8「過去との再会」
ヴェイラが『テンペスト』のボスに会わせてくれるとのこと。ドミナがヴェイラへアデラのことを伝え、ヴェイラがボスへ話を通したそうだ。アデラは緊張した動作でヴェイラと共に、とある地下施設へ訪れていた。
この地下施設はかつて刑務所として利用されていた場所であり、今も尚その面影が残っている。牢屋は撤去されているが、シミのある壁、じめじめとした空気、薄暗い照明――。言うならば、強い閉塞感を感じる。
「ボスの部屋は奥じゃ」
ヴェイラの声が施設内に反響する。すると、見るからに出入りの厳重そうな扉が見えた。
「ここがボスの部屋?」
「いや、違うぞ」
ヴェイラが答えながら扉の側にある機械を操作し、鍵を開いた。扉を開けると、さらなる通路が見えた。通路は真っすぐと続いていて、幾つもの分かれ道がある。分かれ道はどうやら『テンペスト』構成員それぞれの部屋へと続いているとのこと。
通路を通った先の奥、錆びた扉があった。ここが本当にボスの部屋なのだろうか。ヴェイラはこんこんとノックをして返答を待つ。
「入れ」
返事が聞こえた。思わずアデラの心臓が跳ねる。記憶にはないが、聞き覚えのある声だ。マキナの声で間違いないだろう。
この先に、彼女が――。
「失礼するのじゃ」
ヴェイラがそう言って扉を開く。
その先には――。
「――待っていたよ、アデラ」
痩せこけた女性の姿が、そこにはあった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
草原が広がる世界。ぽつんと建てられた一軒の小さな家と、周りに広がる花畑。
そこへとある女性がやって来る。黒いドレスを着た彼女は白い髪を靡かせて、ワープホールから登場した。
「アデラ、今いいかしら」
彼女の名はウツグ。ウツグはその小さな家へ行き、呼びかける。
「アデラ・・・?」
返答がない。異変を感じたウツグが家へ入る。
「お邪魔するわよ」
しかし、誰の姿も見当たらなかった。
ウツグは外に出て花畑の方へ向かう。花畑の方にもアデラの姿はなかった。
「もしや・・・」
ウツグは一つの可能性を見出した。それは、アデラの封印が解かれたということだ。
かつてアデラは『七大幽鬼』と呼ばれる者たちと勇者リンジュの手によってその身を封印された。リンジュを除いて、彼らは魔王に仕えた者たちであり、アデラとは顔見知りであった。封印を解くことができるのは彼ら以外に考えられない。
ウツグは舌打ちをした。アデラの復活が、これからの計画に未知なる存在を呼び込むかもしれないからだ。そうなれば計画に支障が生じる。
「でもこれくらい、どうってことないはずだわ・・・」
しかし、ウツグはもう計画の完遂まで迫っている。ダイアを利用してルノートを誘き出し、ドミナの元へと連れ戻す。これさえできれば、魔王復活と勇者復活は同時に達成される。
ルノートが『アルペシア』を抜けてドミナの元を離れたのは予想外だった。ウツグは彼を逃したユエムに激怒したが、ダイアの身柄を手に入れたことに免じて軽く罰を与えるだけで済ました。
だがウツグは知らない。ルノートが彼女の計画の全てを知っていることを。
エロメロから何か進展のある情報は、ウツグの元に届いていない。相変わらず自分勝手なやつだと、ウツグは思う。
すると突如としてワープホールが開いた。
「あら・・・」
ウツグの意識はそちらへ向く。ワープホールの裂け目から、一人の男が姿を現す。
彼の目とウツグの目が合う。その瞬間、ウツグは驚いて目を見開いた。
「グジレ・・・っ!?」
ウツグは表情を一変させる。酷く怯えた目をして彼女は後ずさる。グジレは歪んだ笑みを浮かべながら、そんな彼女の様子を眺めていた。
「『復讐の女神』ウツグか。エネアの時は世話になったな」
ウツグはかつて『勇者エネア』と共に行動していた。その時、エネアが『殫嗟璱魔』と関わりがあり――つまり、グジレとも縁があった。ウツグにとっては良い縁ではないが。
「ウツグ。貴様ももしや魔女に用があって来たのではないか」
「え、ええ。そうよ」
「奇遇だな。ははは」
グジレは笑い声を上げる。それに対し、ウツグは頬を強張らせて、彼と距離を置く。彼の体から放たれる瘴気がすぐ目の前にまで迫ってきているからだ。
「さて――」
グジレの笑みが消える。彼はぎろりと目を動かしてウツグを捉えると、ゆっくりと歩み寄って来た。その度にウツグは後退りをしていく。
「あの魔女についての話だが。あやつはどうやら封印から目覚めたようだ。我が確認した限り、『幽鬼』のやつらがあやつの手の甲に何らかの魔法を仕込んでいたようだ」
「魔法を・・・」
「『幽鬼の紋様』と呼ばれるものだ」
グジレは足を止める。
「ここに魔女はいないようだな。我は去る」
「そうなの。ええ、さよなら」
生返事を送ったウツグ。彼女の返事の後、グジレは再びワープホールを開いて去った。
彼の姿が消えたのを見計らってウツグは溜め息を吐いた。体の力を抜いて、状況を整理する。
「どうやら彼・・・アデラを殺すつもりね・・・」
ウツグは瘴気で死んだ鶏舎の鶏たちを見つめる。瘴気に体を毒され、黒い斑点の浮かび上がる鶏。鶏たちは口を開いてだらしなく横に斃れ、羽を散らしている。悶え苦しんで死んだのだろう。
「哀れね」
ウツグがそう言いながら目を瞑る。彼女がもう一度目を開いた時には、鶏たちの姿は消えていた。
それからウツグは自身もまたワープホールを開いてこの空間を去った。
誰もいないこの草原の中、咲き誇っていた花たちは枯れていく運命を辿るだろう。なにせ、管理者を失ったのだから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ぼさぼさの長い金髪、凛として澄んだ青い瞳。こけた頬。
この部屋には何かの機械のモニターが積み上げられていて、照明はあるが極端に薄暗い。地上の生命が活動するにはあまりにも暗すぎる。
マキナは背中にチューブのような機械を繋いでいた。チューブはモニターと繋がっている。
「貴方が、マキナ・・・」
アデラの心が、突如として彼女の元へ駆け寄って抱き着きたい衝動に駆られた。だが、それはできない。なぜなら目の前の彼女はあまりにも痛々しく――。
マキナは丸い椅子に座っていたが、不意に立ち上がり、アデラの元へ歩み寄る。チューブが引きずられる音が響く。
「手を見せて」
マキナに言われてアデラは手を広げた。マキナは弱々しい動きで優しくアデラの手を摩り、そして手の甲を確認する。
「シンイは上手く行ったみたい。良かった」
そう言ってマキナが力なく笑った。
「アデラちゃん、体の方は大丈夫?」
「私は大丈夫。でも、貴方は・・・」
アデラは言いながらマキナの体を見つめる。マキナが再び力ない笑みを浮かべた。
「気にしないで」
マキナは誤魔化すように言い切って、不意にアデラの頭を撫でた。
途端に、アデラの心の中で激情が芽生えた。あの青年の時と同じように、涙が溢れ出しそうになる。
「お願い・・・」
アデラの声を聞いたマキナの手が止まる。
「私が貴方たちの記憶を失っていた理由を教えてほしい」
アデラは今にも泣き出しそうな表情だった。だが、真剣な目をしていて、真っすぐとマキナを見据えていた。
マキナは驚いたように目を見開いた後、すっと口を閉じて俯いた。
考え込んでいるのか、しばらく間を置いて彼女は顔を上げる。
「分かった」
マキナが魔法を唱えた。彼女が唱えた魔法が白い光を放ち、辺りを覆う。
思わずアデラは目を瞑った。




