エピローグ「追憶」
「ガイザス様、フェルメナ様・・・必ず、私がアデラ様をお守りします」
マキナは誓った。必ずや、アデラを守って見せると。
魔王ガイザスと、魔姫フェルメナに託された子は二人。デサイアと、アデラだ。デサイアはフェルメナの配下であるローズの元へ、アデラはガイザスの配下であるマキナの元へ託された。
魔王城を抜け出して、マキナは馬車に乗る。夜の道を走りながら、灯具が吊るされただけの薄暗い荷台の中、マキナは側で不安げな顔をしているアデラを見た。
「パパは・・・? ママは・・・?」
「これからは私が貴方様の家族です」
「いなくなっちゃったの・・・? ねぇ・・・」
今にも泣き出しそうな顔をして、アデラはマキナの服に縋り付く。
「大丈夫ですから・・・」
マキナは小さなアデラを抱きしめる。
「――私だけは絶対に、貴方様の側を離れません」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今見たのは、マキナの記憶だろう。
「どうやら私の記憶も混ざっているみたいね」
アデラの隣に立つマキナが恥ずかしそうに笑った。
場面が変わる。また世界が光に包まれ――、アデラは目を瞑った。
次に目を開けると、息を呑むような光景が広がっていた。
見覚えのある光景。かつてアデラが暮らしていた部屋の光景が広がった。
「アデラちゃん、やっと目を覚ました」
まるで、かつての自分の記憶に没入して俯瞰しているような感覚。アデラは自分が裸のデサイアとベッドで過ごしている光景を見て、はぁと溜め息を吐く。
「こんなこと、あったな・・・」
アデラは自嘲するように笑った。
記憶の中のマキナが部屋にやってきている。途端、アデラの脳に頭痛が走った。
マキナ。ああ、そうだ。彼女の名前はマキナだ。
アデラの面倒を見て、育ててくれた大切な人・・・。
景色が変わる。
次はアデラがとある茂みの中でワンピースに着替えている最中だった。下着姿になったアデラと、あの青年がばったりと出くわした。
「あれ、アデラちゃ――」
シンイだ。そうだ。彼の名前はシンイだ。どうしてアデラは忘れていたのだろう。
どうして――。
アデラは考えながら悲しくなる。封印を解いてくれた時、記憶が完全に回復していれば、彼との再会をもっと喜べたはずだった。
記憶の中のアデラが、一人の老人とぶつかる。
彼はキョギだ。アデラは彼のことを「キョギ爺さん」と、呼んでいた。
どうしてみんなのことを忘れてしまったのだろう。やはり封印に原因があるのだろうか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
再び景色がアデラの部屋に戻る。誰もいない部屋、不意に扉が開いた。
暗い顔のアデラが入ってきた。泣き腫らした目、薄汚れた白い服。彼女は扉を閉じ、すぐにその場で座り込んでしまった。
「デサイア・・・」
彼女の様子から察するに、デサイアがシュレイザーに殺された後の様子なのだろう。アデラは記憶の中を探り、そう結論付けた。
「貴方、どうしてそんなに悲しんでいるの」
突然、女が姿を現した。この場に似合わぬ豪華な黒いドレスを着た、白い髪の女。彼女はウツグだ。ウツグは座り込んだアデラを見下ろしている。
ウツグの言葉に、アデラは顔を上げた。
「誰・・・」
「そうね・・・私は貴方の『救世主』とでも言っておきましょうか」
救世主と言う言葉にアデラが目をかっと見開いた。
「救世主なら・・・救世主ならデサイアを助けてよ・・・!! デサイアはもう・・・もう・・・!!」
アデラはウツグの体へ縋り付いた。彼女は涙を溢れさせながら、必死に叫ぶ。そんな彼女を見て、ウツグはずっと微笑んでいた。
「貴方はその子を殺した者が憎い?」
「殺してやりたい。今すぐにでも私の手で・・・」
「そう」
するとウツグが指を鳴らした。
「力が欲しいでしょう? 私なら貴方に力を与えることができる・・・なにせ、貴方と私は『同じ』なのだから」
「力さえあれば、私はあいつを殺せる。だから、お願い」
「ふふ。いいわよ」
傍から過去の記憶を見守っていた現在のアデラが溜め息を吐いた。彼女はこの光景を覚えている。この後、ウツグととある取引を行う。それは、アデラの『復讐心』と引き換えに彼女から『力』を与えてもらうと言う内容。つまり、感情の一部をウツグに明け渡すということだ。
景色がまた移り変わる。場所はとある遺跡の中。ここはデサイアがシュレイザーに殺された現場である。そこで、彼ととある待ち合わせをした。
ここでアデラはシュレイザーにある提案をされたのだ。それはシュレイザーの駒として、デサイアの代わりに仲間にならないかといったものだった。彼の目的は当初、デサイアを使ってアデラを殺すことだったが、急遽変更となった。
本来、彼はデサイアを魔王にして利用する目的だったが、アデラにその代わりを望んだのだ。
「あの役立たずよりかは、貴様の方が魔王に相応しい。分かっているな」
彼は手を差し出してくる。その手を、アデラはすぐに振り払った。ぱちんという乾いた音が辺りに木霊す。
「馬鹿者め・・・」
シュレイザーは呆れたようにそう言った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
力を得たアデラはいつしか自身の行動を制御できなくなった。まるで別人のように変わり果てた彼女は、ある日家を出ていかなければならなかった。
それは――。
「戦争への招集・・・!?」
マキナが驚いたように声を荒げた。
「アヴェルは一体何を考えているの・・・アデラ様が、魔王様と魔姫様の跡継ぎだと知っているはず」
マキナはその後、魔王軍代理であるアヴェルの元へ殴り込みに行った。
アヴェルは決断を変えるつもりはないようだった。それに、すでにアデラは戦場へ向かっており、いまさら引き返すことなどできないとのことだ。
だからこそ、マキナも戦場へ向かった。必ずや、無事にアデラを連れ戻すと誓って。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「マキナ、さん・・・」
赤い髪の男が、マキナの腹を貫いたのだ。その場に倒れ込んだマキナを見て、アデラは膝から崩れ落ちた。
「そんな・・・私は・・・どうして・・・私が、戦争に行ったから・・・? マキナさんは私を・・・」
いまさら悔いても仕方のないことだった。アデラは急いで治癒魔法をかける。だが、マキナの傷が塞がる前に男がやって来る。
「君が『魔女』かい」
上級魔法士になったからか、敬称として『魔女』と称されることが多くなったアデラ。それが人間界にも伝わっていたのだろう。
「みんな待ってて」
アデラの心は限界を迎えていた。シンイの姿も、キョギの姿も戦場には見当たらない。つまり二人はマキナと同じように――。
「私も戦うから」
アデラの体が徐々に黒い鱗に覆われていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
アデラは竜になった。魔族も、人間も関係なしに殺し回ったから『乖背の魔女』などと呼ばれてしまった。
シンイは生きていた。彼は医療班で活動していた。だからこそ、戦場で姿を見つけられなかったのだ。
アデラが竜になったと話を聞いた彼は、真っ先に戦場へ向かった。今のアデラを止められるのは彼しかいない。
キョギもまた駆け付けた。彼は医療班で欠損した体を治療してもらっていた途中だったが、足は残っていたため急ぎアデラの元へ向かった。
リンジュが、竜を食い止めている光景が目に入る。シンイとキョギは彼に加勢し、なんとか竜を討伐した。
竜はアデラの姿となる。眠り込んだアデラの手の甲に、シンイが紋様を刻み、魂に魔法をかけた。
これがアデラ封印までの流れだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「じゃあつまり・・・」
過去の記憶の世界を今まで見守っていたアデラが口を開く。マキナがゆっくりとこちらを向いた。
「アデラちゃんが記憶を失ったのは、封印のせい。シンイが使った封印の術は私たち『七大幽鬼』における禁術。『七大幽鬼』に関する一切の記憶を失い、禁域に送られて永久に眠る――そんなものだった」
「でも」とマキナは言葉を続ける。
「シンイがアデラちゃんの手の甲に刻んだ『幽鬼の紋様』は、その封印を解くために刻まれたの。禁域に何者かが侵入してアデラちゃんを傷付けようものなら、それが自動的に発動する」
過去の世界から現実に戻って来る。アデラはようやく全てを思い出し、知った。
「シンイさんとキョギ爺さんはこの後どうなったの?」
「勇者メナスによって殺された」
「そんな・・・」
シンイとキョギは自分の死を悟っていたのだろう。だから、アデラの無事を確保するために彼女を殺すのではなく封印を選んだ。それも、解除する手段も取り付けて。
「アデラちゃん」
チューブに繋がれた痛々しい姿のマキナが名を呼んだ。そして、アデラは再び頭を撫でられる。
「最期に私のお願い、聞いてくれる・・・?」
「待って、最期ってどういうこと」
マキナは答えなかった。代わりに、小さく微笑んでいる。
「私の代わりに、『テンペスト』を導いて」
アデラは何も言い返すことなどできなかった。マキナの目が、どこまでも優しさに満ち溢れていたからだろう。
「『テンペスト』はアデラちゃんを復活させるために作った組織。これからアデラちゃんは、この組織をどうするか好きにしていい」
マキナは言いながら、不意に背中からチューブを引き抜いた。チューブから見知らぬ薬液が零れ、水溜まりを広げていく。
「ボス!!」
慌てた様子のヴェイラが部屋へ入って来た。
「分かった。マキナさん・・・」
アデラはこくりと頷いた。
「聞いた? ヴェイラ。これからはアデラちゃんがボスだよ」
「はい・・」
ヴェイラが悲しそうな顔をしてマキナを見る。
「『テンペスト』、か・・・」
アデラが繰り返すように言葉にする。
マキナの体から力が抜けた。慌てて彼女を支えるも、彼女はもう息をしていなかった。すでに限界だったのだろう。
アデラは力強く彼女の体を引き留める。涙を堪えて、必死に唇を噛み締めて。
反対に、マキナの表情は穏やかだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『テンペスト』のメンバーを招集し、マキナを丁重に葬った。皆、悲痛な面持ちをしていた。
どうやらマキナは千年以上も生きていたようで、薬を投与して無理に延命していたのことだった。
つまりアデラが復活したこの時代は、千年後の世界なのだ。
マキナがいた部屋を片付けたアデラ。彼女は一人、部屋に配置したベッドへと寝転ぶ。
彼女のいた時代のものとは違って、どこまでも深く沈み込んでいきそうなほど柔らかいベッドだった。
目を瞑ろうとしたところで、不意に気配がした。
アデラは急いで体を起こす。
すると部屋に白い髪の女性が立っていた。彼女の見た目は、まるで背の高いアデラのようであった。
「誰・・・?」
「私は『夢と時の魔女イデラ』。こうやって顔を合わせるのは初めてですね、お母さん」
「お母さん・・・?」
イデラは不意に微笑む。
「正確には、私はお母さんの『魔力』から生まれた存在。私と同じように、お母さんの『魔力』から生まれた子はいっぱいいます」
それを証明するように、イデラは右腕に竜の黒い鱗を纏わせた。
「だから」とイデラは言葉を続ける。
「私と共に『テンペスト』でお母さんから生まれた者を回収しましょう。それがお母さんの・・・いいえ、『乖背の魔女』アデラの償いです」
アデラは竜となって魔族も人間も殺し回った。その償いをする時がやってきたのだ。
アデラは溜め息を吐く。
「もちろん・・・ええ、もちろんだわ。私は『乖背の魔女』アデラよ。それくらい、きちんと責任を持ってやるわ」
昔と同じ口調に戻し、アデラはベッドを降りる。
そしてイデラの前に立ち、不敵な笑みを浮かべる。
「私は大人なんだから!」




