1「凶爆」
「ダイアを手に入れたのかい? エロメロ」
「ええ」
赤い髪の魔女――デサイアと、『欲望の女神』であるエロメロが言葉を交わす。二人は現在、下水道の中にいた。
溝の中を流れていく水がちょろちょろと音を立てている。二人は溝の側の通路に立っていて、エロメロはダイアを抱いている。
デサイアの体は仄かにだが薄い。実際のところ、彼女はこの場に『魂』だけで存在しているのだ。簡単に説明するならば、『幽霊』として存在しているということになる。
「この子はまだ幼い・・・これなら」
デサイアがダイアの体に触れる。たちまち、ダイアの額に魔方陣が浮かび上がった。デサイアは掌全体を魔方陣へと押し付け、圧をかける。
すると、デサイアの指先から徐々に色が赤く変色し始めた。腕にまで上り詰めたところで、ふと、ダイアの胸元に小さな白い球体が浮かび上がった。
デサイアの腕が、魔方陣の中に入っていく。中をまさぐるように指を動かし、力を込める。
途端に球体の色が変わった。薄い緑の色になった球体を見て、デサイアは手を魔方陣の中から出した。それと同時に魔方陣が消える。
「ああ疲れた。やっぱり『魂操術』は、簡単なものでも体力を持っていかれるよ」
「『魂操術』・・・今のが」
「そうだよ。この世界だとボクか、アデラしか使えないだろうね。言っておくと、アデラの方がこの魔法は得意だから」
「ちなみに、今この子にしたのは何ぃ?」
エロメロの問いにデサイアが人差し指を立てる。
「『魔王』の意識を、魂から消したのさ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――『殫嗟璱魔』に入らないか、ウツグ」
グジレの言葉が路地裏に響いた。ウツグはその言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「私が、『殫嗟璱魔』に?」
「ああ、そうだ」
グジレが剣を顕現させた。禍々しい赤黒い剣・・・。それを握った彼は、ザンシに刃先を向ける。
「話の前に、まずはこやつを片付けなければな」
ザンシが頬を強張らせた。いくら『破壊神』であろうと、グジレのような『殫嗟璱魔』の者に太刀打ちできるとは限らない。特に、グジレは『殫嗟璱魔』の中でも上位の存在――。
「やれるものなら、やってみろ」
ザンシは声を振り絞り、身構える。
その時だった。突如として一人の男がこの場に乱入した。男はグジレの放つ瘴気など気にも留めず、彼の肩に手を置く。
「やめておけ、グジレ」
「ゼネア・・・邪魔をするな」
ゼネアと呼ばれた緑色の髪をした男。彼は溜め息を吐いて、ザンシを一瞥した後、次にウツグへと目線を向けた。
「ウツグ、久しぶりだな」
「ゼネアさん・・・」
「お前が今まで何をしていたのかは聞いている。どうやら、お前が俺の弟のために頑張ってくれていることもな」
ゼネアは、ウツグがこの世で最も愛している『勇者エネア』の兄である。
途端にウツグは目に涙を浮かべた。彼女は嗚咽しながら下を向く。
「『魔王』も『勇者』――ティークの力も必要ない。あの御方はティークの復活を求めているが、方法ならいくらでもある。だからウツグ、もう縛られる必要などないのだ。俺たち『殫嗟璱魔』と一緒に来て、共に『天外』を目指そうではないか」
「もちろん」とゼネアは言いながら目線をザンシへ向ける。
「神々への復讐も忘れるな」
ゼネアが口を大きく開け、歪な笑みを浮かべた。瞬間、ザンシの背後に何者かが迫る。
白い髪の、小さな少女。前髪は眉まで、横髪と後髪は顎のラインにまで切りそろえられている。そんな彼女は凄まじい速度でザンシの背後に迫った。手には寸鉄を。先端には黄色の毒が塗られていた。
「なっ――」
ザンシは慌てて振り返った。彼は足を動かして少女から逃れようとするも、間に合わない。寸鉄がザンシの左腕を掠めた。
瞬間、ぼとりと腕が落ちた。切断されたわけではない。まるで、肩の辺りから溶けるように落下したのだ。
ザンシは肩に触れる。途端に肩が弾け飛んだ。血が、辺りに飛び散る。
「なるほど、自分の肩を吹き飛ばして毒の侵攻を食い止めたか。バジェ、こっちに来い。グジレ、後はお前がやれ」
グジレは頭を掻きながら「はい」と言った。バジェ、と呼ばれた白い髪の少女が跳躍してゼネアの側へやって来る。
「ゼネア様、グジレのやり方でよろしいのですか?」
「いいとも。ここら辺は更地になるだろうから、お前は離れろ」
「かしこまりました」
ゼネアは未だ涙を流しているウツグの肩に手を置くと、その顎をくいっと掴んで前を向かせた。ウツグの視線の先にはグジレとザンシの対峙する光景が映っていた。
「とくと目に焼き付けろ。これが我々『殫嗟璱魔』の力だ――」
グジレが言いながら地面に剣を突き刺した。瞬間、巨大な魔方陣が地面に広がる。どこまでも大きくなっていく魔方陣を見て、ウツグは顔色を変える。
「ここにいたら危ないわよね・・・」
「大丈夫だ。グジレの攻撃くらい、俺の魔法障壁で防げる」
グジレの呼び出した魔方陣は路地裏だけでなく、この住宅街全域にまで広がっている。
「まずい・・・貴様、何をしようとしているのか分かっているのか!!!」
ザンシがグジレへ向かって叫んだ。しかし、彼に声はもう届かない。
グジレがニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「全てを破壊しろ――」
彼の声が静かに響く。
「凶爆」
瞬間、世界は光に呑まれた。




