プロローグ「ムジク・シンフォニ」
シンフォニ一族や貴族には『魔王派』と『種族統一派』の二つの派閥が存在している。『魔王派』はその名の通り、魔王復活を試みる凶暴な派閥だ。彼らは邪な手段を用いて、この世界に魔王とやらを復活させようとしている。
『種族統一派』は人間も魔王の復活も何一つ企むことのない、国の安泰だけを願う穏健派だ。彼らはこの国に平和がもたらされるよう、それぞれ活動を行っている。
ムジク・シンフォニは『種族統一派』の家系に生まれた。父はアリエス、母はマーザ。異母兄弟に、ディエゴスとトエコスがいた。彼ら兄弟は正反対の『魔王派』。しかし、ムジクにとってディエゴスとトエコスの二人は心の支えだった。
幼少期、内気だったムジクの手を取って遊んでくれたのはその二人だけ。母は病弱で、常に寝込んでいた。使用人が代わりにムジクの面倒を見ていた。
「ムジク!!」
庭園にいるムジクへ、明るい笑みを浮かべたディエゴスが手を振った。ディエゴスの金色の髪が、太陽に照らされて輝いている。
「ディエゴス兄さん、今日も来たんだ」
「ああ。お前のことだからどうせ暇してるだろうなって思ってさ」
そう言うディエゴスは不意に握り拳を突き出した。小さなその手に、何かが握られているのだろうか。
ムジクは首を傾げる。
「手、出してみろよ」
「こう・・・?」
ムジクは恐る恐る掌を広げ、彼の拳の下へ近付ける。
「ほら」
するとディエゴスの握り拳が開かれた。その瞬間、中から緑色の虫が飛び出す。
「うわぁああああ!!!!」
ムジクは悲鳴を上げた。自身の掌の上に得体の知れない昆虫が乗っているのだ。緑色で、大きな脚を持った虫が動く。
ムジクは涙目になりながら、ディエゴスに視線を送る。
「へへっ、こいつは大物だろ」
「そうじゃないよ! 早く取って!!」
「なんだよ。びびりだな」
悪戯っぽく笑うディエゴスが、ムジクの掌から虫を払い退ける。
ようやく自由になった掌を何度も確認して、ムジクはほっと溜め息を吐いた。
「お兄さま、あまりムジクを怖がらせないでください」
本を片手に携えた少年が、その場にやって来た。彼はトエコス。ディエゴスの弟であり、ムジクの兄だ。今まで彼はベンチに座って読書をしていた。
年の割には難解な小説を読むので、周りからは驚かれている。
「トエ兄・・・!!」
「その呼び方はやめてくれ。普通に兄さんでいいじゃないか」
「ごめんなさい」
ムジクはトエコスの側へ寄る。彼からフローラルな香りがした。
「二人共、あまりその者と関わらないで頂戴」
すると華やかなドレスを着た女がやって来た。彼女はディエゴスとトエコスの母、ミデュエールだ。性格のきつそうな鋭い目がムジクを捉える。
「『種族統一派』・・・」
ミデュエールが小さく呟く。
「行きましょ」
「お母様、ちょっと・・・!!」
ディエゴスとトエコスは無理やりに手を引かれて行った。その様子を、まだ何も知らない澄んだ瞳のムジクは眺めていた。
それから数年が経った。ムジクは十八になり、ハルモニー学院というこの国屈指の名門校を卒業。この頃には王族を取り巻く様々な事情を知り尽くしていた。
『魔王派』と『種族統一派』。二つの派閥が取り巻く問題。そしてムジクの母、マーザと『魔王派』の因縁。特にアリエス、ミデュエール夫妻とマーザの関係はぎくしゃくとしている。マーザはアリエスと関係を持ち、ムジクを産んだ。そのことを彼の妻であるミデュエールが許すはずがない。
ミデュエールの画策か、今のマーザの立場は危うい。それどころかムジクにまで影響が及んでいる。
「母さん、薬は飲んだ」
寝台に横たわるマーザに、ムジクは問いかけた。衣擦れの音がして、マーザが顔を出す。彼女のやつれた体と空虚な瞳がムジクを映す。
ムジクは常に考える。マーザはすでに壊れているのだ。どうしようもないくらい、空っぽに。
「飲んだわよ。ムジク、ちょっとこっちに来て」
「母さん・・・?」
マーザが体を起こして手招きする。ムジクは言われたまま、彼女の側へ。
すると突然、マーザがムジクの頭を撫でた。思わず彼は息を呑む。
「昔ね、あなたによくこうしていたの。私はずっとベッドから降りられなかったから、側に来てもらって頭を撫でて――」
言いかけたところでマーザが咳き込む。
「マーザ様、そろそろお時間です」
「あら、ごめんなさい」
無表情の女性使用人がマーザの元へ歩み寄る。彼女は布団の乱れを治すと、マーザを横に寝かした。
「ムジク様、これから稽古の時間です」
「分かった。それじゃ母さん、また後でね」
ムジクはマーザに声をかけてから、使用人と共に部屋を出た。
稽古というのは剣術だ。週に二回、剣術の道場の師範を呼んで稽古をつけてもらう。剣術を会得し、それを披露するのがこの国の王族にとっての伝統だ。
稽古場へ向かう。稽古場は王城付近にある小さな小屋だ。そこには師範、ディエゴス、トエコスがいた。
「やっと来たか!」
ディエゴスは昔と変わらない明るい笑みでムジクへ手を振る。トエコスは一瞥しただけで、すぐに稽古へ戻る。
「ごめん、少し遅れた」
「大丈夫だっての。おじさんは今トイレで外してるからさ」
師範はいない。彼の話によると数分前に用を足しに行ったばかりだそうだ。
ディエゴスから真剣を渡される。用意された木の的を前に、ムジクは意識を研ぎ澄ませた。
稽古をしばらく続け、師範が戻って来たタイミングで休憩に。ディエゴスの妻であるリリスも見物にやってきていた。
「ディエゴスさん、水です」
「ありがとう!」
リリスとディエゴスが仲睦まじく言葉を交わす。
その様を横から見ていたムジクとトエコス。トエコスはちらりとムジクを見やると、途端に何かを投げてきた。
「お前も水を飲め」
小さな水筒だった。ムジクは水筒に口を付ける。喉を通り越していく冷たい水の味が、今になく心地良かった。
「トエ兄・・・リリスさんって凄く綺麗だよな」
「だな」
「俺もあんな美人な奥さんできるかな」
ムジクはじっとリリスの姿を見つめる。金色の長い髪に、翡翠の瞳。高い鼻、艶めく唇。華奢でスタイルの良いその体。
「そう言えば、トエ兄は結婚とかしないの?」
「僕はそういうの興味がない。しろと言われたらするけど」
「ふーん・・・」
トエコスはタオルで汗を拭っている。ふと、彼はその様子をじっと観察した。
ディエゴスもトエコスも背が高い。どちらも整った顔立ちをしているが、ディエゴスはどこか稚く、トエコスはどこか大人びている。
「『魔王派』も『種族統一派』も互いに争わず・・・協力すればいいのにな。俺たちみたいにさ」
ムジクがぽつりと零した。それを聞いたトエコスがふんと鼻を鳴らす。
「考えるだけ無駄だ。あの大人たちは因習に囚われすぎているんだ」
「俺たちがいつか一族の実権を握ったら、絶対に今の状況を変えて見せるのにな」
トエコスが面白そうに目を細める。
「無駄に争わず、協力してこの国を統治する。それが俺の夢だ」
「つまり、お前が王座に就くということか」
「ああ。俺が王様になった暁には、トエ兄とディエゴス兄さんには良い待遇してやるから、楽しみにしてくれよな」
ムジクは満面の笑みを浮かべる。それを見て、トエコスも微笑む。
「分かった。楽しみにしておくよ」
「おう」
それから二人は稽古を再開した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
数年が経過し、ディエゴスに子供ができた。名前はイオニア。金髪で、父と同じように明るい笑みが特徴だ。
ムジクとトエコスは今、ディエゴスの家の客室にあるソファに座っていた。ディエゴスが来るのを待っている。
「とえこす、むじく、おはよー!」
イオニアが客室へやって来たかと思えば、そう言って挨拶をした。相変わらず父親似の無邪気な笑顔。ムジクもトエコスも、彼女に影響を受けて笑顔の数が増えていた。
「よっ、お前ら」
イオニアの後ろからディエゴスがやって来る。彼は最近、髭を伸ばすのに嵌っているようで、顎髭が茂っていた。
「イオニアちゃん、元気にしてたか~!」
ムジクがわしゃわしゃと頭を撫でる。するとイオニアは嬉しそうにきゃっきゃっとはしゃいでくれた。
「リリス様はどちらへ?」
トエコスがディエゴスへ尋ねる。
「あいつは今、お母様と一緒に茶会の最中だ。それこそ、二人は何しに俺ん家に?」
「聞いていないのですか。僕たちは『派閥会議』のことで来たと言うのに」
『派閥会議』。その名の通り、『魔王派』と『種族統一派』がそれぞれ年に一度行う集会だ。活動の報告、成果を発表したり、今後の目標を取り決めたりする。
「すまんすまん。イオニア、父さんの側で大人しくしていてくれるか?」
「はーい!」
ディエゴスは客室の大きなソファへ腰かける。彼の膝の上に、ちょこんとイオニアが座る。
「お兄さま、昨今密やかに活動を広げている『復讐屋』なるものをご存じですか?」
「ああ。耳にはしている」
「彼らがどうやら一部の『魔王派』にコンタクトを取ったようで」
『復讐屋』。最近になって名を上げ始めた裏社会の組織。この国で暗殺業務、嘱託殺人を生業とする屑の集まりだ。
ムジクも名前を聞いている。その集団の存在が現在、派閥関係なく王族や貴族の間で話題となっていた。
「それで『派閥会議』を緊急で開くということか。なるほど・・・お父様に詳しく聞いてみるとしよう」
「頼みます。僕は忙しいので」
「分かった。任せろ」
不穏な兆し。ムジクは何事も起こらぬよう、必死に願うだけだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
数か月後、突如として事件は起きた。
「『マーザの公開処刑』だと・・・」
一枚の便箋が示す、最悪の文字。あまりにも突然だった。ムジクは急いで母の部屋へ飛び込む。
「母さん!!!」
子供の頃よりは少しだけ体調が回復したマーザ。彼女の瞳が、静かに動く。
「どうしたの、ムジク」
「母さん・・・一体これはどういうこと」
差出人は『アリエス・シンフォニ』の名。ムジクにとっては父親と呼ぶべき存在。そんな彼が突然、このような通達を送って来たのだ。
マーザはゆっくりと体を起こして、彼が手に持つ手紙を受け取る。
「きっとミデュエールさんが計画したのよ。ついにこの時が来てしまった」
「知っていたの・・・?」
マーザは寂しそうに笑う。
「国王にとって、私のような不倫相手がいるだなんて事実、消したくなるのよ」
「でも・・・! それが母さんを処刑する理由にはならない!!」
「ミデュエールさんはなんとしても私を許すつもりがないの。でもこれでいいの。私が全て悪いのだから。私が責任を取って死ねば、全てが終わるの。それで幸せになるのだから」
「何言ってるんだよ・・・!!」
ムジクは声を荒げる。納得がいかない。自身の母が処刑されてしまうのだ。
「ふざけるな・・・母さん、俺は絶対に認めないからな」
そう吐き捨ててムジクは部屋を出て行った。乱暴に扉が閉まる。
「ムジク・・・ごめんなさい」
一人残された部屋で、マーザはぼそりと呟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ムジクはアリエスに直接抗議しにいった。しかし、ミデュエールは当然だがディエゴスさえ聞く耳を持たなかった。
「すまん、ムジク・・・俺にはどうしようもないんだ」
ディエゴスのその一言がとても深く、ムジクの心を傷付けた。今まで兄として信頼していた気持ちが、どこか遠くへと消え去っていく。
ムジクは死んだように処刑の執行日まで過ごしていた。本来、公開処刑のような派手な処刑は国家転覆を狙うような大罪人にしかされない。それだというのに、マーザは・・・。
ムジクは手紙を受け取った日以来、マーザと口をきいていない。それどころか、トエコスやディエゴスとさえももう会話をすることはなかった。
「母さん・・・」
ムジクは自分の部屋で一人、膝を抱えて啜り泣く。声を押し殺し、誰の耳にも届かぬように。
やがて処刑の執行日が訪れた。マーザは部屋から連行され、それを妨害したせいでムジクは拘束される。
「母さん・・・!!! 母さん・・・!!!」
衛兵に連れられて行くマーザの後ろ姿。ムジクは必死に叫ぶ。叫んで叫んで、喉から血が出るまで。
手錠をはめられた状態で、ムジクは会場へ連れられた。隣には監視役の衛兵が付いている。目の前にある断頭台。
コロシアムのような場所だ。観客が大勢。国王に不祥事を働いた者の処刑との謳い文句を鵜呑みにした連中が集まっている。特別な見物台、そこに暗い顔のディエゴスとリリスが。イオニアはいない。
さらに別の見物台にはトエコスが。彼もまた晴れない表情をしている。
「お集まり頂いた皆さん、ごきげんよう」
ミデュエールが話しをし始めた。マイクから通る彼女の高らかな声は、会場にうるさいくらい響く。
「今日は国王アリエス・シンフォニに不祥事を働いた不届き者、マーザ・シンフォニの処刑を行います。彼女は王に妻がいると知りながら、体の関係を無理に迫りました。許せませんよね、ええ、断じて許すべきではありません!!」
ミデュエールの視界に、観客が歓声を上げる。許してはならない、今すぐに殺せ。そう叫ぶ声が会場を埋め尽くした。
ムジクは歯を噛み鳴らす。ぎりぎりと力を込めて軋らせる。じっと、ミデュエールの姿を睨み付けながら。
すると、遅れてアリエスがやって来た。彼はディエゴス一家の後ろに立っている。
「それでは、マーザ・シンフォニの入場です!」
拘束されたみすぼらしい姿のマーザがステージへとやって来た。彼女は目隠しをされ、髪を束ねられた上で両腕を処刑人に捕まれている。
マーザは美しい。そのため、男から色目を使われることも多々あった。乱れたドレスを見るに、きっと誰かに暴行を加えられたのだろう。
「母さん・・・」
目隠し越しの彼女と目が合った。すぐに視線は外れ、そのまま断頭台へ。
「皆さん、準備はよろしいですか!!!」
観客の声が轟く。処刑人が剣を手に持つ。マーザは断頭台の上で静かに座った。
「処刑人の方も準備はよろしいですね。それでは始めます!!」
ミデュエールは嬉々として宣言する。
「とくとご覧ください!!!」
次の瞬間、処刑人が手を振るった。
血飛沫。首が、ぼとりと落ちる光景。
ムジクは気の遠くなる感覚を覚えた。涙が溢れる。頭が痛い、重い。息が上手くできない。動悸が鼓膜を揺らす。目の前が褪せて見える。誰かを殺すというのは、こんなにもあっさりと終わるものなのか。
歓声が会場全体に轟く。ミデュエールの笑い声が、うるさく耳に響く。
冷たい。ただ、冷たい。手錠の金属の温度を味わって震えながら、ムジクは下を向く。
「これが絶望か・・・」
ムジクはこの時になって絶望を知った。しかし、その中に一つの激情が灯っていることにも気が付いた。
それはムジクの思考を打ち震わせ、体を突き動かす。ムジクは立ち上がり、ミデュエールとアリエス、それからディエゴスを睨み付けて口を開いた。
ディエゴスと、目が合う。
「ディエゴス・・・アリエス・・・ミデュエール・・・!!!!!」
歯ががたがたと震えて音を鳴らす。
「絶対に許さない・・・お前らを殺してやる・・・!!!!」
声が漏れる。荒い息遣いと共に、それは勝手に。
「今に見ていろ・・・!!! 殺して殺して殺して、地獄へ追いやってやる!!!」
一人の青年は、その日から『復讐心』に取り憑かれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ムジクはその後、使用人を一斉に解雇され、家を追い出された。実質的な王族からの追放だった。
何もかもを失った彼は一人、途方に暮れていた。
縋るようにして貧民窟へ辿り着く。彼はそこで何も食わず、ただ地面の上で横になっていた。
死んだように生きていた毎日。そんなある日のこと。彼の元へ黒いドレスの女が現れた。
思わずムジクは目を奪われる。透き通るような白い髪、心を見透かすような金の瞳。美しい。一言で言うなればその言葉が相応しい。
「何の用だ」
ムジクは体を起こすことなく、彼女へ気怠げに尋ねる。
「貴方、良い『復讐心』を持っているわね」
「あ?」
変なことを言う女だ。そう思い、ムジクは彼女を睨み付ける。
「私と手を組まない? そうすれば、貴方が憎んでいる者全てに『復讐』できるわ」
その途端、ムジクは起き上がる。
「憎んでいる者・・・復讐・・・」
「母親を処刑されたのでしょう?」
「ああ。そうだ。俺は母さんを・・・母さんを・・・!!!」
思い出すと同時に激しい怒りが沸き起こった。
「お前と手を組めば、本当に復讐できるのか」
「ええ」
女が嘘を吐いているように見えない。
「そうだな・・・手を組むとしよう」
「決まりね」
彼女はムジクへ手を差し出す。
「私はウツグ。『復讐の女神』よ」
「俺はムーーいや、ユエム。ユエムと呼んでくれ」
ここから全てが始まった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
かつての名だったムジクを捨て、ユエムとして新たに生まれ変わった。彼は『アルペシア』と呼ばれる組織を作る。様々な人材を手に入れるため、種族関係なく協力を募った。
アンデッド族のアヴォイド、妖狐族のヴェイラ、『復讐の女神』ウツグ。ユエムを除き、メンバーはこの三人。
それでも『アルペシア』は相当な力を有していた。
そしてとある計画を立てる。
「アリエス、ミデュエール夫妻暗殺計画――」
ユエムが呟いた。
彼がこの世で最も怨んでいるアリエスとミデュエールの二人。彼らを暗殺する任務を、ウツグと共に計画した。
「大丈夫よ、ユエム。必ず成功するから」
ウツグは毎度、耳元で囁くのだ。
計画は無事に成功。しかし、アリエスは奇跡的に一命を取り留めてしまった。重体には追い込めたが、それを鑑みると失敗とも言える。
ミデュエールはもちろんのこと二人はユエム自らの手で襲った。何度も何度も体を剣で切り刻んでやった。
「最近、『復讐屋』の名前を聞かないな」
ユエムは不意に疑問を浮かべる。
前に『魔王派』へと接触したその組織。彼らは突如として姿を消してしまった。
ユエムは彼らと協力しようと企んでいた。しかし、その考えも潰える。
「『アルペシア』があるからいいじゃない」
ウツグのその一言で、ユエムは決心した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
時はユエムがムジクだった頃に遡る。『魔王派』に『復讐屋』が接近した時のことだ。
「其方が『復讐屋』の者か」
深夜、突如としてアリエスの寝室へやって来た女。この部屋にいたのは彼一人だけだった。女は夜に溶けるような黒いドレスを着ている。
「ええ。私はウツグ。『復讐の女神』」
「『復讐の女神』・・・本人か?」
「ええ、その証拠に」
ウツグは瞬きをする。すると十字型の瞳が輝きを放った。
「『復讐の神眼』よ。今日は私たち、『復讐屋』が貴方に交渉を持ち掛けに来たの」
『復讐の神眼』を目の当たりにしたアリエスが目を瞠る。
「確かに本当のようだな。それで――交渉か」
アリエスはニヤリと笑って起き上がる。
「ムジク。私は彼が欲しい」
「あいつか・・・しかし、なぜ」
「私の計画の内、魔王復活の過程に彼は重要なの」
『魔王復活』・・・。その言葉を耳にしたアリエスは興味深そうにウツグを見つめる。
「貴方たち『魔王派』は、魔王復活のために動いているのよね。それだったら、私が魔王復活のために協力する。その代わり、これから言う方法でムジクを寄越して」
アリエスはしばらく考えた後、口を開く。
「いいだろう。して、ムジクに関する方法とは」
「――彼の母親を処刑する。公開処刑でね。これだけよ」
「ほう・・・」
ウツグは彼のいる寝台へ寄る。
「アリエス。貴方が彼の『復讐心』を焚き付けるの。そうすれば彼が魔王復活まで導いてくれるわ」
「それは本当か。しかし、あいつが我に『復讐心』を抱けば、我の身はどうなる。復讐されて死ぬのではないか」
「貴方は不治の病を患った死にぞこない。魔王復活のために命くらいかけてみたらどう?」
アリエスは低く唸る。彼は今現在、不治の病を患っている。歳月をかけて、体の筋肉が衰えていく。ゆっくりと、死へ近付いて行く病だ。
「分かった。其方に協力しよう」
「ありがと。でもこのことは内密にね」
「もちろんだ」
交渉は無事終了。ウツグは愉快そうに唇を歪めた。




