幕間1「解放と魔女」
「ラン・・・」
部屋へ入って来たマリが小さな声で彼女の名を呼んだ。
「どうしてここにマリが・・・」
「それについては俺が説明しよう。さっきも言ったが、俺たち『夜の蜘蛛』は『特殊警備隊』のやつらに協力を頼んだ。それに応じたから、わざわざこの人があんたを迎えに来たんだよ」
「おいおい・・・オレが捕まったからと言って、てめぇらみたいな連中に『特殊警備隊』のやつらが・・・」
マリは硬い表情でランの側へ。ランは彼女へ文句を言おうとしたが、直前で口を閉じてしまった。マリが本気でランのことを助けるためにその選択をしたのだと、疲れの滲んだ目元から察したのだ。
「協力って言ったって、オレたちは何をさせられるんだよ」
「詳しくは俺も知らねぇよ。俺はただあんたを監視することと、協力に応じた『特殊警備隊』のやつらを迎え入れることを伝えられただけなんでな」
ランは舌打ちをしてマリへ目線をやる。マリはランの体に触れ、『良かった』と声を漏らした。
「もう二度と来るなよ。俺は疲れた」
「来ねぇよ」
ランはエリギアを睨み付けてからマリと共に部屋を出た。どうやら出入りの自由を禁じていた魔法はもう解除されているようだ。
「すまん。その・・・オレのせいで『特殊警備隊』を撒き込んじまって」
「いいの。貴方が無事なら」
マリがそう言って弱く微笑んだ。
「ブルースが車で待っているわ。あの子も凄い心配していたから、お礼を言ってあげて」
どうやらここはマンションの一室だったようだ。ランは久しぶりの外の空気を深呼吸で吸い込んだ。二人は狭い通路を通ってエレベーターに乗る。最下層に到達した瞬間、マンションの駐車場でブルースの乗る紺色の車が目に入った。
「ラン、よく無事だったな」
「すまん、その・・・ブルースにも迷惑かけた」
「ああ、めちゃくちゃ迷惑だったさ!」
「――」
「なんで黙るんだよ、本当のことを言ったまでだろう」
マリとランはそれぞれ車の扉を開けて乗り込む。
「なんて、冗談さ。僕だって君と何度も話した仲だからね。迷惑かけられたなんてどうでもよくなるほど、心配したさ」
「そうか・・・その、ありがとな」
「まあでも、あの『夜の蜘蛛』とか言う人たちの下になるのは不服だけどね。僕たちの仲間を殺した連中にこれから扱き使われるんだよ」
「『夜の蜘蛛』は一体何を望んでいるんだろうな」
警備隊を利用して一体何を企んでいるのだろうか。ランは考え込む。
「私たちはこれから『シンフォニ特殊警備隊』ではなく、『正義特務隊』として活動を進行することになるわ」
「『正義特務隊』・・・それが『夜の蜘蛛』と協力するための名前か」
ランは物憂げに席へ靠れる。車のエンジンがかかり始めた。
「実は、『シンフォニ特殊警備隊』は解散したの。いくらランのためとは言え、警備隊の本部は許可を出してくれなかった。『シンフォニ特殊警備隊』の人たちはみんなランを助けたいと思っていた。だからこそ、ランを助けたいと思う人たちが『正義特務隊』として集まり、元の『シンフォニ特殊警備隊』はなくなったということなの」
「そうか。やっぱりオレのせいで色々と大変な目に・・・」
するとマリが溜め息を吐いた。
「気にしないでいいわ。貴方が無事なら、それでいいもの」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
千年以上も前のこと。
広い草原の中、『乖背の魔女』の住む小屋が一つ。花畑が周りを取り囲んでいる。
如雨露を片手に花々へ水をやる少女の姿。全身を白く染め上げたような格好。白いドレス、白い髪、白い肌。宝石のような深紅の瞳。
そこへ燃え上がる炎のような赤い髪をした青年がやって来る。彼は羊飼いのようなみすぼらしい格好をしていた。
「誰・・・?」
少女が水をやる手を止め手、彼を見やる。
「久しぶりだね、アデラ」
赤い髪の彼は、彼女の名を呼んで微笑んだ。とても優しい笑顔だった。
しかし、少女は彼の存在を記憶になど残していない。
「私のこと知っているの?」
「もちろん。だって、僕と君は一度戦ったじゃないか」
「んん・・・」
アデラは考えてみるも、何も思い出せなかった。
「もしかして忘れてしまったのかい」
「ごめんなさい」
青年は物悲しそうな顔をする。
「人間・・・」
アデラが呟きながら青年の体を見回す。彼女は魔族で、彼は人間。魔族と人間は長く争っている。だからこそ、こうして私用で種族間で対面するのは忌避されている。
「帰って。私は魔女。あなたを危険に晒してしまうかもしれないから」
「それはできないよ。今日、僕は君に会いに来たんだから」
「私に・・・?」
「そうだよ」
突然青年がアデラの手を握った。如雨露が地面へ落ちる。
次の瞬間だった。青年の頭部が突如として切断された。こんな荒く人を殺めるのは彼女しかいない。
アデラは眉を顰める。
「気安く魔女に触れる馬鹿がいるかと思えば、あの『勇者』様じゃない」
長い黒髪、紫紺の瞳。その姿を目にすれば、自我を忘れてただ彼女に魅入るだけの玩具に成り果ててしまいそうな、危険な香りを漂わせている。
そんな女が、斃れた青年を見下ろしながら嘲笑うような笑みを浮かべた。
「キョーネ・・・私のお花畑を血で汚さないで」
「それはごめんなさい。愚かな人間を目にしたら、つい。ね」
青年の死体と飛び散った血液を全て宙へ浮かせて、遠くへ放る。草原の果てに広がる砂漠にまで飛ばされた死体が見えなくなると、キョーネと呼ばれた人物はアデラの方を向いた。
「あら」
キョーネが地面に落ちた如雨露を拾うと共に、突如として水蒸気の煙が上がった。すると煙の中から咳き込みながら一人の少女が姿を現した。
水色の髪をした少女だ。
「けほっ、けほっ・・・」
「ティアー。貴方ってば本当水があるところならどこにでも出てくるんだから」
「うん・・・けほっ・・・」
「はぁ。全く」
キョーネがティアーと呼ばれた少女の額へ触れる。するとキョーネの手から淡白い光が現れた。するとティアーを苦しめていた咳が治まる。
「二人はどうして私に会いに来たの」
アデラがキョーネの手から如雨露を受け取ると、ティアー含め二人に尋ねた。
キョーネが真っ先に口を開く。
「貴方と勝負しに来たのよ。今のところワタシは貴方との勝負で負け続きなの」
「またチェスをするの?」
「ええ」
アデラは次にティアーを見た。
「わたしは・・・えっと・・・その、お花を観に来ました」
「そうなの」
ティアーはどうやら本当のことを言えないでいるようだ。それを察したアデラは、
「キョーネは先に家へ入って。私はまだお花に水をやってないから」
「分かったわ。一刻も早く終わらせて頂戴」
「うん」
キョーネに家へ入るよう促した。彼女が家へ入っていくのを確認した後、アデラはティアーへ目線をやった。
彼女は人差し指と人差し指をつんつんとつつき合わせて下を向いている。
「実は、『魂操術』について教えてほしくて」
ティアーは確かにそう言った。アデラは禁じられた魔法――禁術――である『魂操術』という、生物の魂を操ることができる魔法を扱うことができる。
アデラはティアーにそれを教えていた。
「お詫びと言っちゃあれだけど、これ・・・」
ティアーが魔方陣を開き、人の心臓を二つ取り出した。
「『王族』の心臓」
「どこで手に入れたの?」
「未来で変な男の人に召喚されたから、仕返しに家族纏めて殺したの。この心臓はね、確か・・・奥さんと子供のだったはず」
「だから片方が小さいの」
そんな会話をしていると、家の中から「まだー?」と大声が聞こえた。キョーネだろう。彼女はいち早くアデラと勝負をしたいようだ。
『猖狂の魔女』キョーネと、『慟哭の魔女』ティアー。そして『乖背の魔女』アデラ。三人の魔女が揃い、一人の『勇者』が殺害された。




