6「旅の終わり」
リンジュとの旅を続けて、どれほどの時間が経ったのか分からない。
リンジュ曰く、魔界へと行くためには彼の故郷を経由した方が早いとのこと。だが、そこは戦場。もちろん、行けるわけもなく別のルートを経由して魔界へと行くことになった。
数々の村や町を超え、ついに魔界へと到達した。魔界は空全体をどんよりとした黒い雲が覆っていて、まるで闇の中にでも囚われているのかと錯覚する。
戦争中のため、魔界へ入ることは死を意味する。つまり、村や町などに行けば彼らの標的になることはまず間違いないということだ。
リンジュはなぜか魔界に詳しかった。彼は村や町を避けて進むルートを提案したが、それは過酷なものだった。
山を越え、谷を越え、森を抜けて、砂漠を進んだ。
本当にどれほどの時間が経ったのか分からない。長い長い、旅だった。
「そろそろ『禁域』に入るよ」
砂漠を抜けると、地平線の彼方まで広がる草原が見えた。
魔界だというのに、ここだけは空が晴れ渡っている。
「ここが・・・」
ルノートは砂漠の熱で流れる汗を拭いながら、前を確認する。足元は徐々に緑が増えていく。
しばらく緑の世界を進むと、途端に色鮮やかな花畑が広がった。花畑の中を進んでいく。
ルノートはふと、隣を歩くリンジュを見た。彼の表情はいつもの明るい笑みとは違って、どこか緊張していた。
先へ進む。すると目の前に一軒の家屋が見えた。家屋というより、小屋と呼ぶに相応しい。
粗雑な作りの木の小屋。鶏舎が近くにあり、けたたましい鶏の鳴き声が聞こえる。
「あの小屋の中に、『乖背の魔女』がいるよ。今更だけど、『禁域』に封印したというよりか、閉じ込めていると言った方が正しいかな」
小屋へ向かう。リンジュが扉をノックする様子を、ルノートは彼の後ろから見守っていた。
家主の声が聞こえる。細く、鈴のような少女の声だ。
ルノートの脳内が途端に緊張を示す。
何か会話をしているのかリンジュが言葉を発する。それから彼は後ろを振り向くと、手招いた。
ルノートが彼の元へ向かおうとすると同時に扉が開かれた。中から、真っ白な少女が姿を現す。
童話などに出てくる『魔女』と呼ぶに相応しい大きな帽子、白いフリルの付いた可愛らしい小さなドレス。透き通るような白い長髪に、はっきりと目立つルビーのような赤い瞳。
少女はリンジュを見るなり、訝しむように目を細めた。
「貴方は・・・」
「久しぶりだね、アデラ。もうあの時の戦いぶりかな」
アデラとは『乖背の魔女』の名だろう。
「貴方たちは誰?」
「僕はリンジュ。あそこにいるのはルノート。僕の友人だよ」
「こんにちは」
いきなり挨拶をされたルノート。彼は声を上ずらせながら「こんにちは」と挨拶を返す。
「ところで、どうしてここに来たの?」
アデラがリンジュへ尋ねる。
するとリンジュが気恥ずかしそうに顔を少しだけ赤くして、
「えっと、それは・・・」
と言いかける。
ルノートは何が起こったのか分からなかった。突如として彼が斃れたのだから。
「さようなら」
アデラは確かにそう言った。だが、もうどこにもアデラの姿は見当たらない。
あまつさえ、小屋の存在すら消えてしまった。
晴天。辺りは花畑だけが広がっている。花畑以外、何もない。
斃れたリンジュの姿も、アデラの姿も、どこにもない。
ルノートだけが、この場所に取り残された。
『どうして』
声が後ろの方からした。ルノートは振り返ろうとした。しかし、振り返ってはならないと本能が警鐘を鳴らした。
逃げ出してしまいたかった。
だがルノートの体は金縛りに遭ったかのように固まっている。これは恐怖だ。恐怖で、体が言うことを聞かない。
『どうしてここにいるのですか』
性別は分からない。ノイズが入ったその声は、繰り返しルノートに尋ねている。
『どうして』
一つ間が空く。
『どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――』
酷い頭痛と耳鳴りがして、ルノートはその場に崩れ落ちた。頭を押さえて、痛みと耳鳴りに悶絶する。
意識が遠退いていく。声は未だに続いている。
限界だった。意識は彼方へ――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ルノートは飛び起きた。全身に嫌な汗を掻いている。
呼吸が乱れている。先ほどまでの恐怖と緊張のせいだったからだろう。
ふと、ここが病室であることに気付く。入院着、白いベッド。
「お、起きたか」
病室に男がいた。彼はアヴォイドだ。ガタイの良い茶髪。
ドミナは彼のことを毛嫌いしているが、ルノートは別にそうでもない。
呼吸を整えてから、ルノートはこう返事をする。
「アヴォイドさん・・・僕は一体どれくらい眠っていたんですか」
「んー、ぎりぎり一週間行かないくらいだ。当初お前とドミナが受ける予定だった任務は、代わりに俺がやっといたからな。感謝しろよ」
「ありがとうございます」
ルノートは手を開いたり、ぎゅっと握ってみたりする。力は上手く入らない。やはり、かなりの間眠っていたせいだろう。
「もう少ししたらドミナが来るはずだ。お前が目覚めたのを見て、きっと驚くだろうな」
アヴォイドが眩しい笑みを浮かべる。
するとアヴォイドが誰かに電話をかけた。口調から察するに相手はユエムだ。彼はルノートのことについて話を始める。目を覚ましたことに、体は無事なこと。
「そんじゃ、俺は帰る。ゆっくり休んどけよ」
「ありがとうございます」
ルノートは礼を言う。それを聞いたアヴォイドは振り返らないまま、右手を広げて軽く横に振った。
一人病室に残されたルノートは自身の両手を見つめる。
あれは本当に夢だったのだろう。妙に現実的で、五感を刺激してくるような。
「一体、何だったんだろう」
呟いていると扉がノックされた。ドミナがもう来たのだろうか。
そう思っている矢先、不意に誰かの気配がした。
『『パパ!!』』
子供の声がした。慌てて声のした方を見ると、そこには小さな白い髪の少女と、赤い髪の少女がいた。
二人共顔は瓜二つ。白い髪の子は、アデラに似ている気がした。
「え」
思わずルノートは声が裏返ってしまった。




