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ritard. ――リタルダンド――   作者: 花厳 幽花
第3章「魔女」

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3「稽古」

部屋に迫る足音で目が覚めた。アデラが眠たげに目を擦りながら体を起こすと同時に部屋の扉が開いた。

マキナだった。


「アデラちゃん、昼から稽古だよ。それと、キョギもシンイも来てくれるみたいだからね」

「ほんと!!!」


全身に蔓延る疲労感が全て吹き飛んだ。アデラはベッドから飛び降りると、マキナの方へ走り寄る。


「そっかそっか、えへへ・・・シンイさんもキョギ爺さんも来てくれるんだ・・・!!」


シンイさんとキョギ爺さんという人物は、アデラにとってマキナと同じく家族のような存在である。二人は時々、マキナとアデラの元を訪れることがあり、今日がその日というわけだ。


「全く、アデラちゃんってばニヤニヤしすぎだよ。そんなに嬉しいの?」

「当たり前だよ!! キョギ爺さんも来てくれるのは嬉しいけど・・・なにより、シンイさんが来てくれるから」


頬を赤らませ、アデラは恋する乙女の可憐な笑みを浮かべる。それをじっと、冷めた目で見つめるマキナ。


「煩悩を消し去りましょう。早速稽古です」

「え、ちょっ――」

「早く行きますよ」


アデラは強引に手を引かれて稽古場へと向かった。二人が向かった稽古場と言う場所は近所にある林のことで、ここはマキナの私有地である。林の土地代が原因で、家が狭く古臭いのは目を瞑っておくべき事案である。


静かな林の中。鳥のさえずりと虫の鳴き声。草が戦ぐ音。土を踏みしめる感触。


アデラは大きく伸びをすると、魔方陣を右手に開いて、小枝ほどの大きさをした杖を取り出した。


「まずは準備運動からだね。アデラちゃん、始めるよ」


マキナが宙に手を翳し、魔方陣を開く。そこに魔力が流れ、掌に収まるほどのサイズで光の球が生まれた。

光の球がアデラに向かって放たれる。アデラは急いで魔法を使用、バリアを想像した。


障壁と衝突した光の球がさらに輝いて爆発。強力な衝撃波が発生した。アデラは両足に力を入れて衝撃波に耐えると、開けた視界に佇むマキナを捉えた。


「ファイア!!」


光の球が飛んでいく。マキナはそれを見据え、すぐさま障壁を展開した。障壁と衝突した球体。しかし、障壁をすり抜けて球体は進んでいく。


「へぇ・・・」


炎の球に『貫通』と呼ばれる、障壁などの障害物をすり抜けることができる属性を魔法で付与したのだ。

マキナは感心して笑みを零す。球体が彼女の体に近付く。命中する寸前の距離で、球体は消滅した。


「これで一本取れたわね」


アデラはマキナに勝ったのだ。アデラはふふんと鼻を鳴らして胸を張る。


「確かに一本取られちゃったね。でもアデラちゃん、油断は禁物よ」

「えっ――」


アデラが言いかけた途端に、彼女の頭上から水がどばっと落ちてきた。アデラはびしょびしょになり、頬を膨らませながらマキナを睨む。


「そう睨まないでよ、アデラちゃん」

「服まで濡れちゃったじゃん! 私、着替えとか持ってきてないんだけど」

「魔法で作れば?」

「それでいいけど・・・でも・・・!」


納得しない気持ちを抑え、アデラは魔法を唱えた。全身の水気を飛ばした後に服を想像する。体から水気は飛ばせても服を完全に乾かすことはできない。作ったのは桃色のワンピースだ。アデラはそれを抱えて茂みの方へと向かう。


「シンイさんが来るんだし、いくら稽古だからといって少しはお洒落しないと・・・! それに、もし汚れたとしてもまた作り直せばいいし」


アデラは服を脱ぎ、その白い素肌を晒す。大人ぶって購入した黒の下着が視界に入り、アデラは唸る。


「んー、やっぱり似合ってないかも。でも、まあいいや」


魔法で宙に浮かせたワンピースを手に取る。身に着けようと体へ近付けた途端、茂みががさがさと音を立て始めた。


「え、ちょ、いや待って・・・誰か来る・・・!?」


アデラは知らなかった。この茂みの道は稽古場までの近道として利用されることが多いということを――。


「あれ、アデラちゃ――」


彼が、シンイがやって来た。アデラは着替えの最中であり、あられもない姿を彼に見られてしまった。


アデラは顔を真っ赤にし、慌てて体をワンピースで隠した。それに対してシンイも動揺した様子で目を逸らした。


「し、シンイさん・・・」

「ご、ごめん! 何も見てなかったから!! それじゃ、僕はこれで・・・」


耳の先まで赤くなってしまったアデラと、慌てて現場を離れるシンイ。アデラはそそくさとワンピースを身に着け、魔法で前着ていた服を消し、茂みを抜けてマキナの元へと向かう。


「えっち・・・でも、シンイさんなら私――」


呟いたところで誰かとぶつかる。「ひゃぁ」と情けない声を上げて、アデラは肩を跳ねさせた。


「ほっほ、すまんのアデラ。儂はちと目が悪くての」

「キョギ爺さん!!」


ぶつかったのはキョギだった。禿頭(とくとう)、長い白色の顎髭(あごひげ)が彼の特徴である。彼とは数か月ぶりの再開であり、アデラは嬉々とした笑みを浮かべる。


「アデラ、来週に上級魔法士の試験を受けるそうじゃな」

「そうだよ! 私も早く一人前の魔法士になりたいから」

「ほっほっ、それはとても喜ばしいことじゃ。すでに稽古を始めておったのか?」


キョギがマキナとシンイのいる方を見やる。二人が遠くで楽しげに会話をしている光景が目に映り、アデラは頬を膨らませる。


「マキナさんばっかりずるい」


アデラは急いで二人の間へ割り込んだ。シンイと目が合う。彼は気まずそうな笑みを浮かべていた。


「おはよう、アデラちゃん。マキナから聞いたけど、魔法の扱いも上達してきたみたいだし、来週には試験も受けるそうだね」

「そうだよ~、来週の試験のために色々頑張ってるの!」

「凄いよ、アデラちゃん」

「えへへ~、嬉しい・・・」


シンイから気まずさが抜け、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべてアデラの頭を撫でた。

宛ら飼い主に甘える愛玩動物のように、アデラは今にも喉を鳴らしそうなほど蕩けた表情をしている。


「はぁ、シンイが来たらいつもこうなんだから・・・」


呆れたように二人のじゃれ合いを見守るマキナ。そこへキョギがやって来て、「まぁまぁ」と宥める。


「そう言えば二人はどうして来たの? マキナさんが呼んだの?」

「ご名答。アデラちゃんが腑抜けないように、私が二人に連絡をした」

「私が腑抜け・・・?」

「お酒、夜遊び、女」

「ごめんなさい・・・」


マキナが目を鋭く細める。彼女のぼさぼさで長い前髪から覗く強い瞳に気圧され、アデラはシンイの元へ助けを求めて、寄り付いた。


「シンイさん、マキナさんが怖いよ~」

「大丈夫大丈夫。マキナだって、きちんと反省したら許してくれるよ」

「うぅ」


そんな会話を繰り広げていると、マキナが溜め息を吐く音が聞こえた。


「冗談。本当はアデラちゃんの応援に来てくれたの。来週には上級魔法士の試験が迫っているしね」

「そ、そういうことだったのね」


それからしばらく経った頃、アデラはシンイとキョギに見守られながら、マキナと共に稽古を再開した。


「早速実践演習だよ。まずは、アデラちゃんが苦手な接近戦をしようか」


魔法士が最も苦手とする接近戦。魔法ばかり極めても、杖を奪われたり、近寄られたりすれば危険だ。最悪杖がなくても魔法は唱えられるが、その分杖を持っている時と比べて魔法が発動するまでに時間がかかる。その隙を狙われては困る。


マキナが魔法でナイフを創造した。彼女はそれを手に、アデラへと斬りかかる。アデラはナイフの握られた彼女の腕を叩き、ナイフを落とす。隙ができたマキナの懐へと潜り込む。


素早く拳を溝地に叩き込もうとするも、マキナは一筋縄にはいかなかった。彼女の膝蹴りが、アデラの腹部に深く食い込んだ。


「がはっ・・・!」


腹を押さえながらアデラは後退する。彼女を追いこむようにマキナは素手で追撃を狙う。


「タフネス・・・」


痛みに堪える魔法を唱えようと、アデラは体を動かすも、魔方陣が完全に展開されて形となる前に、マキナによって杖を奪い取られてしまった。


「遅いね。それじゃ、すぐやられちゃうよ」


アデラにはスピードが足りない。近接した戦況では非常に致命的な欠点となる。

マキナの拳が顔に打ち込まれる寸前で止まる。腰の抜けたアデラがその場へへたり込んだ。


地面に落ちていたナイフを消して、マキナがアデラへ手を差し伸べる。アデラは彼女の手を取ってゆっくりと立ち上がった。


「アデラちゃんが改善するべきはやはり近接戦闘だね。得意な遠距離戦は後回しにしよう」


マキナは言いながらシンイたちの方へと遠ざかる。


「うぅ・・・私のワンピース・・・」


お洒落な格好で稽古などするべきではなかった。動きにくい上に、汚れると悲しい。


少しして立ち上がり、マキナの後を追う。シンイがアデラへ視線を送り、用意してくれていた水筒を差し出した。


「アデラちゃん、よく頑張ってるね」

「うん・・・ちゃんと来週の試験に受からないとだから」


体が汗ばんでいる。アデラは深呼吸して水筒を受け取る。筒の中から、冷たい水が流れてアデラの口内へと流れていく。アデラはそれを喉へ押し流して、シンイへ水筒を返した。


「稽古を再開しよう、アデラちゃん。今度は全力で行くからね」

「わ、分かったわ」


マキナとアデラが再び対峙する。その光景を見守るシンイとキョギが会話をする。


「シンイ、マキナはあの時のことを――」

「ええ、そうみたいですね。アデラに、あの方と同じ運命を辿らせないよう本気で取り組んでいるようです」


シンイが目線をマキナへ向ける。


「ほっほっ、それならマキナが率先して魔法や体術を教え込むのも理解できるわい」


日が暮れるまで稽古は続いた。稽古が終わってから、アデラは疲弊しきった表情で水筒の水をごくごくと味わっていた。


「疲れたぁ・・・」

「お疲れ様。今日はどこか食べにでも行こうか」


シンイが言い出した途端、アデラはぱあっと顔を明るくした。彼女にとって、シンイと共にいれる時間が増えるのは喜ばしいことだったのだ。


シンイの台詞を聞いたマキナは何も言わず、キョギは顎に生えた長い白髭を摩りながら微笑する。


「ちょっと着替えて来るから待ってて!」


汚れたワンピースを新しいものと交換するべく、アデラは急いで茂みの方へと言った。


「ほっほっ、外食を共にするのは久しぶりじゃな。マキナ、たまには肩の力を抜いて休息をとるのも良かろう」


キョギの言葉にマキナが顔をしかめる。


「肩の力なんて・・・」


マキナがそう言いかけたのと同時に、桃色の綺麗なワンピースに着替えたアデラが戻って来た。彼女はすぐさまシンイの方へ駆け寄る。そしてすぐにはしゃぎ始めた。


マキナはアデラの笑顔をじっと見つめる。


「命令とは言えど、あの子の日常まで制限する必要もないですしね。あなたの言う通りですよ、キョギ」

「ほっほっ、それよりもマキナ。いい加減、髪は切らんのか?」


だらしなく下がる長い金髪。マキナは彼の言葉に目を瞑り、静かに返事をする。


「――余計なお世話です」


少し間を置いて、キョギが「ほっほっ」と微笑む。


「すまんの。年を取れば、無性に喋りすぎてしまうようじゃな」


キョギが顎髭を摩りながら言う。マキナははぁと溜め息を吐く。


マキナは視界の中心にアデラの姿を残してから、そっと瞼を閉じた。

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