2「惨状」
光が世界を呑んだ。
立ち込める硝煙が散らばり、景色が開ける。今まで魔法障壁に包まれていたウツグは、目の前の光景を見て言葉を失った。
ウツグの側にゼネアが立っていて、彼は何も言わずただ目の前を眺めている。
惨状。そう呼ぶべき途轍もない景色が広がっていた。見渡す限り広がる、クレーターのような更地にぽつんと、ウツグとゼネアは立っている。
クレーターの下、グジレの姿と白い髪の少女――バジェの姿が見える。
天気が荒れてきた。雨がぽつぽつと地上へと降り注ぐ。
ウツグはクレーターへ降りる。元々家だったものだろう、大小さまざまな瓦礫が足元に散らばっている。
これが『殫嗟璱魔』上位の力なのか。ウツグは考えながら、不意に微笑んだ。
「ウツグ、見たかこれが我々『殫嗟璱魔』の力だ。どうだ、お前も『殫嗟璱魔』に――」
ゼネアがウツグに向かって手を差し出す。その手をウツグは払った。
「呆れるわね。あんな嘘泣きに騙されるなんて――」
「なんだと」
ゼネアが顔をしかめる。
「お前、今の状況が分かっているのか?」
「ええ」
ウツグは再び微笑む。
「私はエネアに会いたいから、計画を進めるわけではないの。エネアを追放した神々に『復讐』したいから計画を進めているの」
「だから」とウツグは続けて、
「貴方たちとなれ合うつもりはないわ。なにより――」
ウツグが睨み付けるように目を細め、腕に鱗を纏わせる。
そして、ゼネアの胸倉を掴んだ。
「貴方たちみたいな邪魔者を消すつもりだったもの」
ウツグの腕を青い炎が纏った。炎はゼネアの体に移る。ゼネアは急いでウツグの手を振り払い、後方に大きく飛び退いたものの、炎はすでに体へ移っていた。
ゼネアが舌打ちをして、後ろを振り返る。
「グジレ、手を貸せ」
消えるはずのない炎を、ゼネアは手で払う仕草だけで消した。
「バジェ、このことをあの御方に伝えるんだ」
「はい」
ゼネアの隣にグジレがやって来る。彼の瘴気を受けても尚、ゼネアは何の影響もないようだった。
「貴方たちはどうせ『天外』に行ってエネアを捕らえ、エネアの『魂』に眠るティークを蘇らせようとするのでしょう? 私のエネアにそんなことをするような奴らに、どうして私が着いて行くと思ったのかしら。本当に愚かね」
「言うではないか、ウツグよ」
グジレがそう言って、赤黒い剣を構える。
「グジレ、ただでさえお前は『乖背の魔女』を取り逃がしたのだ。今ここで挽回しろ」
「分かっている」
ゼネアは面倒くさそうに溜め息を吐くと、ワープホールを開いた。彼が向こうに消えていく姿を見送ってから、ウツグもまた面倒くさそうに溜め息を吐いた。
突如として、上空から轟音が聞こえた。ヘリコプターだ。それもそのはず。突如として街を襲った大爆発。それを中継しない報道番組がどこにあろうか。
警備隊だろう。サイレンの音が遠くから聞こえた。
「邪魔が入りそうだな」
「ええ、そうね」
二人は言い合う。グジレが剣を軽く振った。すると、空間に裂け目ができる。その裂け目の向こうには深い闇が広がっている。
「先に行く」
グジレが先に裂け目の向こうへと入って行った。ウツグもまたその裂け目へと入る。
それと同時に、裂け目は塞がった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
突如として起きた爆発――。エロメロは両腕を欠損した挙句、体の至る所に瓦礫が突き刺さるという深傷を負った。
爆発が起きる直前にデサイアはダイアを連れてこの場を去ったから、それだけが幸いだ。
「う、ぅ・・・」
エロメロは唸りながら空を見上げる。ここは下水道だったと言うのに、何もかも吹き飛んで地上に晒されてしまった。
辺りを見渡す。やはり、この地区一帯更地と化してしまったのだろう。どうやらエロメロがいる地点は、謎の爆発の中心から遠く離れているようで、目の前の道が中心に向かって緩やかに下がっているのが確認できる。
球状の爆発。これほど広範囲の魔法を扱えるとなると、神かそれ以上の何か――。
エロメロは思考する。
考えられるのは、『殫嗟璱魔』だ。彼らは神をも超える実力を有していて、この爆発も、彼らが引き起こしたものとして考えるのがいいだろう。
欠損した両腕の切断面が、突如として泡立ち始めた。ぶくぶくと蠢き、両腕が再生する。
両腕が再生した後、エロメロは体に突き刺さった瓦礫を抜いた。血飛沫が上がるも、すぐにそれは止まる。なぜなら傷口が一瞬で塞がったからだ。
エロメロは溜め息を吐く。
「一まず、お兄さまと合流しないと」
呟いたところで、エロメロは目を見開いた。
「お兄さま・・・」
もしや彼の兄であるザンシがいた場所が、この爆発の中心地ではないだろうか。気付いた途端、エロメロの頭から血の気が引いていく。
「お兄さま・・・!!!!!」
エロメロの張り詰めた叫びが、遠くにまで木霊していった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
地震だ。飲み屋でリオティナと共に飲んでいたルノートが、慌ててスマホを確認する。
通知が来ている。『シンフォニ王国第三地区にて、謎の巨大な爆発が発生』とのこと。
緊急速報が見れるので、ルノートは確認した。ニュースキャスターが頻りに避難と安全の確保を呼び掛けている。
思わず目を疑った。この巨大なクレーターが、かつてルノートとドミナが暮らしていた地区なのか。
心臓がばくばくと激しく鳴る。
ドミナは無事なのだろうか。もし、家にいたら彼女は爆発に巻き込まれて――。
「爆発、だと」
リオティナが隣で小さく呟いた。しかし、彼女は至って平静を保っていた。
「まあ、こんな腐った国のことだ。いつかこういう大きな何かが起こるとは思っていた。やっと、裏社会の勢力が動き始めたということか」
リオティナが立ち上がる。
「こんなことできるやつは早々いねぇ。他国のテロリストか、いや、それはねぇな。神か、神に近しい何かだろうな」
彼女はニヤリと笑う。
なぜ、笑えるのだろうか。
ルノートはリオティナを見た。彼女はどこか嬉しそうな表情をしていて、それが恐ろしかった。
「あたしは爆心地に行ってくる。ルノート、オマエは避難しろ」
ルノートは何も答えられない。
「なんだ、びびってんのか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「オマエはまだガキなんだ。いつ同じ爆発が起きるか分かんねぇんだぞ?」
一つ間を置いて、ルノートはこう尋ねる。
「どうして、リオティナさんは現場へ行こうとするんですか?」
するとリオティナは下を向いて考え込む。そして、目線をルノートへ戻して、
「あたしに妹がいるって言っただろ? もしかしたら、この爆発を起こしたような裏社会の奴なら妹の行方を知っているかもしれねぇだろ」
リオティナは店を出ようとする。そんな彼女をまた、ルノートは呼び止める。
「待ってください」
ルノートはドミナの姿を、目の前のリオティナに重ねる。
「僕も行きます」
彼の言葉を聞いたリオティナは居心地が悪そうに頭を掻く。
「だから、ガキは避難しろって――」
「さっき、家族の話をしましたよね」
「え、ああ。そうだな」
「僕の家族は自殺しました。そんな矢先にとある方に拾われ、そこでまた新たな家族ができました。それがドミナでした」
その言葉を聞いた途端に、リオティナは目を見開いた。
「それは本当か」
「はい。だから、僕も第三地区へ向かいます。もしかしたら、そこにドミナがいたかもしれないので」
ルノートはドミナと長い間一緒にいると幻覚を見る。幻覚を見るということは、つまり、彼の魂に眠る『魔王』の意識が目覚め始めるということだ。
それでも、ルノートは構わない。
ドミナを喪うことの方が、魔王に体を乗っ取られるより何億倍も恐ろしかった。
ルノートは思う。我ながら矛盾していると。ロクリアとの付き合いまで見られ、ドミナとは完全に『別れ』たはずだ。しかし、なぜ今になってもまだドミナのことを想っている。
ルノートは真っすぐとリオティナの目を見つめる。
口をきゅっと、固く結んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
大きな爆発があったと緊急速報が流れている。『テンペスト』の本拠地にて、ドミナは自身のスマホのけたたましく鳴る警報の音で目を覚ました。
そしてインターネットを開いてみれば、第三地区にできたクレーターの中継映像ばかり。
かつてドミナはルノートとその地区に住んでいた。あの小さなアパートを思い出し、ドミナはどこか胸が窮屈になる。
「ルノートは大丈夫なのか・・・?」
ドミナはいつになっても、ルノートのことばかり考えてしまう。
もう彼に執着するのはやめようと、そう誓ったはずなのに。
ドミナはロクリアの姿を思い出して、自身の胸に手を当てる。
「どうしてまだ私は・・・」




