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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第三章②

 授業が始まると先生が明音を確認する。特にそれには触れずに淡々と授業をしていた。明音にとっては色々聞かれるより楽なので助かった。久しぶりに来た学校の授業は進んでいて付いていけなくなりそうだった。これは予習しないと大変だ。


 そうやって一生懸命に授業を受けているとあっという間に授業が終わってしまった。やはり明音は勉強する事が好きなんだなと実感した。


「どうだった?」


 と菜々美が聞いてくる。心配してくれているようだ。


「ウン、ダイジョウブ」


 ニコリと明音が笑うと菜々美もホッとしたようだ。色々と気を遣わせてしまって申し訳ないと明音は思った。


「アリガトウ」


 自然と明音はそう言えた。そういうと菜々美が照れて手を横に振った。そうこうしているうちに次の授業のチャイムが鳴った。


「それじゃあ、また後でね」


「ウン」


 菜々美は自分の席に戻った。すぐに先生が入ってきて、朝礼が号令を言う。次の授業が始まった。菜々美は慌てて教科書を出していた。それを見て明音はおかしくてクスリと笑う。先生が黒板に授業の内容を書きながら喋る。それを明音は一生懸命にノートに写した。するとある問題で


「じゃあ、宮本さん答えて」


 と先生に言われた。明音はしどろもどろになりながら答える。それを聞いてクスクスとあちらこちらで笑い声が聞えてきた。ドキッとして体が固まってしまったが答えは合っていたのですぐに次の人が指された。


 明音は嫌な思い出がよみがえって苦しい気持ちになるが何とか耐えた。


そして授業が終わった。すぐに菜々美が寄って来て


「大丈夫?」


 と聞かれた。ちょっと過敏なくらい菜々美が気を遣っているような気がした。でもこれでは菜々美の負担になっているように思えた。あんまり心配させないようにもっと気持ちを強くもたなければと明音は自分で自分を奮起させた。


 後の授業は問題なく終わった。その都度、菜々美が心配して来てくれたのが嬉しかったが心配させて申し訳なかった。そして昼休みになった。





 ガヤガヤとそれぞれのグループで固まって弁当を食べている。前は一人で辛くて、弁当の味すら分からなかったけれども今は菜々美と一緒なので楽しかった。二人になるだけでこんなにも違うものかと思った。


「宮本さんは、どんな弁当を持ってきているの?」


「エート」


 明音は弁当を見せる。明音にとってはごく普通の弁当なのだが


「へーいいなー」


 と菜々美に羨ましがられた。


「これとか、おいしそうじゃん」


「ヒトツ、アゲヨウカ?」


「本当! ありがとう」


 菜々美が一つ摘み上げて食べる。


「おいしい」


 それを聞くと明音は嬉しくなった。けれどもいつも食べている弁当なので明音自身は特別美味しいとは感じていなかった。人の弁当と言うのは美味しいと感じるものなのかも。そう思うと今度は菜々美の弁当が気になりチラリと覗き込む。


「ん、何か欲しい?」


「コレ、タベタイ」


「良いよ」


 菜々美の弁当の中で一番気になったおかずを分けてもらう。一口で食べると美味しかった。


「オイシイ」


「そう? 宮本さんの弁当の方が美味しいよ」


 と菜々美に言われる。やっぱり人の弁当は美味しく感じるものらしい。一つ発見したと一人で満足していた。


 そんな感じで昼休みを楽しんでいるとあっという間に過ぎてしまった。一人で過ごしていた時は長く辛い時間であったけれども今は楽しい時間の一つになっていた。





 授業も終わり、放課後となった。菜々美が明音に近づいてくる。


「どうだった」


 どうやら今日の学校での事を聞いているようだ。


「ダイジョウブダヨ」


 そう言われると菜々美はホッとした顔をした。かなり心配してくれていたようだ。


「ソコマデ、シンパイ、シナクテモ、ダイジョウブ」


 明音に言われて菜々美は苦笑いを浮かべる。自分が心配し過ぎた事に菜々美が気付いたようだ。


「でも、今日は疲れたでしょう」


「ウン」


 久しぶりの学校で緊張して疲れていた。今はゆっくり家で休みたい気分だった。


「そうだよねー。なら早く帰ろう。私もなんか疲れちゃった」


 明音は頷き、カバンを忘れずに持ったことを確認して教室から出る。廊下には、まだ喋って立ち止まっている人や部活で移動中の人が早歩きで通ったりした。人にぶつからない様に階段を降りて外へと出た。外はまだまだ暑い。雲ひとつ無い晴天だった。


 帰りは学校で起きた事や先生の話題で話が弾んで楽しかった。


「今度の休み、どっかに遊びに行かない?」


「ウン」


 と明音が頷く。菜々美も頷いて


「じゃあ、カラオケなんかどう? 歌うところなんだけど」


 明音は耳が聞えるようになってから歌に興味を持つようになっていた。テレビでも音楽番組を見る事が多かった。音楽を聴くと世界が広がっていくような気がするからだ。


明音は上手に歌えるかとかどんな所か不安で色々悩んだが、


「イイヨ、ハジメテデ、ジシンガ、ナイケド」


 と答えた。菜々美はニコリと笑い


「始めは誰でもそうだよ」


 と励ましてくれた。それに明音もニコリと笑う。


「ウン、タノシミ」


 その約束をして、分かれ道になり明音は菜々美と別れた。明音は初めての友達とのカラオケを楽しみに待った。

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