7「幻覚」
突如として部屋に出現した二人の少女。どちらも幼く、そしてルノートを『パパ』などと呼んでくる。
ルノートは理解が追い付かず、思考を放棄した。
すると部屋の扉が開いた。二人の少女の姿が消える。
ドミナだ。ドミナは部屋に入って来た時は暗い表情をしていたが、ルノートが起きている姿を見て途端に涙を溢れさせた。
「ルノート・・・目覚めたのか・・・!!!」
彼女は急いでこちらへ向かってくる。
「良かった!!やっと目を覚ましてくれた・・・!!!」
彼女は僕の体に抱き着くと同時に、声を上げて泣き出してしまった。しばらく落ち着くまで彼女の頭を撫でる。
ようやく涙が引っ込んだドミナが、ずずと鼻を啜った。
「私、心配だった。お前が目を覚まさなくなってから、ずっと・・・」
「ごめんねドミナ。原因は分からないけど、長い間眠ってしまった。君を一人にしてしまった」
「寂しかった・・・」
ルノートは微笑む。
「僕ならもう大丈夫だよ」
彼がそう言った直後に、ドミナは暗い表情をする。
「実は、ルノートに伝えなくちゃいけないことがあるんだ」
「何?」
「クレシアさんとリアネルさんが殺された」
思わずルノートは耳を疑った。同じアパートに住んでいる二人。その二人とはよく交流があり、クリスマス会の時にも彼女たちの世話になった。
そんな二人がどうして。
「本当なの」
「うん。私が任務で留守にしている間に、事件があったみたいで」
「誰の仕業なんだ・・・!」
ルノートは思わず大声を上げそうになる。
「警備隊だ」
ドミナの一言に、ルノートは心の内から沸々と湧き上がる激しい怒りを覚えた。警備隊。それはこの国の治安維持組織のことである。
今まで『アルペシア』周辺を嗅ぎ回っていた彼らが、ついに大きく動き始めたのだろう。
しかし、人を殺すまでの暴挙に至るとは。
「許せない・・・」
ルノートは拳をぎゅっと握る。どうしてあの二人が殺されなければならないんだ。
その時、耳鳴りがした。
『パパ、おはよう!!』『おはよう・・・!』
二人の少女がまた姿を現した。
元気な声で挨拶をするのは赤髪の子。もう一人の白い髪の子は小さな声で挨拶をする。
『おはよう、二人共』
すると突如として頭の中で見知らぬ男性の声が流れた。この感覚は一体なんだ。
『見て見て、パパ!これアデラと一緒に作ったの!』
『作った・・・!』
赤髪の子が白い髪の子を『アデラ』と呼んだ。やはり『乖背の魔女』だったか。
ルノートは脳内でとある仮説を立てる。目の前の二人は幻覚であり、脳内で聞こえる男性の声は彼女たちと同じく幻。
まるで誰かの記憶に没入してそれを体験しているかのような感覚だ。
赤髪の子は両手で、花で作った冠を持っている。白と黄色の色をした花びらが目に入る。
『そっか、凄いじゃないか。デサイア、アデラ』
『パパにあげる!』
『ありがとう』
どうやらもう一人の赤髪の子は『デサイア』という名前らしい。ルノートはじっとデサイアを見つめる。ドミナと同じ赤い髪、金色の瞳――。
夢で出会ったリンジュの妹、メナスのことを思い出す。かつて人類を導き、魔族との戦争に勝利した人物。彼女は一人残らず魔族を滅し、人類史で英雄として未だに語り継がれる人物。そんな彼女もまた、ドミナと同じような風貌をしていた。
それは目の前にいるデサイアも同じ。
ドミナ、メナス、デサイア。この三人に何か関係性でもあるのだろうか。
イデラ曰く人間は滅んだそうで、つまりドミナは魔族。メナスは人間だろう。そして目の前にいるデサイアは魔族。デサイアは魔族のアデラと血が繋がっているであろう家族だ。
魔族と人間という種族間の差がありながら、見た目が似るのはなぜだろうか。ただの偶然なのか。
ルノートは深く考え込む。
『魔王様、お目覚めですか』
続いてまた誰かの声がした。二人の少女の後ろに、女性がいた。規則性はないが、赤色と金色の髪が混じっている。メッシュのように。
彼女はメイド服を着ていた。
『ローズか。おはよう。お前もこんな朝早くに起きて、勤勉だな』
彼女はローズと呼ばれた。『魔王様』とは、この声の男性のことだろう。
すると、デサイアがローズのメイド服のスカートを掴んでぐいと引っ張る。
『ろーず! 勤勉!!』
『ありがとうございます』
『勤勉・・・!』
二人の少女がわいわいと騒ぐ。彼女たちもまた、ローズのことを褒めているようだった。
するとどこからか扉の開くような音が聞こえた。現実のものではない。これも幻聴だろう。
『――、おはようございます』
女性の声。姿は見えない。
『あ、ママだ!』『ママ・・・』
二人の姿が消える。『ママ』と呼び慕う者の方へと駆け寄って行ったのだろう。
『おはようございます、『魔姫』様」
『あら、ローズも来ていましたか。おはようございます』
再び男性の声が。
『おはよう、――』
魔王と『魔姫』と呼ばれた者同士、互いの名前なのかそこだけ妙なノイズが入って聞き取れない。
脳内で喋る男性は魔王であり、デサイアとアデラの父。ローズを従える主人でもある。魔姫はおそらく彼の妻。
「――ルノート!! おい、急に何も言わなくなってどうしたんだよ」
ルノートははっとした。ドミナが困惑した表情でこちらを見ていた。幻覚は消え、声も何も聞こえない。
「大丈夫。なんでもないよ」
ルノートがそう言った直後だった。再び耳鳴りがする。
『ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・』
部屋の隅に、蹲る小さな少女の姿があった。
ルノートの視線を不思議に思ったのか、ドミナもまた部屋の隅へと目をやった。
「何か見えるのか?」
どうやらドミナに少女の姿は見えないようだ。やはり、これは幻覚だ。
「ううん」
「ならいいんだが・・・」
また耳鳴り。少女の姿は消え、代わりにあの夢で最後に見た花畑の景色が広がった。
先ほどまで病室にいたはずなのに、ドミナの姿も何も見当たらない。
まるでこれが幻覚ではなく現実であるかと思ってくる。花畑の中に立ち尽くしていると、微風が髪を撫ぜていく。
「あら・・・」
後ろから声がした。この声は夢の時とは違って、ノイズがかかっていない。先ほどの幻覚に出てきた『魔姫』と同じ声だった。
「誰かがここに来るのは珍しいですね。いつも私一人なのに」
振り返ってはならない。また、そう思った。
「そうですか。確かにここは景色が綺麗ですよね。お花さんたちもいっぱい咲いていますし」
返事をしたのだろうか。男性の声は脳内で聞こえていない。
「ふふ、そうですか」
何を話しているのかは分からない。
その者は徐々に距離を詰めてきているようで、気配がすぐ近くに感じた。
声が聞こえなくなった。会話が終わったのだろうか。だが、未だにルノートは花畑の中にいる。
『いい加減目を覚ましなさい』
低い女性の声がした。途端に世界が砕ける。ばらばらと、割れたガラスのように破片を散らばらせて。
『うそつき』
子供の姿をしたイデラの姿。勝手に脳内で夢の中で見た光景が浮かび上がる。
『パパ!!』『パパ・・・!!』
デサイアとアデラの声。満面の笑みでこちらを見つめて来るその姿。
『君を見ていると、あの子のことを思い出すよ。あの子が僕に見せた、あの悲痛な表情を――』
リンジュの言葉。彼はアデラと再会することを夢見ていた。
『私がいなくなっても、貴方なら大丈夫です。貴方はそんなにもお強いのですから』
この声は先ほど花畑で聞こえた魔姫の声。
『貴方をずっと愛しています――』
魔姫はそう言った。
記憶と幻覚が混ざり合って、ルノートの心身を取り込んでいく。激流に呑まれるようで、苦しく、悲しく、心が痛い。
だがどこか懐かしい記憶のように、温かくて優しいものを感じた。
「――ルノート!」
すると景色は元に戻った。目の前にドミナの姿がある。
「また何も言わなくなって、本当にどうしたんだ」
「ごめん。多分、まだ目が覚めたばかりで頭が働かないのかも」
「そうなのか・・・うん、何もなければいいんだが」
ドミナが心配するような目でルノートを見つめる。
魔王、そして魔姫。一体彼らは何者で、どうしてルノートは彼らの幻覚を見るのか。




