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ritard. ――リタルダンド――   作者: 花厳 幽花
復讐の影編 第4章「過去を切り捨てる」

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3「闇」

「ルノートさんの部屋がいいです」


 確かにロクリアはそう言った。思わずルノートが「え」と言葉を漏らす。


「本当に?」


 ルノートの尋ねに、ロクリアは下を向きながら気恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて、こくりと頷いた。


 車内に奇妙な空気が流れる。オルタがルームミラー越しにルノートの様子を確認している。エリギアは何も言わず、信号に引っかかったことに対して舌打ちをした。


 ルノートはロクリアへ目線を向ける。すると、ロクリアもまたこちらを見ていた。目が合った瞬間、ロクリアが「あ」と小さく声を漏らした。それと同時に車が発進する。


「本人の意思くらいは尊重してやらないとな。いくら連れて行くとはいえ、こちらが一方的にするのはよくない」


 ロクリアが敵ではないからだろう。エリギアはどこか甘さの溶けた台詞を吐いた。


「ルノート、分かっているわね」

「はい・・・」


 オルタがルームミラー越しにルノートを睨み付けるので、ルノートは委縮した。


「くれぐれも彼女を逃がさないこと。それがワタシたちに任務で最重要事項なのだから」

「はい」


 そんな会話をしていると、ようやく車が目的地に到着した。場所はとあるホテル。駐車場に車を停め、一行は車を降りた。


 ホテルに敷設された三階層にもなる広い駐車場。車のドアを閉める音が響くほどの広さ。他に停まっている車の姿は見当たらない。


 駐車場を進んでホテル内へ入るための通路を通る。自動ドアが開き、静寂とした廊下を進んでエスカレーターに乗る。


 狭くも広くもない中途半端な空間。ロクリアがルノートの側に寄って来る。彼女はちらりとこちらを上目遣いで一瞥してすぐに目を逸らす。やはり彼女のその態度に、ルノートは困惑を隠せずにいた。


「チェックインは済ませているから、そのまま部屋へ行っていいぞ。鍵はこれだ。ほれ」


 エリギアがルノートに鍵を投げ渡す。ルノートはそれを慌ててキャッチ。その際、なぜかロクリアがくすりと笑った。


 全員同じ五階。エリギアは五百五、オルタは五百六、ルノートとロクリアは五百三号室。任務を行う間、拠点はこちらの貸し切りのホテルとなる。期間は約一週間、その間にムジクを始末するということだ。


「取り敢えず、また明日な」


 エリギアの言葉を最後に、一行は各々の部屋へと入った。ロクリアと共に部屋へ入ったルノート。中は普通のホテルと言うべき内装だった。その内、ベッドは二つあることがせめてもの救いだった。


 ルノートは荷物をテーブルの上に置いて、ロクリアの方を向く。彼女は何の荷物も持っていなかった。恰好は部屋着だろう。薄手のベージュ色をしたパーカーと、ドルフィンパンツに似た灰色の短いズボン。彼女をこちらで預かる間、着替えはどうするのだろうか。


「ロクリアさん、えっと、その・・・」


 ルノートは言葉に迷う。一体彼女とどう接すればいいのだろうか。同じ部屋で生活するとなれば、多少なりともコミュニケーションが必要だ。


 ルノートがしばらく悩んでいると、不意にロクリアが微笑んだ。


「ルノートさん、まず自己紹介しませんか」

「そ、そうですね」

「では、私から――」


 ロクリアは自身のことについて語った。十六歳、ルノートの三つ上。ここシンフォニ王国の現国王ディエゴス・シンフォニの娘で、第三王女であること。姉に、第一王女のイオニアと、第二王女であるエオリアがいること。


 ルノートもまた自己紹介を始める。


「僕はルノート・ヴルピウス。十三歳で、ロクリアさんの三つ下ですね。好きな食べ物は野菜で、特に――」


 言いかけたところで、ロクリアが側へ寄って来た。


「どうして、あのオルタとエリギアという方と一緒にいるのか、聞いてもいいですか」


 彼女はルノートの目を見つめながら尋ねる。


「僕は、元々別の組織に所属していました」

「敬語はもう使わなくていいですよ」

「わ、分かった。それで、当時付き合っていた恋人がいるんだけど、その恋人と別れてこっちに移って来たんだ。恋人も同じ組織に所属していた上、僕の方が一方的に別れを切り出したから、ほんと、距離を取るためにこっちに来たみたいなものだよ」


「そうですか」とロクリアが呟く。


「ルノートさん」


 彼女は突如としてさらに距離を縮めてきた。互いの吐息がかかりそうなほどの咫尺、彼女は背伸びをしてルノートの耳元へ口を寄せる。


「一つ、取り引きしませんか」


 彼女は流れるようにルノートへ抱き着く。


「任務でしたっけ・・・その期間中、私を思う存分自由に使ってください――その代わり、任務が終わったら私を殺してください」


 思わずルノートは息を呑んだ。彼女は一体何を言っているのだ。


「どうですか」


 ロクリアは背伸びをやめ、上目遣いで尋ねる。彼女はわざと胸を押し当てて来る。柔らかな感触がルノートの上半身に走る。ロクリアはそれから熱い吐息を零した。熱感の籠る視線がこちらへ向く。


 ルノートは自身の心臓の鼓動が速くなる感覚を覚えた。


 途端、脳内にドミナの姿が過った。あんな別れ方をしたとは言えど、ルノートは未だに彼女のことを想っていた。


 もう出会うことはないと、分かり切っているのに。


「君はどうして殺されたいの」


 ルノートは単刀直入に尋ねた。平静を演じるように、息を忍ばせながら。


「単純に、この世界に嫌気が差したからですよ。誰も私を必要としていない。誰も私を見てくれない。誰も私に声をかけてくれない。お父様も、お姉様ですらも・・・誰も、誰も・・・」


 彼女に一体何があったのだろうか。段々と彼女の瞳から光が消えていくのが見えた。


 ルノートは突然ベッドの方に押し倒された。どさりとベッドが弾む。ロクリアがそのまま彼の上に覆い被さる。


 ロクリアは艶やかな笑みを湛え、ほんのりと頬を赤く染めている。


「好きにしていいんですよ、ほら・・・」


 ロクリアがパーカーを脱いで、下着を露出する。彼女の可愛らしい見た目から程遠いどこか大人びた薄紫のブラジャー。フリルが付いていて、色気を演出している。


 ルノートは理性を必死に保つため、唇を強く噛み締めた。血が出そうなほどに。


 ロクリアがルノートの体を指でなぞる。ゆっくりと、こそばゆく這って行くその指先が、彼の胸をなぞり、腹部を、そして下半身へと。


 するとロクリアが突如として指を止めた。場所は言わずもがな、指先ではなく掌全体でそこを摩りながら、再び熱い吐息を漏らす。


「この調子ですと、了承してくれたということで構いませんか」


 ルノートの意思とは正反対の反応を示すその場所。


 ルノートのズボンのチャックを摘まんで、ロクリアは指を動かす。


「やめてくれ」

「どうしてですか」

「僕には、ドミナが・・・恋人がいるんだ」

「でも、別れたんじゃないですか?」


 彼女の言う通りだ。彼とドミナはもう、付き合ってなどいない。


「ならいいじゃないですか」


 ルノートは抗い切れない、深い闇を、目の前に垣間見た気がした。

 自分の行動が、ドミナの好意に愎(もと)る行為であることなど、分かっている。ただ、体は目の前の闇を受け入れようとしていた。


 ルノートは全身から力を抜いた。

 そして、腕を伸ばし――。


 ロクリアの首を強く絞めた。


「ふふっ、今殺すんですか・・・?」


 ロクリアが笑う。彼女は苦しげに悶える表情も、様子も見せない。

 ルノートはぞっとした。目の前の彼女は闇そのものだ。彼の心に巣食った闇よりも、遥かに深くおぞましい――。


 彼の体だけではなく、心までも、その闇に呑み込まれてしまいそうだった。


 ズボンのチャックが完全に下ろされる。


 ルノートはもう、抵抗を諦めた。


「ルノートさんには私を好きにしていい権利があるんですよ? 私を思う存分痛め付けて、思う存分犯して・・・」


 ロクリアはそう言って、不気味に微笑む。


 ルノートはもう、成す術をなくした。

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