6「決別」
目が覚めたルノートはオルタとエリギアによって呼び出された。もちろん、彼の側にはロクリアがいる。
一行はエリギアの車へ乗った。
エリギアが車を運転、助手席にオルタ、後部座席にルノートとロクリアが座っている。
「早速だがムジク・シンフォニの討伐を目標に行動を始める。場所は確か・・・」
エリギアが頭を掻く。
「忘れた。オルタ、頼む」
「全く・・・」
オルタがはぁと呆れたように溜め息を吐いた。
「バー『パルシェ』。『アルペシア』に所属していたルノートなら知っているんじゃないかしら。そこに襲撃を仕掛け、ムジクの情報を聞き出す」
ルノートは衝撃を受けた。つまり、これから彼はオルタやルノートと共に『アルペシア』へ襲撃を仕掛けるということだ。
まだ、組織にはドミナだけでなくアヴォイドがいる。もし二人が『パルシェ』にいた場合は――。
「安心しなさい。もしドミナがいたとしても、あの子を傷付けたりなんかしないわ」
「まあ、そのドミナってやつが俺たちに攻撃してこない限りはな」
ルノートは覚悟する。
これは自分が選択した道なのだから。『夜の蜘蛛』で、任務を遂行する。たとえ、任務の内容がかつての同胞を殺すものだとしても。
「任務はエリギアとルノートに行ってもらうわ。ワタシとロクリアは車の中でお留守番よ」
するとロクリアが残念そうに「えぇ」と呟いた。
「何かしら、文句でもあるの?」
「別に・・・ないです」
ロクリアはルノートの手をそっと握る。
「無事に帰ってきてくださいね」
ルノートはこくりと頷いた。そのやり取りを、ルームミラー越しにオルタが見ていた。
車のエンジンがかかる。そして車は発進した。
バー『パルシェ』はここ、シンフォニ王国の第一地区にある。ルノートたちの滞在していたホテルから第一地区までは少し距離がある。
その間、車に揺られながら、ルノートは窓の外をただ眺めていた。
不意にロクリアが抱き着いて来る。彼女はオルタとエリギアの視線など気にしていないようだった。
「ルノートさん・・・」
「ちょっと、急に何?」
「寂しいです」
ロクリアの瞳に影が差し込んでいた。ルノートは渋々と彼女を抱き返す。
すると嬉しそうにロクリアが微笑んだ。
「あんたら、付き合ってんのか? いちゃいちゃして」
車が信号に引っかかったタイミングでエリギアが、二人へ尋ねた。
「いや、別に付き合っているというわけじゃ――」
ルノートが言いかけた途端だった。
「はい。付き合っています」
と、ロクリアが即座に返事をしたのだった。
「はぁ」
オルタの大きな溜め息が聞こえた。
「面倒事は起こさないでちょうだいね」
ルノートは側にいるロクリアを睨み付けた。この女には、本当に腹が立つ。
「外堀から埋めていくのが、常套手段ですよ」
ロクリアは相変わらず癪に障る微笑を湛えて言った。
つまり、彼はロクリアの計略にはめられたというわけだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ありがとうございます」
ドミナは礼を言って、タクシーを降りる。場所はバー『パルシェ』のある雑居ビルの近くのパーキングエリア。
ドミナは外に出た途端、ふぅと息を吐き、灰色のファー付きダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだ。フードを被り、歩く。不意に、もう一台の車がパーキングエリアへ入ってきた。
その車は黒く艶光りしていて、パーキングエリアに停まる他の車と比べて目立っていた。
ドミナは目を見開く。後部座席に、ルノートに似た人物が乗っていたのだ。
パーキングエリアの出口の柵に靠れ、ドミナは車に乗る人物らが降りて来るのを待つ。
不意に背後を振り返った。丁度、周りに車が停まっていない隅の方にその黒い車は停まっていて、こちらから様子が窺える。
中から何人かが降りてきた。銀髪の男と黒髪の青年。間違いない。ルノートだ。
ドミナは今すぐにでも彼の元へ駆け寄りたい衝動に駆られ、フードを下ろした。その瞬間だった。
車の中にいたのであろう。もう一人、茶髪の少女がいた。少女はわざわざルノートと共に車を降り、何かを話している。
そして、二人は口付けをした。
途端に、ドミナの体から力が抜けていく。気が遠退いて行く。これは現実なのだろうか。
ドミナは急いで彼の元へ向かった。
「ルノート!!!」
声を投げた。その瞬間、ルノートが振り返った。口付けを終えたばかりの彼と少女がドミナを見据えている。近くにいた銀髪の男もまたドミナを見ている。
「ドミナ・・・」
「ルノート」
ドミナはすぐさま彼に抱き着いた。温かい。
「私のルノートさんに触らないでください」
「誰だお前」
先ほどルノートと口付けをしていた少女が、ドミナを見て不愉快そうに顔をしかめる。
「そうだ、ルノート。話したいことは色々あるんだが、まず・・・そいつとなんでキスなんかしてたんだ?」
「それは・・・」
ルノートが言葉を迷わせている。すると先ほどの茶髪の少女がドミナを押しのけて、
「私とルノートさんは付き合っているんです。ドミナ、でしたっけ。元恋人の分際で私とルノートさんの間に入ってこないでください」
その瞬間、ドミナの怒りは爆発した。
少女の胸倉を掴む。
「てめぇ、何言ってんだ・・・ルノートとてめぇが付き合ってる? ルノートが私と別れてすぐ他の女を作るわけないだろ。それにルノートは私のことを想って別れたわけだし・・・」
「貴方の方こそ何を言っているんですか? 私とルノートさんはすでに体の関係もありますし、貴方より強固な絆で結ばれているんですよ? それに、ルノートさんが貴方のことを想って別れた? そんなわけないじゃないですか。貴方が嫌いだから別れたに決まっているじゃないですか」
これ以上は暴力沙汰に発展する。そう思ったルノートだったが、彼は止めようにも止められずにいた。なぜなら、両者の争点となっているのは彼なのだから。
「そんな、ルノートが私を嫌いなわけ・・・っ、なぁ、ルノート。お前は本当に私のことが嫌いなのか? だからこんな変な女と関係を持ったのか?」
「変な女ですって?」
すると、もう一人車の中から誰かが降りてきた。
「おっ、オルタ丁度良かった。なんか面倒なことになってんだ」
銀髪の男――エリギアが、車から降りてきたオルタにそう言った。オルタははぁと大きな溜め息を吐き、ロクリアを、そしてドミナを睨み付けた。
「オルタ・・・」
ドミナはロクリアの胸倉から手を離した。彼女の視線はオルタに注がれている。
かつての友人との再会。それも、死んだはずの。
「そこまでにしておきなさい。ドミナ、ルノートと彼女が付き合っているのは本当よ。肉体関係は知らないけれど、おそらく・・・」
「そんな・・・」
ドミナが膝から崩れ落ちる。
「だから言ったじゃないですか」
崩れ落ちたドミナに向かってロクリアが言葉を飛ばした。
ドミナはもう立ち上がることができない。ルノートが、他の女と付き合っている。その衝撃が止まない。
すると突然だった。
ルノートが突如としてロクリアを殴りつけたのだった。その場にいた全員が、驚いて彼を見る。
ロクリアは勢いのあまりその場に倒れた。しかし、彼女は嬉しそうな顔をしている。
「もう・・・駄目ですよ、ルノートさん。こんな公の場で・・・」
「うるさい・・・君が、君ごときがドミナを侮辱するな」
ドミナも、オルタも、エリギアも彼の行動が理解できなかった。また、ロクリアが嬉しそうに頬を赤らめる理由もまた、理解できずにいた。
誰もが目を疑った。
「ルノート、やめなさい。彼女はこの任務中、大事な鍵なのよ。それを無為に傷つけてどうするの」
「また、僕は・・・すみません」
ルノートの表情が見たことないほど、悲しみに染まっていた。ドミナは急いで彼を抱きしめた。
「ルノート、何があったんだ」
「ドミナ・・・」
「お願いだ、教えてくれ。お前のそんな顔見てられない」
するとルノートが泣きそうな顔をした。
「僕はもう、君といられないんだ・・・っ、なんでだよ、なんでなんだよ。どうすれば、僕は君と一緒にいられるんだ。なんで、『魔王』なんか・・・『勇者』なんかが、僕と君を引き離そうとするんだ・・・っ!!!」
するとドミナの肩へ、エリギアが手を置いた。
「ドミナ、とか言ったか。これから俺たちは任務があるんだ。だからこれ以上邪魔をしないでくれ」
「邪魔だと・・・」
「ああ。邪魔さ」
ドミナとエリギアが睨み合う。それからドミナは殴り飛ばされたロクリア、自身の腕の中で涙を必死に堪えるルノートを見た。
ドミナが干渉したから、彼はこうなったのではないか。
彼がドミナの元を離れようとした決意を、ドミナは踏み躙ってしまったのではないか。
そう考えた途端、ドミナは目の前が真っ暗になった。ルノートから離れ、目の前のエリギア一行と距離を取る。
「私は、何をして・・・ちがっ、ルノートを苦しめたかったわけじゃ・・・」
ドミナは途轍もない自己嫌悪に襲われる。
『邪魔』。本当にそうなのだろう。
だって、ルノートは新しく恋人を作った。なら、いつまでも彼に執着し続ける自分は何なのか。
ドミナは彼らに背を向けた。もう何も気力が起きない。
「あんたも行く先は同じみたいだな」
先ほどの少女とオルタは車に戻ったのだろう。暗い顔のルノートと、煙草を口に咥えたエリギアがドミナの少し後ろを着いてきていた。
「ルノート」
ドミナは立ち止まる。そして後ろを振り返った。
「ごめんな。もう、お前の邪魔はしないから」
途端にルノートが何か言いたな顔をした。しかし、彼は言葉を発することができなかった。
「私がいなくても、もう大丈夫みたいだしな。幸せになれよ――絶対」
ドミナは顔を下に向け、走り出した。本当は『パルシェ』に行って、組織を抜けて『テンペスト』へ移ることをユエムへと報告する予定だった。
それも今はできない。
誰にも、彼女は今の自分を見られたくなかった。
ドミナは声を必死に殺しながら、街中を駆けて行った。
腕で何度目元を拭えど、溢れてくる。
ドミナは泣いていた。




