エピローグ「別れ」
雑居ビルの奥にある路地裏に、一人の少女がいた。名はオルタ。彼女の右目の瞳は金色、左目の瞳は赤色をしている。美しい紫色の髪が、瞳の存在感をさらに引き立たせている。
そんな少女の十字型の金色の瞳が、不意に輝きを放った。
「ここで待ち合わせていれば、ボスが望む彼と出会えるはず――」
不敵な笑みを浮かべた彼女は目を閉じる。
「残り、一時間」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ルノートとドミナは『パルシェ』に到着した。ユエムが集めたのはメンバー全員だった。『アルペシア』の構成員は尚、ユエムを除いてアヴォイドと、ルノート、ドミナしかいないが。
やはりクレシアの所属していた強大な『掃除屋』の組織、『レルパラス』の壊滅について報告があった。
話しが終わって解散する流れとなった時、ルノートはユエムを呼び止める。
「ユエム様、少しお話よろしいでしょうか」
「話か。構わん」
「ありがとうございます」
ルノートのすぐ後ろにいたドミナが不思議そうな目で彼を見つめている。家に帰ろうとルノートの腕をぐいと掴んでいたからだろう。彼の咄嗟の行動に驚いたのは。
「ドミナ、ちょっと待ってて」
「ああ。いいけど、どうしたんだ?」
従業員控え室へ入って行ったユエムの後ろ姿を二人して見つめる。
「クレシアさんたちのことでもう少し聞きたいんだ」
「そういうことか・・・うん、分かった。待ってる」
ドミナがルノートの腕から手を離した。彼女に目線を送った後、ルノートはユエムのいる控え室の方へ進んだ。
控え室に入ると、コーヒーのにおいがした。ユエムが飲んでいるようで、パソコンが置かれたデスクの上にコーヒーの入るカップが置かれている。
「それで、話とはなんだ」
「ユエム様――『ウツグ』という人物についてはご存じですか」
コーヒーの入るカップに伸ばした手をぴたりと止めたユエムが、ぎょろりと不気味に目線を動かして彼を見る。
「どこでその名を聞いた」
「それは言えません」
「そうか」
ユエムが獣の唸り声のような低い声で返事をする。彼はゆっくりと手を動かしてカップの持ち手に指を引っかける。ルノートはコーヒーを味わう彼から目を離さない。
「知っている」
「協力者だ。私の計画する『王族殺害』のためにな」
『王族殺害』。ルノートはその計画の名を初めて耳にした。
「分かりました。では続いて、僕とドミナを『アルペシア』へ誘った理由を教えてほしいです」
「誘った理由か・・・」
ユエムがカップをデスクの上へ置きながら呟く。
「ドミナはかつての仲間が拾ってきたことが理由だ。特に拒絶するわけもなかったからな。そしてお前を拾った理由についてだが、これはただの偶然だ」
「偶然、とは」
ルノートは無表情で問う。
「通りすがった家が、たまたま火事になっていたからな」
「ダイアについては知っていますか」
「知らんな」
するとルノートが突然彼の目の前で頭を下げた。
「ありがとうございます。これで決心しました」
ルノートは頭を上げる。
「『アルペシア』を脱退します」
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ユエムにはしつこく引き留められた。だがルノートの意思は揺るがなかった。脱退する理由については深く聞かれなかった。最終的にユエムの方が折れて、『アルペシア』の情報を外部へ漏らさないよう口煩く注意をされただけで済んだ。
ユエムとの話を終えたルノートは控え室を出る。彼がなぜ『アルペシア』を抜ける決心をしたのか、それはユエムの付いた嘘にある。
彼は決して偶然という不可解な理由でルノートを拾ったわけではない。ウツグを協力者と呼んでおきながら、下手な嘘を吐いた。デサイアの言うことは全て事実だったのだ。
ルノートは大人しく待っていたドミナの元へ戻った。彼女は適当な席に座っていて、目が合った途端、待ち遠しかったのか嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ちょっと時間がかかってたな。話は終わったのか?」
「うん。それじゃあ帰ろう」
ドミナとルノートは手を繋いでパルシェを出ていく。二人は雑居ビルのエレベーターへ入る。古びた扉ががたりと音を立てて閉じると同時に、突然ルノートがドミナの手を突き放した。
「え・・・」
驚いたドミナがそう声を発した。
ルノートは口元へぎゅっと力を入れた後、ゆっくりと力を抜いて彼女の方を向いた。
「ドミナ、別れよう」
突然の提案だった。その突拍子もなく放たれた言葉のせいか、ドミナは何も言えず硬直している。
しばらくして、彼女が唇を震わせながら、
「別れようって、え・・・私とルノートが・・・? え、それはどうして・・・嘘だよな・・・? だって私たちお互いにいつまでも一緒だって約束したじゃないか・・・」
涙が浮かんでいるドミナは、一度触れてしまえば壊れてしまいそうなほど弱々しい表情で彼を見つめていた。
ルノートは必死に感情を押し殺していた。強く噛み締めた唇から、血が滲んでいる。
「ごめん。でももう決めたんだ」
「嫌・・・」
「僕はこれから『アルペシア』を抜けて一人で暮らす。君と話すのも、今日で最後」
「嫌っ・・・!!!!」
ドミナが力強く彼の胸元に飛び込んだ。
「それなら私も『アルペシア』を抜ける! 今更お前と別れて一人で生きていくことなんてできない。私は・・・」
ルノートは何も返事をしないまま下を向く。
エレベーターの扉が開いた。しかし、二人はその場で動かない。
「ごめん」
ルノートは心を鬼にして、彼女を振り払ってエレベーターを出た。ドミナが手を引っ張って来るが、それでも構わず前へ進む。
「嫌だ・・・!! 絶対に嫌だ!!」
雑居ビルの外に出た。途端にドミナがその場で転んだ。ルノートは振り返ることなく路地裏へ入っていく。
暗い。後ろからドミナの泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
ルノートは心の中で念じ続ける。『これで良かったのだ』と。
「僕は君を守ると誓った、だから――」
遠くに金色の瞳と赤色の瞳を持った少女が、彼を待っていたかのように佇んでいた。
「ルノート、君がそうね」
「はい。あなたは?」
「ワタシはオルタ。そうね・・・アナタを迎えに来た、とでも言おうかしら」
オルタ。それはかつてドミナの友人だった者の名。
彼女は手を差し出す。
「ワタシたちは『夜の蜘蛛』。アナタのような『運命』に抗う者が行き着く先――」
ルノートは本能で察した。彼女へ着いて行くことがこの先の選択として正しいのだと。
彼は差し出された手を取る。すると、彼女は不意に微笑んだ。
「ようこそ、『夜の蜘蛛』へ」
しかし、その直後だった。後ろを振り返ると、ドミナがその場で立ち尽くしていた。彼女の視線はルノートではなく、オルタの方へ向いている。
「オルタ・・・」
オルタもまた驚いていたが、彼女は立ち止まらなかった。ルノートの手を引いて、オルタは路地裏を抜ける。
「待って!!!」
ドミナが後を付ける。しかし、誰も彼女の呼び声に反応しない。
ルノートの胸が窮屈になった。心が痛い。本当はドミナとこんな別れ方などしたくなかった。
だが、こうするしかないのだ。ドミナは絶対に『別れ』を受け入れなどしない。
「おう、やっと来たか」
「ええ」
エリギアが車の中から声を上げた。黒い色をした艶やかな車だった。
オルタとルノートは車の中へ乗り込む。ドミナに追いつかれないよう。車はすぐに発進した。
「そんな・・・」
ドミナは膝から崩れ落ちた。もはや彼女の目から涙など消え失せてしまった。




