4「不正解」
ドミナはとある飲食店へ呼び出された。彼女を呼び出したのはもちろんヴェイラであり、用件もまたルノート及び『夜の蜘蛛』に関する話である。
個室、ドミナは座ってヴェイラが来るのを待っている。
すると個室の扉が開いた。なんと、向こうからアデラがやって来た。その後ろからヴェイラもやって来る。
アデラがドミナの隣にちょこんと座り、ドミナと向かい合うようにヴェイラは座った。
「待たせたの」
「えっと、どうしてアデラが・・・」
「私がヴェイラの言うボスよ。今日は直接、貴方に話をしに来たの」
口調と雰囲気が変わったアデラの言葉に、ドミナは困惑する。
「つまり、アデラは『テンペスト』のボスということか?」
「ええ」
アデラはドミナを横目で見ながら返事をする。
「ぱ、パフェ・・・!? なにこれ、美味しそう」
「美味しいのじゃ、それ」
「じゃあ、食べる」
アデラとヴェイラが暢気に会話をする。ドミナも、自分も何か頼もうかとメニュー表を広げた。
全員、アデラと同じサクランボの乗る生クリーム大量のパフェを頼んだ。
届くまではしばらく、他愛ない会話が続いた。
パフェが届いてようやく、アデラとヴェイラは本題に入った。
「わぁ」
パフェを見たアデラが目を輝かせ、そしてこほんと咳払い。
「それじゃあ本題に入るわね。まず、『夜の蜘蛛』に関してだけれど・・・」
アデラがじっとドミナの目を見つめる。
「返事はあったのだけれど、残念ながらルノートとの接触は認められなかったわ」
「そんな・・・」
ドミナは目の前が真っ暗になる。
「こればっかりは私もどうしようもないわ。なにせ、別組織なんだもの」
アデラは言いながらパフェを食べ進める。ふと、サクランボを手に取って物珍しそうに眺める。
「どうすれば・・・」
ドミナはパフェに手を付けることなく、項垂れた。
しばらくの間、沈黙が続く。
「ドミナ、食べないのならもらっていい?」
「あ、ああ。いいぞ」
「貴方の分のお金は私が払うわ」
アデラがパクパクとパフェを食べる様子を、ドミナはじっと観察していた。
無力感。今のドミナが感じているもの。
ルノートに手は届きそうで、届かない。彼の心は、ドミナの側にあったと思い込んでいた。だが現実は違った。彼は得体の知れない何かを抱えて、一人で苦しんでいた。
それに気付けなかったドミナは、自分を怨んだ。
「もう彼のことは諦めた方がいいのじゃ」
ヴェイラのそんな一言が、心に重くのしかかる。
「それでも私は・・・っ・・・ルノートを・・・」
ドミナの目に熱が集まった。涙の雫が、頬を伝って落ちていく。
「どうして・・・どうして何もできないんだ・・・っ、私はだって、ルノートをあんなに愛して・・・それは形だけだったのか・・・」
ルノートを疑う方向に、思考が傾いて行く。ドミナは涙を拭いながら、天井を仰ぎ見た。
すると、パフェを食べ終えたアデラがドミナの体を抱きしめた。
「ドミナ」
アデラがドミナを見て名を呼ぶ。
「『アルペシア』を抜けて、『テンペスト』に来なさい。無理やりにでも抜けていいわ。あそこはもう、貴方の居場所じゃない」
「私が、『テンペスト』に・・・?」
「ええ。私たちは貴方が必要なの」
『必要』という言葉を聞いたドミナが涙を拭い、真剣な目をした。彼女の視線はアデラを真っすぐと向いている。
「それは、私を哀れんで提案してるのか」
ドミナがアデラをじっと見つめている。
「違うわ。哀れみでもない、単純な提案よ。貴方はルノートがいない『アルペシア』にいて、何をするつもりなの? もし、彼と戦うことになったらどうするの?」
「それは・・・」
「私たちが貴方の必要なのは本当。だって貴方は――」
言いかけて、アデラが首を横に振る。
「一まず、私のとこへ来なさい。『アルペシア』の連中について気にすることはないわ。もし貴方を取り返しに来たら、その時は私たちが対処する」
「そこまで言うのなら、分かった・・・」
ドミナはゆっくりと頷く。アデラの提案を飲んだ彼女は、考える。
アデラの言う通りだ。今のまま『アルペシア』にいたとして、ルノートを探すために何の行動も取れないではないか。それに、ルノートは『夜の蜘蛛』という別組織に所属している。もし『アルペシア』と『夜の蜘蛛』が争いでもしたら、その時は彼と戦わなくてはならない。
それだけは避けたい。
ドミナはアデラの食べ終えたパフェの食器を見やる。
サクランボの種が、底に沈んでいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ルノートは天井を仰ぎ見ていた。なんの汚れも知らない真っ白なホテルの天井。
彼はドミナ以外の女性の色を知ってしまった。どうしようもない罪悪感が、心に溢れている。
ベッドは二つあるのに、隣で寝転ぶロクリアの姿を見た。彼女もまたこちらをじっと見つめていた。
「まだ起きているんですか?」
少し砕けた敬語で、ロクリアが言う。彼女は裸だった。肉体を押し付けてきて、ロクリアは笑う。
ルノートは彼女を見て思った。彼女は悪魔だ。弱みに付け込んで男の欲を誘い、自分の思うがままに操る――。
そんな悪魔が隣にいる。
「また、します?」
彼女の可愛らしい顔には似つかないほど、妖艶な笑みだった。
「お願いだ・・・僕をもう放してくれ」
「何を言っているんですか」
ロクリアが彼の腕に抱き着く。
「貴方は自分で気付いていません。自分がどれだけ飢えていて、どれだけ元恋人のことを忘れたいのか」
「僕が、ドミナを忘れたい、だと・・・」
その瞬間、ルノートの頭に血が上った。
腕に抱き着いていたロクリアを思い切り引き剥がし、拳を作る。
ルノートはロクリアを殴ろうとした。しかし、寸前で手が止まる。
「いいんですよ、私を殴って」
ロクリアはルノートの目をじっと見つめている。
ルノートは途轍もない自己嫌悪に襲われた。これではまるで、かつて彼自身と彼の母に暴力を振るっていた父のようで――。
息が荒くなる。自分が、もう分からない。
「大丈夫ですから。私は貴方の全てを受け入れます――暴力も、肉欲も全て」
「一体君は、何がしたいんだ」
するとロクリアが微笑んだ。
「私は貴方が好きなんです。一目見て、運命の人だと思いました。だからこそ、貴方の全てを受け入れると決めたんです」
「そんな・・・」
「最後に私を殺してくれさえすれば、何をしてもいいんですよ?」
ロクリアが再び抱き着いて来る。
「だって貴方は、私の運命の人なんですから――」




