6「家族」
「じゃあ、そろそろ行くね」
頭を撫で終わったアデラが立ち上がる。
「ちょっと待ってくれ。連絡はどう取ればいい」
「私がまたここに来るから。その時にお互いの報告をし合うことにしよう」
「そうか・・・分かった。そうしよう」
ドミナはもう呼び止めなかった。アデラはそのまま家を出ていく。ドアの閉まる音がドミナだけの家の中へ響き渡る。その瞬間、ドミナは膝から崩れ落ちた。
彼女の表情は暗鬱としていた。
「ルノート・・・ずっと、一緒だって言ったのに・・・嘘つき・・・」
彼女の声から徐々に力が抜けていく。体が震え始めると共に涙が溢れ出してきて、彼女の頬を濡らしていく。
「嘘つき・・・」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「アデラ様、上級魔法士の合格おめでとうございます」
栄えある『魔王代理』から祝福され、アデラはなんだか恥ずかしいような嬉しいような複雑な喜びを胸に湛えた。
今回の上級魔法士の試験を受験し、合格したのは彼女の他に二人。青い髪をした垂れ目の少女と、自慢げな表情で佇む黒髪の女性。
魔王代理であるアヴェルという男が、三人を交互に見回してから再び祝福の言葉を上げる。
その後一行は解散となり、試験会場を後にした。試験会場近く、小さな噴水のある広場があり、そこでアデラはデサイアと待ち合わせをしていた。彼女とこれから商店街へ行く予定である。所謂『合格祝い』の予定だ。
広場に到着したと同時にデサイアの姿を見かけた。彼女の美しい赤髪は一際目立つ。ここは待合所として多くの人々が利用する場所であるが、その利用者が皆ちらちらとデサイアに目をやっている。中には彼女へ見惚れている者もいるほど。
アデラは彼女の元へ向かう。するとこちらに気付いたのか、デサイアがその目を動かして口元を綻ばせた。
「お待たせ」
「試験、どうだった?」
「合格したわ」
「おお! 良かったね」
デサイアがそう言って明るく笑う。つられてアデラも笑っていた。
二人は商店街の方へと歩いて行く。時刻は夕刻。この時間帯は多くの出店が商店街に立ち並ぶ。肉屋、魚屋、パン屋、八百屋、酒屋・・・。路地の方では酒場に人が集まり始め、路地裏では出店の商人たちが捨てる食べ物を求め、野良の動物たちが姿を見せ始める。
行き交う人々も増え始めて、盛況を見せる。酒を手に大声を上げる者や、武器を買いに武器商へ行く者や、出会いを求めに肋骨に派手な格好をする者もいる。
「人が多いなぁ・・・アデラ、迷子にならないでよね」
「ならないわよ」
「そう言って、なっちゃうかもよ」
「うるさい」
アデラはツンとした態度でデサイアをあしらい、ふと、とある出店へ目を向けた。魔族の伝統料理である、パンに肉を挟んだ『魔獣包み焼き』という料理を売る店だ。
「私、あれが食べたい」
「じゃあボクも同じの食べる」
列ができていたので、二人して最後尾に並ぶ。しばらくして順番が回ってきて、出店の主人へ注文を伝えて料理を受け取った。
できたてで、湯気が立っている。アデラは一口パンへとかぶりついた。肉汁とスパイスの香りが口の中へ広がる。
「美味しい・・・!」
思わず頬が蕩け落ちそうなほど。アデラは満面の笑みで頬を押さえていた。
「あはは。それじゃあボクもいただきます・・・うん、美味しいね」
デサイアもまた満面の笑みでそう言った。
魔法士の試験が行われた日だからか、人混みがいつもより多い。その中を掻き分けるようにして進みながら、デサイアとアデラは出店を見て回った。
やがて夜になった。商店街を抜けた先の坂道を登り、路地へ回る。路地の階段に腰を下ろして、先ほど購入したリンゴ酒を手にアデラは景色を眺める。ここから商店街を見下ろせるのだ。
ぽつぽつと灯る出店の放つ光と、行き交う多くの人々。
隣に座ったデサイアが不意に頬へ触れてきた。人差し指を頬へ当てて、アデラが振り向くと共に指先がぷにっと食い込む。
「なに」
アデラはそのままデサイアを睨み付ける。
「あはは、なんか面白い」
「なにも面白くないわよ・・・! 全く・・・」
デサイアが指を離して爆笑する。ふと、アデラはなぜか懐かしい感覚を覚えた。デサイアと過ごしていると、こういう感情が無意識に湧いてくる。理由は分からない。
もしかしたらどこかで彼女と似たような誰かと、こうやって時間を過ごしていたのかもしれない。
アデラは考え込んで、じっと目の前に広がる商店街の景色を眺める。
「もしさ・・・私に姉妹がいたのなら、きっとデサイアみたいな人なんだろうなって思う」
「突然どうしたのさ」
「なんかそう思っただけよ」
「ふぅん」
アデラは自分の本当の家族を知らない。両親のことも、姉妹や兄妹がいたのかどうかも知らない。彼女がまだ幼い頃に本当の家族と別れ、今のようにマキナの元へ引き取られたのだ。
「家族って・・・どんな感じなんだろう」
アデラは商店街を行き交う者たちを見下ろしながら呟く。彼らには当たり前に家族が存在して、仲睦まじく暮らしているのだ。その感覚は、アデラがマキナやシンイ、キョギに対して抱く感覚と同じなのだろうか。
アデラはすっと目を細める。試験終わりの疲れが押し寄せてきたのか、眠気がする。
「家族って、最高だよ」
すると突然デサイアがそう言葉にした。彼女は立ち上がって両手を広げてみせる。
「同じ家で過ごして、同じ家で食事を共にして、同じ家で寝る。それだけで素敵なことなんだ。たとえこの世界でばらばらになったとしても、家族としての繋がりは消えない」
デサイアがアデラを見つめながら薄く微笑む。
「そうなのね・・・うん、なんとなく理解したわ」
「いつか君にも理解できるよ。恋人ができて、その人との間に子供が生まれて――」
長くなりそうなのでアデラは意識を景色の方へ集中させた。デサイアの語りと、この景観が合わさって、なんだかホームシックな感情になる。
アデラは溜め息を吐いて立ち上がった。まだ家族について語っていたデサイアが口を止め、不意に微笑む。
「今日はありがとう、デサイア。私はもう帰るわ」
「こちらこそありがとうだよ、アデラ。それじゃボクも」
お互いに手を振って路地を後にする。
「アデラ・・・」
彼女と反対方向の路地を進むデサイアが小さく呟く。すると、突然彼女は路地裏の方へ入った。その先に一人の男がいた。銀色の長い髪を垂らす男はデサイアを見るなり、ふんと鼻を鳴らした。
「デサイア、分かっているな」
「はい――」
男は低い声で脅すように言い、それに対して毅然とした態度でデサイアは返事をする。
「アデラの殺害・・・それが、ボクの使命ですので」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
家に帰ったアデラはマキナへ、試験の合格を伝えた。マキナは涙目になりながら、アデラ以上に喜んでくれた。今度、シンイやキョギも呼んで合格祝いのパーティーを開くらしい。シンイが来ると耳にしたアデラはすぐさま部屋へ籠り、彼が見惚れてくれるような可愛い衣装を作り始めた。
「これも違う・・・こうでもない・・・」
ファッション誌を読みながらアデラは試行錯誤する。尚、服に関しては全て絵で描かれている。記述通りに魔法で服を作って、色合いを調整する。納得のいく出来のものはそう簡単にできず、アデラは悩み込んでいた。
「うぅ・・・」
頭が痛い。疲労のせいだろう。
アデラは一まず服作りは置いて、ベッドに横たわった。途端に猛烈な眠気が襲ってくる。
明日になってから作業を再開しよう。
アデラはすぐに眠ってしまった。




