1「歓迎」
シンフォニ王国第一地区――バー『パルシェ』の従業員控え室にて。
くぼんだ目に闇を映す男、ユエム。彼はコーヒーを飲みながらパソコンを操作し、とある情報を調べていた。
「王女ロクリア・シンフォニ・・・」
この国の王女の三女、ロクリア・シンフォニ。彼女について記された、極秘裏に入手したとある『研究』の書類。それはロクリアの特殊な『体質』について記されていた。
「やはり、『魔女』が関与しているのか・・・」
ユエムは溜め息と共に言葉を吐いた。彼はそのままチェアの背もたれへ靠れる。
ロクリア。彼女の体質は『乖背の魔女』アデラの魔力の残滓が関与している。王族や科学者の間で秘密裏に共有されたこの研究書類には、そう記されている。
ロクリアには傷を付けることができない。ロクリアが相手を敵だと感じた時点で彼女のその体質の効果が発動し、傷一つ付けることができなくなるのだ。尚、ロクリアの自傷行為についてもこの効果は発動する。
それはユエムにとって少々厄介な問題となる。なぜなら彼は王族への『復讐』を誓って、この『アルペシア』を結成したのだから。
ユエムの母を殺した先代国王のアリエス、現国王のディエゴス。唯一、トエコスだけとは友好的な関係を築いていたが、彼は死んだ。
まずユエムが行うべき計画は、王女の暗殺――。この国にはイオニア、エオリア、ロクリアの三人の王女がいる。彼女たちは各々この国で多くの者に慕われている。
ディエゴスにとって大事な彼女たちを殺しさえすれば、母の『復讐』の大きな第一歩となる。
「私は――」
ユエムは言いながらパソコンの画面を睨み付ける。
彼はなぜ、ルノートを組織から逃がしたのか自分でも理解していなかった。その疑問ばかりが、頭を支配している。
「私は、一体何をしているんだ・・・」
ウツグの信頼を裏切ってまで、彼を逃がしたのはなぜか。ユエムは溜め息を吐くと、少しの間微睡んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――お前がルノートか」
廃教会、ステンドグラスから差し込む月光。静謐な空間、左目に眼帯をした少女がルノートへと声を飛ばす。
少女の側には眼鏡をかけた長身の男性が立っていて、彼は何も言わずルノートの様子をじっと眺めている。
ルノートの隣には、オルタとエリギアが。二人は少女の前に跪き、首を垂れる。
ルノートも二人に倣うように跪いて、下を向いた。
「はい。彼こそ、ボスが仰った『魔王』の魂を継ぎし者です」
オルタが凛とした声で言った。
「ご苦労だった、二人共。彼はお前たちに任せよう。くれぐれも傷物にしてくれるなよ」
「「はっ!」」
オルタとエリギアが同時に返事をする。
「もうよい」
少女がそう言うと、オルタとエリギアは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。
「ルノート」
少女が立ち上がったルノートを見て微笑む。
「お前の活躍に期待している」
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「いやぁ、あんたが来てくれて良かったよ」
銀髪の男、エリギアが目の前でそう言った。現在、ルノートはオルタとエリギアと共に『夜の蜘蛛』と関係のある、とあるレストランを訪れていた。ここへ来た目的としては、同じエリギア班のメンバーとして、歓迎会なるものを開こうといったものらしい。
ルノートはナイフとフォークで分厚いステーキを切り分けてから、口元へゆっくりと運んだ。噛んだ途端、ステーキの濃厚な肉汁が弾けた。
オルタがルノートを一瞥する。ルノートもまた視線を感じて、彼女の方へ目線を映した。
「確か『アルペシア』に所属していて、それを脱退したんだったよな」
「はい」
「なんで脱退したのか聞いてもいいか」
ルノートは音を鳴らさないよう、ナイフとフォークを丁寧に皿の上へ置いた。
「僕は『アルペシア』に全てを捧げました。でも、僕は騙されていました。だから、抜けました」
「なるほどな」
「それだけじゃないわよね」
オルタが追撃するように言い、ルノートをまじまじと見つめる。
「大切な人を守るために、そうする必要がありました」
彼の言葉を聞いたエリギアが顎に手を当て、何か感心しているように頷いだ。
「そうかそうか。それは立派なことだ」
「ありがとうございます」
「あんたを誘ったのがオルタなんだっけか」
「そうわよ」
ルノートの代わりにオルタが返事をした。オルタは返事の後、パンをかじってもぐもぐとその小さな口を動かしている。
「まあなんだ。俺たち『夜の蜘蛛』は決まった一つの目標に全員で向かうようなことはせず、メンバーそれぞれが好き勝手やってるようなとこだ。たまに任務とか下されるから、その時はそれをこなす。まあ、ボスの崇高な望みの手伝いをして、それを邪魔しなければ大丈夫ってことだな。分かっているとは思うが、組織を途中で抜け出したり逃げたりなんざできねぇからな」
エリギアが意地悪な笑みを浮かべて言い放つ。彼は乱暴にフォークをステーキへとぶっ刺して、それをナイフで切り取って口へ運んだ。一口はオルタの倍大きかった。
「その大切な人について詳しく聞かせてもらっていいかしら」
オルタがパンを飲み込んでから口を開いた。
「ドミナのことですか」
「ええ」
ルノートはドミナについて簡単に説明した。彼女は『アルペシア』に所属していて、つい最近まで同棲していたこと。交際していたこと。
話を聞いたオルタの表情がどこか柔らかい。彼女は薄く微笑んでいる。
「良かった。あの子が無事で」
その時になってルノートは実感する。ルノートとドミナが別れた時、ドミナを無視するような冷たい態度を取っていたが、結局のところ、オルタはやはりドミナのことを今でも想っていたのだ。
三人は食事を進める。それからの会話はほとんど『夜の蜘蛛』の他のメンバーに対する愚痴、仕事内容への不満点ばかりだった。
ルノートは苦笑いしながら水を押し込む。ある程度の愚痴を言い終わった後で、エリギアがふとこう切り出した。
「ところで、ルノート。あんたは初めてだろうが、これから俺たちはある任務をしなければならない」
任務。『アルペシア』だけでなく、『夜の蜘蛛』にも同じような仕組みがあるのだ。
「ボス曰く、『ムジク・シンフォニ』という王族を始末すればいいとのことだ」
ムジク。それはこの国で指名手配されている、王族の裏切り者。先代国王であるアリエス、ミデュエール夫妻を襲った事件が有名だ。ムジクはその事件の後に消息が途切れ――十年以上の月日が経過した現在でも見つかっていない。
「そもそも生きているのかすら疑問だが、ボスの見立てでは裏社会のどこかの組織に潜んでいるとのことだ」
エリギアがやれやれと言わんばかりに頭を横に振る。
「この俺が推測するに、『アルペシア』が怪しいと思う」
その瞬間、ルノートの全身に痺れのようなものが走った。ムジク。彼の年で考えるに、思い当たる人物はユエムしかいない。もしや彼がムジクなのか。だが、エリギアの言葉にどれほどの信憑性があるかは分からない。
「そういうことで、オルタ。頼む」
「はぁ・・・結局こうなるのね」
二人が何やら意味深な会話を交わす。
「えっと、どういうことですか」
ルノートが尋ねると、オルタが不意に自身の金色の瞳を指さした。
「ワタシの目には『未来』を見る力が宿っているの。それで、『アルペシア』にムジクがいると考えた上で行動した未来を見る。そうすれば任務が失敗するか否かが分かるわ」
「そうなんですか・・・」
『アルペシア』にそれほどまで強力な魔法、能力の使い手はいなかった。オルタを含め、エリギアまでも束ねる『夜の蜘蛛』のボスは一体、何者なのだろうか。
ルノートは眼帯を付けた少女の姿を思い返す。
すると、突然オルタの金色の瞳が輝いた。光がおさまった直後、オルタはそっと口を開く。
「見えたわ」
「どうだったよ」
「とある王女を保護することを条件に、成功するわ。そしてムジクは『アルペシア』に潜んでいて、その王女を狙っている。つまりは正解よ、おじさん」
「よっしゃあ」
エリギアがわざと大袈裟にガッツポーズをする。それを見たオルタは大きな溜め息を吐き、席を立つ。
「もう食事は終わりにしましょう。確定した未来が見えた今、行動を遅らせる理由がないわ」
「んだよ、俺はまだ食い足りねぇんだが」
「黙りなさい」
オルタの言葉に、エリギアはしかめっ面を返す。ルノートはただ苦笑いを浮かべていた。
まさか本当に『アルペシア』にムジクが存在しているとは。ルノートは頭の中でユエムの姿を思い浮かべる。
彼の光のないくぼんだ目・・・。感情を微塵も感じさせない表情と、その振る舞い。
結局、一行はレストランを出て任務のための行動へ移った。




