5「協力者」
早朝のひんやりとした肌寒さ。アデラは裸足で街中を見回りながら、マキナの姿を探していた。
やはり彼女の恰好のせいか、通り過ぎる者は皆彼女に一瞥をくれる。アデラからすれば彼らの方が不思議な恰好をしているものだ。彼女は堂々と道を歩きながら不意に路地の方へ目線を飛ばす。ピンクの光を放つ城の外観をした建物があった。
「お城・・・?」
アデラは木に成ってその建物の方へ向かう。『ホテル』というものらしい。どんな建物かは分からないが、アデラが元いた時代にはこのような外観の建物が多かった。
アデラはこう推測する。きっと自分と同じ年代に生きていた者が経営者である可能性が高い、と。もしやマキナが経営しているのではないだろうか。
自動ドアを潜って中へ。受付の男性がぎょっとした目でアデラを見た。
「あなたがここの主人?」
「主人・・・? それより、お客様、年齢はおいくつですか?」
「えっと・・・十六歳」
「はぁ」
男性は呆れたように溜め息を吐いた。彼は受け付けのカウンターを出ると、アデラを出口の方へ誘導した。
「お客様の年齢ではここに宿泊できません。すみませんが、お帰りください・・・っと」
見事に追い出されてしまった。外に出たアデラは顎に手を置いて先ほどの状況を考える。この時代では十六歳が成人として扱われないのだろうか。
また後でこの建物について調べようと、アデラは思った。
取り敢えず、路地の方を進んでみることにした。
雑居ビルが立ち並ぶ路地を進んでいると、ふと何やら声が聞こえた。
「そんな・・・」
それは通りの方からだった。
アデラは気になって声のした方へ向かった。すると、赤い髪をした女性が膝から崩れ落ちていた。
金色の瞳を持つ目を涙で潤している。
彼女の姿がデサイアと重なった。途端に体が動く。
「大丈夫」
アデラが女性の方へ駆け寄り、優しく抱きしめる。
通行人は今の時間少ない。
「何も、大丈夫じゃない・・・」
彼女は弱々しく言い返した。それを聞いたアデラが優しく頭を撫でる。
「デサイアに似てる。あの子にも時々こうやってたな」
「――!?」
アデラの発言を耳にした女性が顔を上げた。彼女は酷く驚いたように目を見開いている。
「今デサイアと言ったか・・・?」
「うん」
「魔王の娘の、デサイアのことか?」
「そうだよ」
「そうか・・・」
すると女性は気を取り戻したのか、涙を拭って立ち上がった。アデラもまた立ち上がる。
「白い髪・・・もしかして、お前がアデラか」
「私のこと知ってるの?」
「ああ。あいつから聞いたからな」
「あいつ・・・?」
アデラはドミナを見上げたまま首を傾げる。
「詳しくは後で話す。少し、私に付き合ってくれないか」
「いいよ」
二人は共に行動することになった。女性の名はドミナ。ルノートと呼ばれる者のために、アデラの協力を得たいようだ。
通りを二人して進んで、とあるアパートに行く。彼女の家だろうか。見たことのない建築様式に見惚れていたアデラを急かすようにドミナがちらちらと目線を送ってくる。
「ここは?」
「私の家だ。元々、ルノートと住んでいたところだ」
部屋は綺麗だった。物が多いが、きちんと整頓されている。
ドミナが床に座ったのでアデラも座る。ドミナよりも頭二つ分小さな彼女の体は、座卓の上にすぐ顎が届きそうなほどだった。
「少し待っててくれ・・・そうだ、何か飲むか?」
彼女の言葉を聞いた途端、アデラの脳内にデサイアと飲んだお酒のことが過った。
「お酒はある?」
「すまん、酒はない。あるのはコーヒーかココアか、紅茶か・・・」
「それなら紅茶がいい」
「分かった」
ポットに水を注いでから彼女は二つのコップを用意する。コップの中へティーパックを入れた後、もう一つのコップへ彼女の分であろうココアの粉末も入れて、しばらく待機。
アデラはその間、彼女に取って物珍しいものが飾られた部屋の中をきょろきょろと見回していた。
ベッドは昔と違い、今では誰もが柔らかな布の上で寝れるのだろう。クッションにかけ布団、枕、柔らかそうなマットレス。
見たことのない照明器具。目の前の座卓――テーブル――もカーペットも見たことのない素材でできている。
アデラは心なしか気持ちが躍っていた。これが未来なのだ。彼女が生きていた時代から遥か先の。
するとお湯が沸いたのかドミナがコップへお湯を注いで、スプーンで混ぜる。その後紅茶のティーパックが入ったコップにもお湯を注いで、二つをテーブルの上に置いた。
「今は機械を使ってお茶を作るの?」
「ああ」
「面白い・・・」
アデラが目の前に置かれたコップをつんつんと指先で優しくつつく。
「本題に入ろう」
ドミナがココアを一口飲んでから、話を切り出した。
ドミナはそれからアデラへ色々と説明をした。ルノートのこと。彼が幻覚を見て、それに苦しんでいたこと。彼がどこかへ立ち去ってしまったこと。そして自分の幻聴について。
「私とデサイア、ローズ、お母さんとお父さんの幻覚・・・」
アデラはふと思い当たる節があった。彼女は『魂操術』を会得していることから、魂について詳しい。察するに、ルノートの魂には『魔王』の魂が眠っていて、その意識が目覚めようとしているのだろう。
「彼の魂が『魔王』の意識に支配されかけているの。それは貴方の幻聴も同じ。貴方は赤髪――つまり、貴方の魂の中で『ティーク』の意識が目覚めようとしているの」
ドミナは衝撃のあまりか言葉を失っていた。なんとか言葉を見つけ出したのか、ゆっくりと口を開く。
「ティーク、というのは」
「かつてこの世界に存在した、『神殺し』と呼ばれた者の名前」
『神殺し』と呼ばれたティーク。彼は半人半神のミュゼリアという女と共に神を殺し回った。当時の神々は人間に対して暴虐の限りを尽くし、我が物顔で世界を支配していた。その支配を解くために彼らが動いたというわけだ。現在、この歴史は隠匿されているため、知る者は限られている。
「そうか・・・ルノートも、私も、境遇だけでなく存在までもが普通に生きることを許してくれなかったのか」
ドミナが下を向く。
「それならあいつは今、危ない目に・・・」
ドミナは考える。彼は今一人だ。一人で、幻覚に苦しんでいるに違いない。きっとルノートは、彼女に迷惑をかけないように、もしもの時何かあったら巻き込まないようにと離れて行ったのだろう。
ドミナは悲しげに俯いた。
「どこに立ち去ったか覚えてる?」
「私の旧友と共にどこかへ消えた。お前と出会ったあの通りでだ」
「その旧友は何か言ってた?」
「分からない・・・」
あの時のドミナは気が動転していて、状況を上手く記憶できていない。
アデラは紅茶の入るコップへ口を付ける。起きて初めて飲んだ飲み物がこれだ。その美味しさに目を輝かせる。
「美味しい・・・」
アデラは一気に紅茶を飲み干してしまった。
「ところでドミナ。貴方は『マキナ』という人物について知ってる?」
「『マキナ』・・・? 聞いたことがないな」
「例えば私のように、遥か昔から生きている人を知らない?」
「すまない」
申し訳なさそうにドミナが頭を横に振る。
「ありがと。それじゃあ話も終わったし、私はそろそろお邪魔するね」
「ま、待ってくれ・・・!」
立ち上がったアデラをドミナが制止する。
「お願いだ。ルノートを取り戻すために、協力してくれないか。私はその代わり、『マキナ』と言う人物について調べて回る」
アデラは座ってしばらく考え込む。
『魔王』の意識が眠る魂を持つ少年。すなわち、ウツグが目を付けた『魔王』の魂を継いだ者とは、まさにルノートのことだろう。
つまり、ルノートをドミナの側へ戻すということはウツグの手助けにもなる。彼が行方を晦ましたからこそ、ダイアを連れて行ったのだろう。
それに、今のこの時代の世界を知らないアデラにとって協力者というのは大きな存在となる。マキナについて調べてくれるとのことなので、尚更。
断る理由はなかった。
「うん。いいよ」
アデラはドミナの目を見て頷いた。
「感謝する」
するとアデラは立ち上がり、ふと、ドミナの側へ座った。
「頭撫でていい?」
「え、ああ。いいが・・・・」
「よしよし」
アデラは優しくドミナの頭を撫でた。
しばらくそれは続く。




