10「闇を映す目」
ロクリアの遺体は『夜の蜘蛛』が引き取った。詳細は不明だが、どうやら彼女の体には特殊な何かがあったようだ。
ルノートは現在、オルタやエリギアと共に『夜の蜘蛛』本拠地のとある廃教会を訪れていた。
時刻は夕刻。太陽の沈みゆく赤い姿が廃教会のステンドグラスから窺える。
「任務達成ご苦労だった」
眼帯を付けた少女――こと、『夜の蜘蛛』のボスが教壇の前でそう言った。隣にはもちろん、眼鏡の男が立っている。
「そしてロクリア・シンフォニ、彼女の遺体を入手できたのは良くやった。お前たちには何か礼をしなくては」
跪いたエリギアが顔を上げた。たちまち眼鏡の男に「誰が顔を上げてよいと言った」と注意される。
「すみません、その、礼なんていらないっつぅか・・・」
「ほう」
ルノートにも分かるような失言だった。ボスの好意を受け取らないということが何を意味するか。
オルタに関しては顔を青ざめていた。
「もし礼をくださるのなら、ルノートにお願いしたいと言いますか」
「そうだな」
名前を話題に上げられたルノートもまた顔を上げる。それを見て眼鏡の男がはぁと溜め息を吐いた。
ボスが彼の意見に頷いて、ルノートへ目をやる。
「まずは住処を提供する。もちろん、食品や消耗品などの最低限の支給はさせてもらう。次に、『夜の蜘蛛』の正式な一員として迎え入れることを宣言しよう」
「ありがとうございます・・・」
今のルノートにとって、住処の提供と支給はありがたいものだ。そして、ようやく『夜の蜘蛛』の一員になったのだと思うと、どこか遠くを見ているような、そんな侘しさに似た感情を覚える。
「これからのお前の活躍に期待しているぞ、ルノート」
ボスはそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
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新たな家として、ルノートにはとあるマンションの一室を与えられた。そのマンションはもちろん『夜の蜘蛛』関係者の住まうマンションであり、『アルペシア』の時と比べると遥かに規模が大きいものだと、ルノートは感じる。
物はまだ届いていないため、部屋の中は伽藍洞としていて何もない。三エルディーケーの広いリビングにぽつんと立ち尽くし、照明に照らされるまま、ふとルノートは考える。
「ドミナがいたら・・・」
ドミナがいたら、こんなに広い家に対しても鬱屈した気持ちは感じないのだろうか。
ドミナの姿を思い浮かべた後にロクリアの姿もまた思い浮かべる。彼が約束通りロクリアを殺さなければ、二人で一緒にここに住んだ未来もあったのではないか、と。
考えても無駄だ。もうロクリアはいない。
ルノートはその場に座り込む。足を崩し、ここが高層階であることから街の夜景を一望できるため、そちらを覗き込むように目を向けて、ルノートは嘆息する。
街の夜景がやけに視界へと染み付いて行く。目を瞑る。街の光の跡が、瞼の裏にも隠れていた。
『――私にも分からないんだ、それが』
何かの『復讐』に囚われていたはずのユエムは死後、穏やかな表情をしていた。そんな彼が遺した言葉が、頭の中に蘇る。
ルノートはもう、全てを失った。だが新たに得たものがある。それが『夜の蜘蛛』としての立場だ。
今後、ルノートは『夜の蜘蛛』と長い付き合いになるだろう。もしかすれば、死ぬまで『夜の蜘蛛』の一員で在り続けるかもしれない。
ルノートはもう一度嘆息して、立ち上がる。
今日は眠らずに街でも歩くとしよう。そう決め、外へ出て行った。
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シンフォニ王国第一地区。交差点を歩きながら、ふと、ビルの壁に立てかけられた巨大なテレビモニターがとある速報を訴えていた。
それはロクリア・シンフォニが失踪したとの内容であり、衝撃的なあまり交差点で立ち止まる者がちらほらいた。
「はぁ」
エオリア・シンフォニはファー付きの黒いジャケットに身を包みながら、冬の夜道を進んでいく。
吐く溜め息が白い。
「あの子ってば、一体どこに・・・」
エオリアはロクリアのことを考える。彼女はとある『体質』のお蔭で怪我を負わずに済んではいたが、自傷行為と自殺未遂を繰り返していた。側にいたエオリアは何度もその光景を目撃した。
いつ失踪してもおかしくなかった。そのため、現状のような未来を予想してはいた。
しかし、王女として名を馳せ、メディアの露出も多かった彼女がこんなにも長く失踪しているというのは不可解だ。彼女を目撃したという情報が、一切集まっていない。
シンフォニ家は警備隊に捜索を願い出た。現在も警備隊が彼女を総動員になって捜索しているものの、大した成果の報告は届いていない。
「寒い・・・」
エオリアは立ち止って、空を見上げた。
ロクリアは誰かに連れ去られてしまったのではないだろうか。
そう考えていると、ふと、とある青年が視界の端に映った。思わずエオリアは視線を彼へ向ける。
黒髪の青年。そんな彼の目に、エオリアは吸い寄せられる。
「――!?」
ロクリアに似た、底なしの闇を映していたのだ。彼は隣を通り過ぎていく。
声をかけることもできず、エオリアはただその後ろ姿を眺めていた。
「え、エオリアさん!! ファンです!!!」
直後、複数名の女性グループに囲まれた。エオリアもまたメディアに露出しているため、街中を出歩くとこういったファンの者たちに声をかけられる時が多い。
エオリアはもちろん、サービスをする。一緒に写真を撮ったり、握手をしたり、サインをしたり――。
もちろん今回もそのような対応をした。満足したのか、礼をして女性グループは去って行った。
一人になったエオリアはあの青年を思い出す。
どうしても、彼の姿が頭に焼き付いて離れなかった。




