2「誤解」
隣で眠る裸の美女。微かに聞こえる寝息と、目を奪う白い肌。妙に色っぽく唸りながら、彼女は寝返りを打つ。アデラは心臓がびくりと跳ねるのを感じて、速やかにベッドから降りた。
「あの後私は何を・・・」
記憶の中を探るが、酔いが回り始めた頃から思い出せない。彼女にとって一つ気になるのが、酒場で酔い潰れた二人を誰がこの家まで運んだのかということだ。
すると、突然部屋の扉が開いた。向こうから現れたのはとある女性。彼女の青い瞳がアデラを映す。
「アデラちゃん、やっと目が覚めた」
「マキナ、さん・・・」
長い金髪をだらしなく垂らす、皺の付いた寝間着姿の長身の女性。彼女はマキナ。アデラと同居する家族の一員。両親のいないアデラにとって、母親代わりのような人物である。
「昨日は大変だったよ。アデラちゃんが夜遅くになっても帰ってこないから、心配で町中探し回ったの。酒場でその子と一緒に酔い潰れていたところを見て、杞憂だって気付いたけどね」
マキナは薄く笑みを浮かべながらアデラの方へ歩み寄る。
「ごめんなさい、マキナさん。お酒を飲んだせいで迷惑かけて・・・」
「お酒、か。アデラちゃんってば、どうせまた大人ぶろうとして無理したんだよね」
「お、大人だし・・・」
アデラは小さく反論する。
「私が頑張って家まで連れ帰ったんだよ。アデラちゃん、いくら友達が一緒だったとはいえ危ないよ。悪い人に何もされなかったのが幸い」
「そうわよね・・・ごめんなさい」
「今度からお酒は飲みすぎないように気を付けてね。というか、アデラちゃんはお酒にいつからはまったの? 今までそんな気配なかったのに」
「実は昨日初めて飲んで・・・」
すると、マキナが呆れたように肩を落とした。
「初めてでたくさん飲んだの?」
「実は一杯しか飲んでなくて・・・」
「お酒に弱すぎ」
アデラの心にぐさりと棘が刺さった。間違いない。マキナの言う通り、アデラはお酒に弱すぎるのだろう。
それからお酒に関する説教を長々とされたアデラは、ベッドの上で正座し、涙目で俯いていた。
「ぐすん、もうお酒やだ・・・」
「これからはきちんと気を付けるようにね」
「はい・・・」
マキナが一呼吸置き、「ところで」と話を切り出した。
「あの子とは何をしたのかな、アデラちゃん。あの子、裸だし、悪戯でもしたんじゃないだろうね」
「し、してないと思う・・・」
一概に言い切ることができないアデラは目を泳がせる。
「お酒に酔ったせいで、一夜の過ちを犯す・・・そういうこともあるからね」
「な、なに言ってるの! 私がそんなことするわけないでしょ」
顔を赤くしたアデラが声を張る。するとその声で目が覚めたのか、デサイアがいきなり体を起こした。
「ここどこ? ボクは一体・・・」
ベッドの掛け布団が剥がれ、デサイアの裸体が露わになる。その瞬間、アデラは湯気でも出そうなほどさらに顔を赤くさせて目を逸らした。
はぁ、とマキナの溜め息が部屋に響く。
「――え? ちょっと、え? なんでボク裸なの!?」
デサイアもまた顔を真っ赤に混乱した様子で、掛け布団を掴み、急いで体を包み隠した。
「初めまして、私はマキナという者です。アデラの保護者ですが・・・あなたは昨日うちのアデラに何かしたり、されたりしましたか?」
マキナが敬語を使い、目を鋭く細める。
「いやいや、何もしてません!! ボクは無罪です!! もしかして、酔っ払ったアデラに無理やり・・・」
「そ、そんなわけないでしょ!!! デサイア、変なこと言わないでよ!!」
「昨日のことは何も覚えていないから分からないよ!! ボクだって君を疑いたくない」
そのまましばらく言い合っていると、再びマキナが溜め息を吐いた。
ベッドの下でデサイアが昨日着ていた衣服が見つかった。どうやらこの部屋で脱いだようだ。
マキナがデサイアへ衣服を渡す。受け取ったデサイアは急いで服を身に着けた。
「とにかく、アデラちゃんに友達ができて良かった。名前は、デサイアちゃんでいいのかな? 今後ともアデラちゃんとよろしくね」
「はい!」
マキナが口元を綻ばせると、それを見たデサイアもほっとした様子で微笑んだ。しかし、アデラは何か言いたげな不満な表情を浮かべている。
「私、嬉しいよ・・・アデラちゃんにやっと友達ができて・・・!!」
「は、はぁ!? 私、ちゃんと他にも友達いるし!! いっぱい!!」
「そうだったのか、アデラ。大丈夫。ボクが君の親友になってあげるからね」
「デサイアまで・・・!! うぅ・・・」
三人の快活な声はしばらく部屋に木霊していた。その後、アデラはデサイアと朝食を共にした。マキナの作る料理は美味で、アデラはそれが自慢だ。デサイアは朝食後、家を去った。
「なんかすごく疲れたな・・・ついはしゃぎすぎた」
部屋に戻り、アデラはベッドへ横たわった。天井のシミをじっと眺めていると、段々と眠気が迫って来た。
気付けば、アデラは目を閉じて眠っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「デサイア様・・・」
キッチンで食器を洗うマキナは、アデラの友人の名を呟いた。
マキナの表情にはどこか哀切な感情が浮かんでいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
アデラがまだ幼い頃。魔界の中心にある大規模な商店街。アデラはマキナと手を繋いで歩いていた。
戦時中だとは言え、皆、戦争など知らない顔をして歩いている。
街中を進む度に、幼いアデラの好奇心を掻き立てる物が目に留まる。アデラは昔、童話に登場するような『お姫様』に憧れていて、ドレスやアクセサリーをよくマキナへ強請っていた。マキナは何不自由なく彼女へそれを買い与えていた。
商店街には懐かしい宝石のネックレスや、美麗なドレスが展示されていたり、童話が描かれた絵本が並べられていたりした。
「わたし、あれ欲しい・・・!」
「アデラさ――いえ、アデラちゃん。お好きな物を一つだけ、買ってあげますよ」
甘やかしすぎては駄目だと忠告を受けたばかりのマキナは、初めて、アデラに制限を与えた。
「一つだけなの・・・?」
「すみません。やはり、将来のことを考えると何もかも与えるのはアデラちゃんのためにならないと思いますので」
「――けち」
アデラが頬を膨らませてそっぽを向く。そんな彼女の言葉に、マキナは強い衝撃を受けていた。
「け、けち・・・」
マキナは肩を落とす。
「マキナ、ごめん。わたし、悪いこと言っちゃった」
「大丈夫です、気にしてませんから・・・へへへ」
「ちゃんとマキナの言うこと聞く。わたし、あのドレスがいい!」
アデラは服屋の方を指さす。店の前に客寄せとして飾られた美麗な白色のドレス。道を通行する者が皆、瞥見するほどに美しい。
「お金足りますかね」
マキナは持参した袋に入る硬貨の数を確認していた。確認し終えたのか、マキナが苦い顔をする。
「どうしたの、マキナ」
「ええ、何でもありません! 買います、買いますから! 早く行きましょう!!」
「変なマキナ」
二人は店主へドレスについて話を伺い、無事購入することができた。後でマキナが嘆いていたが、ドレスの価格は今月の生活費を容赦なく抉る額だったそうだ。
家に帰ったアデラは、すぐさまマキナに買ってもらったドレスを着た。
立ち鏡の前に椅子を置いて座り、後ろからマキナがアデラの髪を櫛で梳かしている。アデラの長い白色の髪が整うと、マキナは彼女の頭に玩具のティアラを置いた。
椅子から立ち上がり、全身を隈なく見つめたアデラは目をきらきらと輝かせ、感動のあまり後ろにいたマキナへと勢いよく抱き着いた。
「マキナ、ありがとう・・・!! だいすき!!」
「だ、だいすき・・・! うへへ、ありがとうございます」
アデラに抱き着かれ、ニマニマと頬を蕩けさせるマキナ。
「わたし、お姫様・・・! 魔族のお姫様だから、『魔姫』?」
彼女がそう言った瞬間、マキナから笑みが消えた。異変を感じたアデラは首を傾げる。
「どうしたの、マキナ」
「いえ、なんでもないです・・・それにしても、やっぱりアデラちゃんはお綺麗ですね」
何か誤魔化してから、マキナはアデラの頭を撫でる。彼女の表情には哀切が、何かに対しての強い怒りの感情が含まれているようだった。
「お母様に、そっくりですよ」
マキナは小さく呟いてから、笑みを戻した。




