3「魂操術」
『テンペスト』の元にロクリア・シンフォニの遺体が運ばれてきた。『夜の蜘蛛』の下に付くことを決めた対価だ。
棺に入るロクリアの姿は、生前と変わっていないような、そんな綺麗な見た目をしていた。服も仕立てられて、まるで葬式前の遺体のよう。
アデラの部屋、棺が運び込まれたそこでヴェイラとイデラに見守られながら、彼女はロクリアに触れた。
白いオーラのようなものがロクリアの体を包んでいる。これが、アデラの『魔力』だ。
アデラは手を翳し、魔力を吸い取る。
ロクリアは相変わらず生前のように綺麗な体をしたまま、オーラだけが消えた。
「これで・・・」
アデラは呟きながら、イデラとヴェイラに目配せをする。その意思を汲み取った二人はゆっくりと頷く。
「ロクリアの遺体を頼むわ。私はドミナのところへ行く。そして『魂操術』を使って、ティークの意識を魂から消滅させる」
アデラは二人にそう言って、部屋を出た。そしてドミナのいる部屋へと向かう。
ドアをノックする。
「開けるわよ」
そう言ってドアを開けると、ドミナがベッドの上で体を起こしている姿が目に入った。
彼女は何か考え事でもしているのか曇った表情をしている。
「アデラか。一体、どうした」
「前と同じく『魂操術』をしに来たの」
「そうか」
ドミナは寝転ぶ。
「今すぐやるんだよな」
「ええ」
ドミナはそれから目を瞑った。そんな彼女の元へ歩み寄って、アデラは額に触れる。
するとドミナの胸元に白い球体が出てきた。意識を失ったのか、ドミナはすうすうと静かに寝息を立てている。
アデラは白い球体に触れる。その途端、アデラの手は白い光に包まれた。手を離し、ベッドの側に椅子を持ってきて、アデラはそこに座ると目を閉じる。
アデラの意識は魂の中へ入っていく。完全に成熟してしまった肉体を持つ者の魂を『魂操術』で操作するには、ちょっとばかし手順が変わる。
未成熟の肉体を持つ対象――要するに子供などの場合は、球体に触れるだけで操作できるのだが、大人の場合は違う。大人の場合、『魂操術』を使うには球体に触れた後に瞑想をし、その中に入らなければならない。
この球体とやらは、魂だ。魂は体から飛び出して、丁度心臓の位置に浮かび上がる。
アデラは目を瞑ってから、深呼吸を繰り返す。しばらくすると世界が変わった。
世界はとある丘の上にあった。広大な丘の上に立つアデラは、目の前にいる男女を確認する。
赤い髪の小さな少年と、藍色の髪をした小さな少女。少年の名はティーク、少女の名はミュゼリアという。
ティークは『神殺し』として知られる少年であり、長く神々を苦しめた存在である。
ミュゼリアは半神半人ということで、神々の間でタブーとされる人間との交わりによって生まれた者である。彼女は親である神に捨てられ、それを怨んでいる。
アデラは拳を握った。少年の元へ歩み寄り、
「えいっ!」
少年の顔面を思い切り殴りつけた。少年は靄のように散らばって消滅する。
世界はまた変わった。
今度は真っ白な世界。何もなく、ただぽつりとアデラが立ち尽くしているのみ。
背後から黒い影が迫ってきている。この影はティークの意識による、アデラへの攻撃だ。意識は消されないよう抗う。
この影に呑まれてしまえば、アデラは死ぬ。
この世界のどこかに存在する、ティークの意識を探し出してそれを壊さなければならない。見た目はドミナの胸元に浮かんでいた球体と同じ。
アデラは走る。空間を少し進むと、その球体は見えた。
剥き出しのままふわふわと浮かんでいる。
アデラは球体を握った。とてもかたい。
力をぎゅっと込める。球体にひびが入った。それと同時に影の迫り来るスピードも速くなった。
アデラは急いでさらに力を入れる。
ついに球体は割れた。瞬間、目の前が真っ暗になった。
そうしてアデラの意識は現実へと引き戻される。終わった。これでドミナの魂に眠るティークの意識は完全に消滅した。
勇者――ティークの意識を継いだ者はこの世界であと一人、魔王の意識を継いだ者はあと二人。
アデラは考える。
決してアデラはウツグの計画を邪魔したいわけではない。なのになぜ、こんなことをしている。
ウツグと協力していたはずなのに。どうしてか、ドミナを計画から救ってしまった。
目を開いて、アデラはドミナの側へ。彼女の額に触れると同時に、光が胸の中へ入っていった。
その後数分ほどしてドミナが目を覚ました。
彼女はぼうっとした様子で起き上がって、アデラを見つめる。
「終わったのか」
「終わったわよ」
「これで・・・」
ドミナの顔がみるみる笑顔に染まっていく。
「これでルノートに会えるな」
アデラは彼女に『魂操術』を行えば、ルノートと再会できると言ってある。だからこそ、ドミナは嬉しいのだろう。彼との再会を夢見るように、笑顔まで浮かべて。
ふと、アデラは自身も笑みを浮かべていることに気付く。
どうしてだろうか。
やはり、アデラが彼女にデサイアの姿を重ねているせいなのだろうか。
「アデラ」
「どうしたの?」
「ここに、行ってもいいか?」
ドミナは枕元に置いていたスマートフォンを手に取り、とある画像をアデラへ見せた。
それはこのシンフォニ王国の第三地区にできた巨大なクレーターだった。
アデラは大きく目を見開く。
「これは・・・」
ここまでの大災害を引き起こすことができるのは、神かそれ以上の存在だ。アデラは思い当たる節を幾つか浮かべる。
その中で最も可能性が高いのが、『殫嗟璱魔』だった。
「行くなら、ヴェイラを連れて行きなさい」
アデラはそう言ってドミナの返事を待つ。
「ああ。それで頼む」
「決まりね」
アデラとドミナは顔を見合わせて、緩やかな笑みを浮かべた。
「ここに行けば、あいつに会える気がするんだ」
ドミナはそう言ってベッドを降りる。
彼女の表情は笑みから一変、真剣に。
アデラはこくりと頷く。
「行ってらっしゃい」
ドミナがドアを開けて通路へ出ると、すでに部屋の近くでヴェイラが待機していた。
「待っていたのじゃ、ボス。そしてドミナ。話は聞いておる」
「盗み聞きしたのかしら、ヴェイラ」
「いえ、そ、そういう訳じゃ・・・」
ヴェイラが慌ててぶんぶんと手を横に振る。
「まあいいわ。ヴェイラ、ドミナの護衛を頼むわね」
「畏まりましたのじゃ」
ヴェイラとドミナがここ、『テンペスト』本拠地を去っていく後ろ姿を、アデラはただじっと眺めていた。




