エピローグ「殫嗟璱魔」
深夜の住宅街、路地裏。その暗がりに、二人の女がいた。一人は白い髪に、夜空を切り取ったかのようなドレスを身に着ける女で、名前はウツグ。もう一人は眩しいくらいに明るい黄色の髪を持ち、名前はエロメロ。
二人とも互いに協力し合っている女神であり、ウツグは『復讐の女神』、エロメロは『欲望の女神』として知られる。
協力し合っているとは言ったが、エロメロにとってウツグはただの『処刑』対象・・・つまり、ウツグとは本当の協力関係にないということだ。
エロメロは美しい十字型の瞳をウツグへと向ける。ウツグもまた、同じくエロメロへ十字型の瞳を向けた。
「エロメロ、こんな夜遅くに呼び出してどうしたの?」
ウツグが静かに問いかける。すると、エロメロが緩く微笑を湛えた。
「そうね・・・ダイア、その子について聞きたいの」
ダイアと名前を聞いた途端、ウツグが顔色を変えた。その表情はまるでエロメロへ疑いを向けているよう。
エロメロは慎重に言葉を選んで、
「別にどうこうするつもりはないわぁ。本当に、『魔王』の意識がその子にも存在しているのか、ちょっと疑問に思っちゃって」
「そうね・・・」
ウツグがなにやら考え込む。
「分かった。私は貴方を信用するわ。直接確認した方が早いと思う」
ウツグが指を鳴らした。途端に、少女――ダイアの姿が現れた。少女は宙に浮いていて、ウツグが人指し指を曲げると、エロメロの前に移動した。
エロメロがダイアの姿をじっと見つめる。
黒髪で、まだ幼い。死んだように眠る彼女を見て、エロメロは不意に嘆息した。
「お兄さま」
エロメロがウツグに聞こえない大きさで、呟いた。
その瞬間、ウツグの背後に大きなワープホールが開いた。ウツグは慌てて振り返る。
「まさか・・・!!!」
ウツグがエロメロの方へ目線をやった。しかし、エロメロは姿を消していた。それどころか、ダイアの姿も見当たらない。
「そんな・・・エロメロ・・・貴方まで私を裏切ったのね・・・」
エロメロが『お兄さま』と呼んだ人物が、ワープホールからやって来る。背が高い、灰色の髪の青年。エロメロやウツグと同じ、十字型の瞳をしている。
「ウツグ、ざっと数百年ぶりか」
「ザンシ・・・」
エロメロの兄である彼は、ザンシという名だ。『破壊神』として名を馳せている。その実力も他の神々とは比べ物にならないほど強力である。
ウツグは愚かな自分を怨んだ。なぜ、エロメロを信用してしまったのか。どうして、彼女の兄であるザンシの存在を考慮していなかったのか。
「ここでお前の計画は全てお終いだ。最後の切り札であった魔王の意識を継いだ者は我々の手に渡った。どうすべきか、よく考えるのだな」
「くっ・・・」
ウツグが顔をしかめる。彼女にもう、未来はない。
ザンシが迫り来る。すると突然、もう一つのワープホールが開いた。どうやらザンシもそのワープホールについては知らないようで、勢いよく振り向いた。
ワープホールから、とある男がやって来る。瘴気を漂わせる男。彼はグジレ。『殫嗟璱魔』という組織の者だ。
神々をも弄ぶ実力者の彼が、一体どうしてここに。
グジレを見たザンシが目を見開く。
「お前は、まさかミュゼリアの・・・!?」
「その御方の名前を易々と呼ぶな。貴様ごとき神の端くれが、偉そうに」
グジレがぎろりと、ザンシを睨み付ける。
ザンシが頬を強張らせる。
「まあいい。貴様など相手にしている場合ではない。我はそこの女神に用があるのだ」
「私・・・?」
ウツグがグジレに対して訝しむような目を向ける。
「――『殫嗟璱魔』に入らないか、ウツグ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ボス、何やら『テンペスト』なる組織が『彼女』の遺体を欲しているとのこと」
廃教会、眼鏡をかけた男――ロエルの声が響く。教会の席の側に立つ彼は、席に座る少女を見つめる。
ボスと呼ばれた眼帯をかけた少女が立ち上がる。
「――そう。『テンペスト』との交渉に使えそうね」
「そうですね。しかし、よろしいのですか? あのような『体質』を持つ者を受け渡して」
すると、少女が口を大きく開けて笑った。
「私たちの後ろ盾には『殫嗟璱魔』が付いている。何一つ問題はないだろう?」
ロエルの声と同じように、少女の声は廃教会の中に響いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『テンペスト』のアジトーー。その一室にて、ベッドの上で仰向けになったドミナと、ベッドの側にある椅子に座ったアデラがいた。
アデラとドミナは目を瞑っている。
ドミナの胸部に、淡く発光する白い球体が浮かんでいる。また、アデラの手がその球体と同じ淡く白い光に包まれていた。
しばらくして、アデラが目を開ける。
「やっぱり、ティークの意識は魂の奥深くに根付いているのね・・・」
アデラが顎に手を当てて呟く。
ドミナの胸部にはまだ球体が浮いたままだ。すると突然部屋の扉がノックされた。
アデラは椅子から立ち上がり、扉を開ける。
向こうにいたのはアデラと瓜二つのイデラだった。瓜二つとは言ったが身長の差があり、もちろんイデラの方が身長は高い。
「お母さん、ロクリア・シンフォニの件ですけれど・・・」
「ああ、私の魔力を持っている子ね」
「どうやら亡くなっているみたいで。それでも魔力の回収はできますから、問題はないかと」
「亡くなった・・・?」
ロクリア・シンフォニ。彼女はアデラの魔力を有していて、それが特殊な『体質』として発現していた。
しかし、その『体質』とはロクリア自身が敵意を感じた相手に対し、自動的に発言する自動防御システムのようなものであり、つまるところ、普通、ロクリアは死なないのである。
敵意を感じなかった、もしくは好意を向けていた相手により、彼女は殺されたと見て間違いないだろう。
「ですが、一つ厄介なことになりまして。それが、ロクリアの遺体が『夜の蜘蛛』なる組織に渡ってしまったそうです。なんでも、ロクリアの遺体が欲しければ『夜の蜘蛛』の傘下に入ることを受け入れろとか」
「まさか『夜の蜘蛛』が・・・」
最近になって擡頭した組織、『夜の蜘蛛』。彼らは暗殺はもちろん幅広い仕事を任務として携わっている。傘下組織を含め全体としては、違法薬物の売買、密輸・密入、暗殺業など・・・つまり悪名高い組織だ。
「いいわ。傘下に入ってやろうじゃない」
「本当によろしいのですか?」
「ええ」
ドミナの魂に眠るティークの意識を消すには、まだ力が足りない。
ロクリアの遺体から魔力を回収すれば、なんとかなりそうだ。
「傘下に入ろうが、私たちの目的は変わらない。私は私の力を完全に手に入れるまで行動し、そしてその力を手に入れた後もずっと、この組織のボスで在り続ける」
アデラはイデラを見て不敵に笑った。




