、時間になった。
終わる頃には夕方になっていた。歌いすぎて声がガラガラになった。明音はこんなに一杯歌ったのは初めてだった。声がかすれてしまった。
「うー喉がいたい」
「大丈夫?」
そういう菜々美も声がかすれていた。
「あれだけ、たくさん歌ったからね」
だが、小百合だけは平気なようだ。やっぱり鍛え方が違うようだ。でも今はたまに歌うだけで特に何もしていないらしい。それを聞いて明音は勿体無いと思った。
「せっかくこれだけ歌えるのに……」
「別に、今の方が気楽で私は良いけれどね」
小百合はそう言う。明音は今まで歌うことが出来なかったし、今でもようやく歌のスピードに合わせるのがやっとで音程とか発音の仕方とかにまで気が回せなかった。それで小百合の上手な歌を聞くと、ついつい明音はそれを使って何か出来ないかと考えてしまう。
「まあ、良いじゃない歌が楽しく歌えれば」
菜々美はそう言う。そういうものかと取り敢えず明音は納得する事にした。三人は話しながら家に帰った。今回のカラオケで小百合とは打ち解ける事が出来たみたいで、たくさん話すことが出来た。




