第三章③
そして休みの日、すこしお洒落をして明音は待っている。安いので昼から行くそうだ。ダイニングでお茶をしながら待っているが、どうしてもそわそわしてしまう。
「落ち着かないわね」
母親が苦笑していた。明音も照れて苦笑いを浮かべた。早く来ないかと待ち遠しい。こういう時に限って時計が全然進んでくれない。ジリジリと待って、ようやくチャイムが鳴る。
「キタ」
明音は飛び跳ねるように立って、ドアへと急ぐ。お母さんが呆れ顔で明音を見送った。
「気をつけてね」
「ハーイ」
ドアを開けると、菜々美がニコリと笑う。
「お待たせ」
「マッタヨ」
「ごめんごめん。行こう」
「ウン」
二人はどんな歌が好きか話したりしながらカラオケ店に向かった。話しながら行ったらあっという間に着いた。
中に入ってフロントの人と菜々美が話す。するとマイク2本と変な機械を入れたカゴ持ってきた。
「これで、曲を選ぶんだよ」
と菜々美が教えてくれた。かごに書いてある番号と同じ部屋を探して中に入る。菜々美が番号をちゃんと覚えておいた方が良いよと教えてくれた。よく分からなくなるそうだ。
少し暗い部屋に大きい画面が置いてある。初めての体験でなんとなくドキドキする。菜々美が機械の操作を教えてくれた。でも歌ったこと無いのでどれを選んでいいか分からない。その間に菜々美が曲を選んだようで
「じゃあ、先に歌うね」
と言ってマイクを持って画面の前に立った。ノリノリの曲が入ってくる。今人気のアイドルグループの歌だ。
「~♪」
菜々美は気持ちよく歌っている。とても楽しそうだなと明音は眺めていた。菜々美を見ていると自分も歌ってみたいと思った。菜々美の歌を聴きながら機械を操作して、曲を見ていく。
すると自分の好きな曲があった。それを選んでいる間に菜々美の歌が終わった。
「ヨカッタヨ」
「ありがとう」
菜々美が明音の隣にくる。明音の持っていた機械を覗いてきた。
「あ、それ歌うの」
明音が頷くと機械を取り上げてスタートボタンを押す。
「とにかく迷わず歌ってみなよ」
菜々美が明音にマイクを差し出す。明音は勇気を出してそれを握る。そして曲が流れてくる。ちょっと慌てつつ歌詞が出てきたので歌おうとする。けれども
「ア、オ、ウ」
声を発する前に歌詞が進んでしまい上手く歌えない。
「エート」
段々、焦ってくる。菜々美は頑張れと応援してくれるがどうにもならなかった。
結局、まったく歌えずに一曲終わった。
「……」
明音は黙ってしまう。それに菜々美が
「大丈夫だよ、練習すればちゃんと出来るようになるから」
菜々美が励ましてくれた。明音は
「アリガトウ」
と返したが、正直、ショックだった。自分がちゃんとまだ発音を発せてない事に気付かされたのだ。
「じゃあ今度、私が歌うね」
菜々美が立ってマイクを持つ。空気を悪くしないように明音は拍手して盛り上げようとした。けれどもそれ以上、歌う気になれずにずっと聞き役に回っていた。菜々美は気を遣ってくれたのか歌う事を誘ってこなかった。
結局、微妙な空気のままカラオケ店を後にした。
「今日は、なんかごめんね」
菜々美に言われて明音は首を振る。
「タノシカッタヨ」
と明音が言うが菜々美は浮かない顔をしていた。明音もどうしていいか分からずに黙ってしまった。すると菜々美が
「宮本さん」
「ナニ」
「一緒に、発音練習しない?」
「エ」
「やっぱり、私以外と話す時に困ったりするし、一緒にカラオケも歌いたいし」
明音にとっては嬉しい提案だった。今度の事でまだまだ発音が悪いことが良く分かった。何より協力してくれる人がいる方が数段早く良くなると思ったからだ。
「ウン、アリガトウ、ササキサン」
「ううん、一緒に頑張ろう。それと……」
「ン?」
「私の事は菜々美で良いよ。その代わり私も明音って呼ぶから」
それを聞いて明音は嬉しくなった。本当に友達になったと思えたからだ。
「ワカッタ、ナナミ」
「うん、じゃあ、何をするか考えておくね、明音」
その後は他愛の無い話をして楽しんだ。そして明音の家に着くのだが、そのまま話が弾んで家の前で長い時間、話しこんでしまっていた。
「それじゃあ、また学校で」
「ウン、マタネ、ナナミ」
結局、三十分くらい家の前で話していた。二人が別れる頃には夕方になっていた。明音はこれからの発音の練習を頑張ろうと自分に誓った。




