10「全ての真実」
デサイアの金色の瞳がじっとルノートを見据えている。本当に、幻覚で見た彼女が目の前に存在している。
「デサイア・・・」
「ボクの名前、憶えていてくれたんだね」
デサイアはゆっくりとこちらへ歩み寄って来る。見たことない装飾の服だ。民族衣装のようにも見えるそれは、おそらく魔族特有の服装なのだろうか。
「すっごく嬉しい」
花が咲いたように笑い、デサイアがそっとルノートの胸へ触れた。心臓の鼓動を確かめているのか、優しく押し当てて。
「パパ・・・いや、ルノート。君は今たくさんの疑問を浮かべているだろうね。ボクのことだけでなく、女神の干渉、そして自分自身の体の変化・・・」
女神の干渉、という言葉が耳に引っかかった。ルノートはそのことを彼女に尋ねる。
「君は以前長い間眠っていただろう。過去の夢を見る前、金縛りに遭ったはずだ。その金縛りに遭わせた者が女神なんだ」
「女神・・・」
「『欲望の女神』エロメロ。彼女は夢を操ることができる。なにせ、夢は欲望の形の現れだからね」
デサイアは「そして」と言葉を続ける。
「先ほど君の家に現れた白い髪の女性。あれも女神だ。名前はウツグ。『復讐の女神』だよ」
「あの人も女神だったんですか」
「ああ、そうだよ。どうやら先に君の妹のダイアに目を付けて、君の家族を崩壊させたらしい」
その瞬間、ルノートは衝撃を受けた。
「僕の家族を崩壊させたって、どういうことですか」
「手紙があっただろう。あの内容は、君の父にとって耐えがたい内容だったんだ。だから、君の父は狂い、職を失った」
ウツグという女神がダイアに渡したあの手紙。ルノートは今すぐにでも部屋を飛び出してあの手紙を破り捨てたくなった。
「無駄だよ。ここは夢の世界。実際に過去起きたことを、君が没入して体験しているだけにすぎない。未来が変わるなんてこと、あり得ないよ」
「そんな・・・」
ルノートは奥歯の辺りを、ぎゅっと力を入れて噛みしめた。
「君にはたくさんのことを教えなければならない。そう、エロメロに頼まれている」
デサイアは微笑む。彼女の笑みがルノートは怖かった。
いや、彼女の笑みが怖いのではない。彼女の口から発せられる、思いもしない真実を告げられることが怖いのだ。
「まず、君が『アルペシア』に所属する前、火事が起きただろう。なぜか都合よく、ユエムという男が家の前にいたはずだ。それはどうしてだと思う?」
「それは・・・」
よくよく考えてみればおかしな話だ。今まで彼のことを盲信してきた自分が、蒙昧だったとルノートは自覚する。
「ウツグとユエムは協力関係にあるんだ。ウツグは君を利用して己の計画を実現する。そのために、ユエムに君を預かってもらっているんだ」
「僕を利用して・・・」
「そうだとも。まずそれを説明するには、君の魂の秘密について教えないといけないね。君が『幻覚』を見る理由も、魂にある」
ルノートは衝撃の連続で理解が追い付かない。
「君の魂には『魔王』の意識が眠っているんだ」
「『魔王』の意識が・・・? それはどういう」
「魂は輪廻転生を繰り返して、幾つもの意識を蓄える。その中の一つに、『魔王』の意識があるんだ」
デサイアは人差し指を立てて説明する。
「そんな『魔王』の意識が目覚めようとしている。だから『魔王』の意識が記憶している光景を幻覚で見るんだ」
「目覚めようとしている・・・」
「どうやら君の恋人であるドミナも、同じように幻聴を聞くみたいだね」
「はい。でも、僕と一緒にいると聞こえないみたいですが」
するとデサイアが表情を険しくした。
「おかしい話じゃないか? どうして彼女は君といると幻聴を聞かなくて済むのか。対して君は彼女といると幻覚を見ると言うのに」
確かにその通りだ。ルノートもまた表情を険しくする。
「それは彼女の魂にも秘密があるからだ。君はボク、そしてメナスを見てどう思った」
「ドミナに似ていると思いました」
「それなんだ。ボクもメナスもだけど、赤髪の者はとある強大な存在の血を引いているんだ。魂にもその存在の意識が眠っている。その存在の血がウツグの『復讐』の力と共鳴して、君の魂へ大きな影響を与えた」
デサイアは話しを続ける。
「君はドミナと肉体的接触をしただろう? その存在の血が君の体内に溶け込んで、魂にまで干渉した」
「つまり、『魔王』の意識が目覚める原因はドミナにあるということですか」
「そういうことだ。君がドミナと一緒にいて、触れ合うほどに『魔王』の意識が目覚めていく。『魔王』の意識を目覚めさせるためにドミナは幻聴を聞かされ、不安に思い、君の側へ行く。『魔王』の意識が完全に目覚めてしまえば、最後、君の意識は消滅する。要するに、君の肉体は『魔王』に乗っ取られ、君自身は死んでしまうということだ」
そんなことが有り得るのだろうか。ルノートは半信半疑ではいたが、デサイアの真剣な目に一切の嘘は混じっていない。
確信せざるを得なかった。
「そしてそんな君をどうしてウツグが利用するのかについて説明する。まずウツグは父を狂わせて家庭を崩壊させ、母を唆して父を殺させた。結果、家に火を放って君だけが逃げ出した。君が逃げ出してくることを予想していたユエムが家の近くで待機。そしてユエムが君を拾い、彼の監視下『アルペシア』に入れたという流れが始まりだ」
ルノートは固唾を飲む。
「ユエムは意図的に君とドミナを引き合わせた。ドミナが他人に依存しやすい性格であることを、ユエムは知っていたから、ウツグに君の体が思春期辺りまで成長する頃合いを報告した。それが七年だった。七年の時間を経て、君の体は性交できるほどまで成熟した」
部屋にまた風が吹く。カーテンがばたばたと揺れる音が響いた。
「ウツグは君の魂に眠る『魔王』を復活させ、その力を得る。同時に、ドミナの魂に眠る『勇者』――いや、強大な存在を呼び起こしてその力をも得る。二つの強力な力を有したウツグは、自身の悲願であった神々への『復讐』をしに行く」
デサイアは表情を緩め、薄く微笑んだ。
「というのがウツグの計画だ。話は彼女に協力しているエロメロから聞いているから、この情報は正しいよ」
「そのエロメロって人は、どうしてウツグに協力しているのにその話をあなたにしたんですか」
「彼女はウツグを止めたいんだよ。まあ、理由については単純だ。エロメロは神々を守るべく行動しているだけさ」
ルノートはようやく脳の理解が追い付いてきた。
ウツグとユエム、エロメロとデサイア。『魔王』の魂とドミナの魂の秘密。
ルノートはどっと疲れが溜まった気がした。
「これから僕はどうすればいいですか・・・」
その問いに、デサイアはこう言った。
「――ドミナの元を離れ、『アルペシア』を抜ける。そうすれば君はこれ以上幻覚を見ることもない。ドミナは幻聴を聞くだろうけど、それ以上の変化はないだろう。しばらくすれば意識が元に戻っていき、幻聴を聞かなくなる。なにせ君が側にいない限り強大な存在の意識は目覚めないのだから」
ルノートとドミナは、互いに側にいれば意識を乗っ取られ、死んでしまう。しかし離ればなれになってさえしまえば、互いの無事は確実だ。
ルノートは固く決意した。
「一つ聞きたいんだけど、君はどんな幻覚を見るんだい」
「えっと、アデラとデサイアさんが『魔王』を『パパ』と呼んではしゃぐ様子とか、他にもローズという女性や『魔姫』という存在が出てきます。後はデサイアさんが一人で呟く姿とか他にも色々」
ルノートの話を聞いたデサイアはどこか悲しそうな表情をした。
「そうか・・・パパはボクのことを見守っていてくれたんだ」
デサイアは取り繕うように笑う。
「そろそろ時間のようだね。君と話すのはこれが最初で最後かもしれない」
「はい。色々とありがとうございました」
「こちらこそ礼を言うよ。誰かとこんなに長く話したのは久しぶりだったからね」
景色がぼやけていく。デサイアの声も遠くなって――。
「最後に言っておくけれど」
ルノートの意識もまた遠退いていく。
「君の妹は生きているよ」
ルノートは衝撃を受けた。しかし、そこで完全に意識が途切れてしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ルノートは目を覚ました。デサイアとの話の内容を振り返りながら、体を起こす。
「ドミナ・・・」
ルノートは隣で眠るドミナの姿を見た。下着だけの無防備な格好で眠る彼女は、目を瞑って寝息を立てている。
「ん・・・」
布団が捲れたせいか、ドミナが寝言を発した。彼女の体へ布団をかけて、彼はベッドから降りる。行く先は洗面所。洗面台の大きな鏡に彼自身の姿が写り込む。
ルノートは顔を洗った後、口を漱ぐ。もう朝だ。
部屋へ戻ると共にドミナのスマホがアラームを響かせ始めた。ドミナが眉を顰めて何度か寝返りを打った後、ようやく眠たげに目を薄く開いた。
「もう朝か・・・ん・・・おはよう、ルノート・・・」
「おはよう」
軽く挨拶を交わして、ドミナが大きな欠伸をした。
顔を洗いに行ったのだろう。それから部屋を出て行った彼女を見送って、ルノートもまた欠伸をした。
今日はこれから『パルシェ』へ向かう。『アルペシア』のメンバーで集まって話をするとのことだ。おそらくクレシアやリアネルのように殺害・壊滅させられた、『アルペシア』傘下組織についての話をするのだろう。
洗顔を済ませたドミナが戻って来た。寝癖も治っている。
「寒い・・・」
ドミナはそう呟きながら服を着る。ルノートもまた外出用の服に着替え始める。
「今日、『パルシェ』に行くんだよな」
「うん。しばらくしたら迎えが来るよ」
「分かった」
ドミナが言い終えてからまた大きな欠伸をした。
「ユエム様・・・」
ルノートは小さく呟く。彼は今日、ユエムに尋ねる。ウツグについて、そしてなぜ自分を『アルペシア』へ誘ったのか。そして、ダイアについて。
デサイアから聞いた全てを。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「暇」
エリギアとオルタの二人によって捕らえられたランが大きく溜め息を吐いた。彼女は現在、『夜の蜘蛛』が管理するとある部屋で幽閉されていた。部屋はシンプルな内装で、決して監獄や懲罰室のような重苦しい雰囲気ではない。ごくありふれた生活感のある内装だ。
ランは拘束などされてはいないが、外出できないよう、外と繋がる出入り口には謎の魔法がかけられているせいで、自由を封じられていた。人間に飼われる愛玩動物のような無力感を覚えた彼女は、悶々と煙草を口に運ぶばかり。
「いつまでこのままなんだよ」
同じく部屋にいた一人の男へ彼女は尋ねる。彼はランと違い、この部屋を出入りすることができた。
「仕方ねぇだろ。あんたら警備隊の連中が、俺たちに協力するまで捕えていろと言われたからな。ボスの命令だ」
「ボス、ボスうるせぇな。てめぇはそいつの従順なペットなのかよ」
部屋にいた男はエリギア。彼は度々この部屋を訪れては、彼女の監視役を務めている。彼はいつものように投げかけられる文句を耳で受け止めながら、退屈そうに顔をしかめた。
「いいか。まだ食事と風呂を提供しているだけありがたいと思えよ。ベッドだって部屋にあるだろ。もう少し我慢してくれよ。な?」
「だったらスマホを返せよ。オレがどれだけ暇なのか分かんねぇのかよ」
「んだよ、俺の煙草分け与えてやってんだから、それだけでも満足して感謝しろよ」
「てめぇの煙草は重すぎるんだよ。それに不味い」
「あぁ・・・?」
一触即発。今にも揉め事が起こりそうな空気に。エリギアとランは互いに睨み付け合っていた。
すると突然インターホンが鳴った。
ランは部屋を出ていくエリギアを一瞥した後、用意された灰皿の上に吸殻を放った。
「セールスでも来たのか」
ランが大声で尋ねる。
するとエリギアが戻って来た。その瞬間、ランは目を疑った。
「ラン・・・」
エリギアと共に部屋へ入って来た、マリがそう呟いた。




