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ritard. ――リタルダンド――   作者: 花厳 幽花
復讐の影編 第4章「過去を切り捨てる」

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8「その体温に溺れていく」

「ロクリア」


 ロクリアと共に裸でベッドへ寝転んだルノートが、不意に名を呼んだ。

 愛情に飢えた子犬のような萌黄の瞳が動き、ルノートを捉える。


 体を寄せる。肌と肌が直に触れ合う。温かい。その感覚に、ルノートは溺れてしまいそうだった。


「この任務が終わったら、僕と一緒に死のう」


 ルノートは彼女の目を真っすぐと見据える。


「ルノートさんもですか・・・それなら、先に私を殺してください」

「どうして」

「私、ルノートさんに殺されたいんです」


 ロクリアが笑みを作った。その笑貌(しょうぼう)に、ルノートは悪い胸の高鳴りを感じた。


「ルノートさんじゃないと駄目なんです」

「そっか」


 彼女の笑みを見ていると無性に心臓の鼓動が速くなる。まるで、彼女の笑みに心臓を鷲掴みにされているよう。


 ルノートもまた彼女の命を握っている。彼女を生かすも殺すも自由だという生殺与奪の感覚が、どこか暗い心地良さを有していた。


「一つ聞いていい?」

「いいですよ」

「君の『運命の人』とやらは、どうして僕だったの」


 するとロクリアは間を置かず、すぐにこう答える。


「ルノートさんは、私と一緒のものを見ていました。ただそれだけです」

「一緒のもの・・・」


 ルノートは彼女の言葉を繰り返す。


「聞かなくても分かります。ルノートさんのその体の傷、何があったのかは聞きませんが、きっと――」


 ロクリアは目をすっと細める。彼女はルノートの胸に触れた。優しく、心臓の鼓動を確かめるように。


「ロクリア・・・」


 時間ばかりが過ぎていく。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――少し前。ドミナが泣きながら街を駆けていた時のこと。


 彼女に行き先などなかった。彼女の家は第三地区であり、ここ第一地区からは少しばかり距離がある。

 そのため、ドミナは路地裏の方に回り込み、誰もいないことを確認して屈んだ。


「私、本当に何やってんだろ・・・」


 ドミナはルノートのことを頭に思い浮かべる。


「ほんと、馬鹿みたい」


 ルノートにいつまでも焦がれ続ける自分が情けない。ドミナはそう思って、空を見上げた。

 昼の快晴が憎い。何の汚れすら知らないだろうこの空模様に、ドミナは溜め息を送る。


「ドミナ?」


 するとヴェイラがいた。ヴェイラは路地裏にいるドミナを覗き込んでいる。彼女の隣に、もう一人青い髪の女性がいた。彼女の髪型はセンターパートのショートヘア。知的で爽やかな印象を漂わせている。


「その子が、ヴェイラの言っていた子?」

「ああ、そうじゃ」


 ドミナは涙を拭う。目にまだ熱が集まっている。どうやら目を泣き腫らしているみたいだ。


「どうしたのじゃ、ドミナ」


 ドミナの泣き腫らした目を見て、ヴェイラが尋ねる。

 ヴェイラの問いに、ドミナは路地裏から出て事情を答えた。


「――なるほど、そういうことがあったのじゃな」


 話しを聞いたヴェイラがうんうんと頷く。


「最低じゃない? そのルノートってやつ。こんないい子に一方的に別れを切り出して、すぐ他の女作るなんて」


 青髪の女性がふんと鼻を鳴らして憤りを露わにした。ドミナは慌てて説明する。


「ち、違うんだ。あいつにはきちんと理由があった。だから私と別れた。でも・・・」

「でも、他の女を作った理由が分からないんでしょ?」


 ドミナはこくんと頷く。


「あたしはフォルテ。ドミナちゃん、だっけ。よろしくね」

「ああ、よろしく」


 名前を名乗り、青髪の女性ことフォルテはヴェイラへ目線をやった。


「この子、ウチらの組織に入るんだよね」

「そうじゃ」

「なら、いっか」


 こそこそと二人は話しをしている。ドミナはその間、じっとフォルテの横顔を見つめていた。


 彼女はかつてドミナが憧れていたリアネルを想起させる。

 フォルテの耳に幾つも付いた銀色のピアスが太陽の光を反射していた。


「今、ウチとヴェイラでボスのお使いをしていたんだけど、せっかくウチらの仲間になるならさ、どう? 一緒に買い物して行かない?」


 フォルテはにししと、悪戯な少年のように笑みを浮かべた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 時は現在に戻る。夜、何の大した成果も得られず『パルシェ』へと戻って来たユエムと、新たな『アルペシア』メンバーのトニシュ。


 二人は『パルシェ』内に入るなり、唖然とした。


 血生臭い現場――。誰のかも分からない肉塊と、頭部を失った店員の死体。


 ユエムは顔をしかめた。


「一体これは・・・」


 アヴォイドにバーの守備を任せていたはずだった。

 つまり、この大量の血は・・・。


「ユエム様。この感じだと、アヴォイド様は――」


 トニシュが口を開く。

 するとユエムは唐突に笑い声を上げ始めた。狂気的なその姿を前に、トニシュは少しだけたじろぐ。


「はははははっっ、よくもやってくれたな・・・!!!」


 ユエムは笑うのをやめる。


「『夜の蜘蛛』め・・・」


 ユエムは今日、ロクリアを探し回った。しかし、見つからなかった。ということは、『夜の蜘蛛』がロクリアを捕えているということに他ならない。


 ユエムの計画の邪魔だけでなく、仲間までも奪い、全てを台無しにした『夜の蜘蛛』。


 ユエムはそんな彼らに『復讐心』を抱いた。


「アヴォイド。お前の仇は必ず私がとる」


 ユエムは不意にポケットに手を突っ込んだかと思えば、スマートフォンを取り出した。『ドミナ』に電話をかける。


 分かっていた。ドミナはもう電話に出なかった。


 ルノートのいない彼女は正気を失っていた。だから、忽然と姿を消してもおかしくはなかった。


 ユエムはウツグのことを思い浮かべる。これで全てが台無しだ。


 全ての原因はルノートにある。

 彼が拾ってきたあの黒髪の少年が、ここまでの事態を引き起こした張本人に他ならない。


 ウツグの計画の頼みの綱として信用されていたユエム。そんな彼が、彼女の計画を台無しにした。

 ルノートはもう二度と帰ってこないだろう。ドミナの行方も知れない。


 つまり――。


 突如としてワープホールが出現した。バーのカウンターの方に現れたワープホールから、一人の女が現れる。


 ウツグだった。現れるなり、彼女はユエムを睨み付ける。


「貴方、これは一体どういうこと」

「ウツグ様、これは・・・」

「ルノートがいなくなったかと思えば、ドミナまでいなくなったじゃない。何を考えているのかしら。おかしいわね、私は貴方に計画のことをきちんと説明していたはずなのだけれど」


 ウツグが距離を詰める。しかしユエムは堂々と立ち尽くしていた。


「ユエム」


 ウツグが腕を黒く変色させる。変色したのではない、黒い鱗を纏っているのだ。


 ウツグは思い切りユエムを殴りつけた。ユエムは勢いよく壁に叩きつけられ、血を吐く。


「ユエム様!!」


 トニシュが慌てて駆け寄る。


「この役立たずが! 私がどれだけ貴方を信用していたか・・・!!! どれだけこの計画に全てをかけていたか分からないの!!!!」


 ウツグがもう一度拳を振り上げたところに、ふと、トニシュが立ちはだかる。


「これ以上はおやめください、ウツグ様。このままではユエム様は・・・」

「出しゃばるな・・・! 竜族の小娘ごときが!!!!」


 ウツグが腕に青い炎を纏わせた。炎を纏う拳の一撃を喰らったトニシュは思い切り吹き飛んでいき――その身に炎を纏った。


「あああああああああ!!!!!」


 トニシュが絶叫する。生きながら焼かれる痛みに喘ぎながら、目を剥く。

 ウツグの炎は永遠に燃え続ける。つまり、トニシュが死んだ後も火は燃え続けるのだ。


 トニシュが死んだのを見計らって、ウツグは溜め息を吐いた。すると同時にあの青い炎は消える。


「命拾いしたわね」


 ウツグの腕に纏っていた鱗が消える。


「ここからは私とエロメロで計画を進めるわ。金輪際、貴方は関わらないで頂戴」


 ウツグはそう言ってワープホールを開き、その中に消えた。


 一人残されたユエムはゆっくりと立ち上がる。ウツグに殴られた時の痛みがまだ残っている。


「どうしたものか」


 ユエムはトニシュの元へ駆け寄る。黒く焦げた彼女の体から、ツンと焦げ臭いにおいがした。



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