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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第四章①

「おはようございます。明音さんいますか?」


「はーい、ちょっと待っててね」


 菜々美がドアの前で立っている。今となっては日常の光景だ。それに慌てて明音が階段から降りてくる。


「ごめん、待った」


「ううん」


 と菜々美が首を横に振る。菜々美と発音の練習をしてから数週間で明音の言葉ははっきり分かるようになっていた。


「いつもありがとう」


 と母親が菜々美に言う。ニコリと菜々美が笑う。


「じゃあ、行って来ます、お母さん。」


 明音が母親に言う。母親は手を振って家に入っていた。明音と菜々美は学校へ向かった。





「大分、言葉がはっきりして来たね、明音」


「うん、これも菜々美のおかげだよ」


 いやいや、そんな事ないよと菜々美は手を振った。でも明音は本当に菜々美のお陰だと感謝していた。菜々美が明音と発音練習を一緒にしてくれたお陰でここまでスムーズに会話できるようになったのだ。


「最近、面白いテレビないねー。」


「そうだね」


 と他愛の無い話をする。それだけで明音にとっては宝物のようだった。ようやく明音が願って止まなかった友達との会話を存分に楽しんでいた。


 そして学校にあっという間に付いてしまった。校門を抜けて校舎に入る。下駄箱に靴を入れて二階に上がり、教室の扉を開ける。でも誰も反応せずに自分達の会話を楽しんでいるようだ。


 明音が学校に復帰した時は扉を開けた瞬間、クラスが凍りついたようにシーンと静まって入りにくかった。しかし、今ではクラスも気にしないので入りやすくなった。


「そろそろチャイムが鳴るね」


 と明音が言うと菜々美が頷いて


「そうだね、それじゃあまた後でね」


 と言ってそれぞれの席に座った。明音と菜々美が自分の席に移動する。席が離れているのでギリギリまで会話が出来ないのが残念だ。


 そしてチャイムが鳴り先生が入ってきた。ホームルームが始まった。特に連絡も無かった様ですぐに終わった。


 そして五分後に一時間目の授業が始まる。入ってきたのは明音を馬鹿娘呼ばわりした河野先生だった。明音は体を硬くする。この先生は苦手だ。いつも明音を見ると嫌な顔をするのだ。


「それでは教科書開いて」


 いつもの気難しそうな顔でそう言って授業を開始した。今日は順番で考えても明音に当たるので緊張する。


 授業が進み、いよいよ一人ずつ問題を当てられる。自分に近づくに連れて、さらに緊張が高まってくる。そして


「じゃあ、つぎ宮本、この問題をやって」


 と言われる。前のように舌打ちや馬鹿娘と言われなくなったが、未だに嫌われているような気がする。


「はい」


 と独特の訛りが無くなって聞きやすくなった声で答える。黒板まで急いでいく。出来るだけ先生とは目を合わせないようにして、問題に答える。未だに恐くて先生と目が合せられないのだ。


「いいぞ」


 と言われて自分の机に戻る。どうやら答えは合っていた様だ。ホッと安心する。とにかく今日の一番の難関は越えられたと明音は思った。


その後も何事も無く授業は終わる。明音は菜々美の所に言って話を始める。


「あの先生、私は苦手だな」


 明音がそう言うと、菜々美が苦笑する。


「まあ、仕方が無いね」


 そういわれて明音がため息をつく。


「あの先生、何であんなに私のこと嫌いなんだろう」


 菜々美に明音が聞くと


「まあ、面倒くさかったのかもね。あんまり生徒とも関わろうとしない先生だし」


「そういうものかな」


「そういうものよ、きっと」


 そんな離している内に授業のチャイムが鳴る。明音達は急いで自分の席に戻った。




 午前中の授業も終わり、昼休みになった。明音は菜々美と机を並べて食べる。一緒に喋りながら食べる人がいると弁当の味も格段においしく感じる。


「明音のそのおかず。ちょうだい」


「なら菜々美のそれと交換してよ」


 とおかずを交換したりしながら楽しく昼休みを過ごせるようになった。こういう小さい事に明音は友達がいる楽しさを噛み締めていた。菜々美がいなければこんな事も出来なかったのだ。


 ちらりと周りを見ると五、六人で集まっている所や明音たちと同じように少人数で集まっている所もいる。みんな楽しそうに昼食を過ごしている。その中に違和感無く自分がいる事に明音はホッとした。


「なんか、ようやくクラスに馴染めてきたような気がする」


 明音が言う。


「まだまだ、もっと一杯友達が出来るようになるよ、明音は良い子だもん」


 と菜々美が言ってくれる。


「それなら、菜々美だってそうじゃん」


「そんな事無いよ、私はなんと言うか固いからさ」


 と菜々美は自分でそんな事を言う。明音にはそんな風には思えなかったから、菜々美が何でそんな事を言うのか分からなかった。


 そんな話をしているうちに予鈴がなった。弁当をしまい、机を元に戻して次の授業の準備を始める。他のグループも机を元に戻して整列した状態に戻した。だが、ギリギリまで話すのを止めずにまだ話し続けて、先生が来て慌てて戻る事になった。


 いつもの事なので先生も気にせずに落ち着いたら授業を始めた。


「では、教科書開いて」


 先生に言われて教科書を開く。いつものように授業が始まる。最近、先生の声にも慣れて来てスラスラと先生の言っている事が把握できるようになった。ノートもしっかり取れるようになった。


 そのおかげで明音はさらに勉強が楽しくなっていった。ただ、菜々美にそれを言うと変わっていると言われる。それが明音にとっては心外だった。


 学校は勉強がメインじゃないか。それが楽しい事の何が変わっているのか分からなかった。でも菜々美と良く話しているから自分との違いが分かったんだと思うと悪い気はしなかった。


 授業は滞りなく進んでいった。菜々美の方を見るとウトウトとしていた。いつも昼休みが終わった後はいつもそうなのだ。それを見て明音はしょうがないなと思った。そのうち勉強が付いて行けなくなってしまうんじゃないかと少し不安になった。


 けれども菜々美に聞いてみたら意外と成績が良いらしい。しかも、しっかりノートは取れているので明音にとっては不思議で仕方なかった。


 そんな事を考えているうちにチャイムが鳴り授業が終了した。あと一時間で今日の授業は終わりだ。

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