5「人質」
ルノートが最初に降り立った森の中の開けた空間。
イデラは一人、その場所で時計の形をした魔方陣を左手に浮かばせていた。右手の人差し指で魔方陣へ触れ、時計の針を動かすようになぞる。
「やはり・・・」
イデラは彼がこの『夢』の世界の存在理由について確信する。そして、ふと、後ろを振り返った。
彼女の背後には黄色の髪をした女が立っていた。女は微笑を湛えながら、こちらをじっと見据えている。
「私が彼をここに連れてきたのよぉ」
「やはり貴方でしたか・・・エロメロ様」
イデラが驚いたように目を見開く。
エロメロ。それは、『欲望』の名を冠する女神。
『欲望の女神』エロメロは、イデラの元へと歩み寄ってくる。
「イデラ、よくぞ彼を導いてくれましたぁ。偉いわよ、頭を撫でてあげるわぁ」
「それは大丈夫です」
「もうっ、照れ屋さんなんだから」
エロメロがうふふと笑う。
「それでエロメロ様は、『復讐の女神』ウツグ様の計画を止めようとしているのですよね。一体、あの方の計画とは・・・」
エロメロがゆっくりと笑みを消す。イデラの心臓の鼓動が緊張で少し激しくなる。
「『魔王』と『勇者』を復活させ、その力を奪う。一つになった両者の力を持ってして、私たち神々へ戦いを仕掛けるつもりみたいなのよぉ。面倒だわぁ・・・」
「なるほど、だからあの魔族の少年を・・・」
「あの子の『魂』については知っているかしら」
「はい」
エロメロが笑みを再び浮かべた。
「それなら大丈夫わねぇ。キミならもう知っていると思うけどぉ、もう一人私には協力者がいるの。その協力者が、彼に全ての真実を伝えてくれるわぁ。だから、キミはもう何も干渉しないで」
「はい。勿論です」
「うふふ、それじゃ。またどこかで会いましょう」
「ええ。またどこかで」
エロメロは細かい光の粒へと変化して消えた。その光景は宛ら、夜半の湖を飛び交う蛍のようであった。
イデラはようやく緊張を解いて、安堵の吐息を零した。
「全ての真実、か・・・」
※ ※ ※ ※ ※ ※
『特殊警備隊』本部、オフィス内――。
「捜査が大分進んできたねぇ。いやぁ、楽しいなぁ」
ブルースは嬉しそうな表情をして、デスクトップに映る資料を眺めていた。
彼の様子を隣で見ていたマリが、はぁ、と彼に聞こえるぐらい大きな溜め息を吐く。
「『夜の蜘蛛』、『アルペシア』、『レルパラス』・・・くふふ」
まず彼らが突き止めたのは『夜の蜘蛛』と呼ばれる組織。つい最近起きたエリヴェック家誕生日会惨殺事件の犯人が所属する組織はそれだ。
もう一つ、『アルペシア』。以前まで『A』と呼んでいたが、調査を進めてついに組織名を特定することができた。数々の犯罪組織を従え、利益を貪る悪徳な集団。
そして最後に『レルパラス』。これは『掃除屋』と呼ばれる、いわば『アルペシア』の任務の後始末を担当する組織の名だ。
現在『レルパラス』はどうやら『夜の蜘蛛』に狙われているようで、どうやら本部は壊滅状態。残党が散り散りになってそれぞれ逃亡を謀っている。
その残党の隠れ家を特定し、実際に彼らを逮捕するよう『特殊警備隊』はすでに動いている。
『特殊警備隊』にはマリ、ブルース、ランそれぞれが隊長となって従える三つの部隊がある。マリの部隊は『アルペシア』関連の調査、ブルースの部隊は集めた情報を解析、整理する役割を担い、ランは実際に逮捕などの行動を起こす役割を担う。
現在、ランの部隊は今、『レルパラス』の残党の逮捕に乗り出している。
「本当に楽しみだなぁ・・・!」
ブルースは両手を大きく広げて、愉悦に満ちた顔をする。先ほどから呆れた顔で彼を見ていたマリが、もう一度大きな溜め息を吐いた。
「早く、結果を知りたい」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
シンフォニ王国第三地区。住宅街ばかりが連なるこの地区に、どうやら『レルパラス』という『掃除屋』が跋扈しているようだ。
ランは部下を引き連れ、『レルパラス』残党の者たちを次々と拘束し、連行していった。
そして最後。彼女が訪れたのはとあるアパート。小さな二階建て、クリーム色の壁に焦げ茶色の屋根。車の姿が見当たらない駐車場。
ランはとある部屋へ向かう。二階への階段を上り、すぐ手前にあった部屋の扉のインターホンを鳴らす。
「警備隊だ。少し話を伺いに来た」
敬語を使わずに強い口調でランは行った。
『はい・・・?』
怪訝な家の主の声が聞こえた。
「出てこい。さもなくば無理やりにでも家へ入らせてもらうぞ」
『わ、分かりましたから。ちょっと待っていてください』
少しして扉が開いた。中年の女性だ。
ランが後ろにいた二人の部下へ目配せをする。部下たちは携帯していた鞄の中から書類を取り出して、何かを確認している。
「えっと、突然どうしましたか・・・」
彼女は年齢の割には若く見える。ランはポケットからソフトの煙草を取り出し、下に軽く振って一本、口に咥えて火を点けた。
煙草の煙を吐きながら、部下へ目をやる。部下たちはランを見て頷く。
「クレシアさんで間違いないな」
「ええ、はい」
彼女は依然として怪訝な目をしてランたちを見ている。ドアストッパーでもかけているのか、扉は中途半端に開いたままだ。
ランはもう一度煙草の煙を吐くと、もう一度部下たちへ合図を送った。
すると、ランが大きく笑った。八重歯が口の隙間から顔を覗かせる。
次の瞬間、ランが思い切り扉を引いた。瞬間、ドアストッパーが壊れ、扉が完全に開く。
「ちょっと!!やめてください!!」
クレシアが驚いて大声を上げる。それを聞いたランが舌打ちをする。
「うるせぇんだよ」
ランは一発、彼女の頭を殴りつけた。
「痛っ・・・!! 何するんですか・・・」
しかし、ランは止まらない。彼女の足を引っかけ、玄関に押し倒した。
「やめて・・・やめてください・・・!!!」
「お前たち、今の内に家の中を調べろ。こいつはオレが押さえておく」
「やめて・・・お願い・・・」
弱々しくなったクレシアの声。ランの部下たちが家の中を荒々しく調べていく。特に不審な物は見当たらなかった。
「なんで、こんなこと・・・私、何か・・・」
「てめぇが『レルパラス』の一員だってことは知ってんだ。犯罪者は黙ってろ、薄汚い」
ランは乱雑にポケットの中へ手を突っ込むと、スタンガンを取り出した。スタンガンをクレシアの項に当てる。バチバチと電流の音がした。
「ああああああっ!!!!」
クレシアが絶叫する。気を失ったようですぐ静かになった。ランは煙草の吸殻を彼女の服へ押し付けて火を消し、玄関へ放り捨てた。
「お前ら、こいつを拘束して連れて行け。後はオレがやる」
部下たちは応答すると同時に、クレシアの両手に手錠をかけ、外へと連れ出していった。
「さて」
ランは彼女の部屋の中を見渡した。部屋は酷く荒れている。
「これは・・・」
クレシアが部屋に飾っていた幾つもの写真。幼い赤髪の少女と、少女の隣に座る黒髪の少年。一人の青年、若い女性、そしてクレシアが映った写真だった。サンタクロースなどのクリスマスに関する飾り付けが部屋にされていることから、どうやらクリスマスパーティーでも開いていた時の写真なのだろう。
「後でこの二人の子供について聞いてみるか」
ランは戻って来た一人の部下に写真を預ける。部下は再び家を出て行く。
「これ以外特に役立ちそうなものはねぇな」
ランが言いかけたところだった。突然、この家に誰かがやって来た。金髪の女性だ。彼女は急いでいたのか息を荒げている。
ランは先ほど部下へ預けた写真を思い出した。この女性はあの写真に写っていた若い女性だ。おそらく、クレシアの所属している『レルパラス』か、大本の『アルペシア』の関係者だろう。
「へぇ・・・」
ランが八重歯を見せて笑う。彼女の目付きも相まってか、その様は宛ら狼のようであった。
「クレシアさんに何をしたんですか・・・!」
「てめぇには関係ねぇだろ」
「警備隊に通報します」
「その警備隊がオレたちなんだよ」
女性は驚いたように、そして静かな怒りを込めた目でランを睨み付ける。
「最低・・・警備隊というのは、あなたたちのような人しかいないんですか」
女性は拳を作る。
「オレの邪魔するんなら、てめぇも拘束するぞ」
「本当に拘束だけですか? クレシアさんのあの悲鳴を聞いた感じだと、もっと酷いことをしているに違いないです」
「だったらなんだよ」
ランは彼女の方へゆっくりと歩み寄る。
「近付かないでください・・・!」
「邪魔するなら拘束するって、言ったよな」
ランが言い終えた瞬間だ。不意に、ランはこの部屋の異変に気が付いた。
かろうじて目で捉えることができる細い糸。それが、幾つも宙を漂っている。
「これは・・・!?」
ランは急いで糸を薙ぎ払った。彼女の手には魔力が集まっている。無事糸は彼女の元を離れたが――。
目の前にいる女性の周りには糸が漂っていた。
そして、糸が動いた。女性の体が粉々に切り刻まれる。血が辺りに飛び散る。ぼとぼとと肉塊が床へ落下する音を聞きながら、ランは警戒心を滾らせる。
「やるじゃねぇか、俺の攻撃を避けるなんて」
どこからか男の声がした。後ろからだ。
この部屋の窓が開いていて、そこから男が入って来た。銀髪、高い背丈に無精髭。こちらをじっと観察するように見つめる目が、動く。
「『夜の蜘蛛』か・・・!!!」
ランは歯を見せて、狂気的な笑みを浮かべた。
「よく知ってるな」
男もまた口元に笑みを浮かべた。
「エリヴェック家の誕生日会で惨殺事件を起こしたのはお前たち『夜の蜘蛛』だな。オレは知っている、お前たちの何もかも・・・!!」
ランがスタンガンをバチバチと鳴らす。
「おお、怖い怖い」
男はわざとらしく言って見せると、指を動かした。
途端、ランの手元からスタンガンが取り上げられる。スタンガンは天井近くまで糸で吊り上げられ、そしてばらばらに砕かれる。
「先に言っておくが、あんたが捕らえた人質? まあ、『掃除屋』の女だな。あいつとあんたのお仲間は俺の相方が纏めて始末したよ。ほら」
男が指を動かす。すると、とある生首が運ばれてきた。頭部は原型を留めていないほどぐちゃぐちゃに潰れ、脳が露わに。名前も分からない液体が床までぼとぼとと垂れ落ちる。
ランはその途端、気分が悪くなったのか口元を押さえた。
「おいおい、警備隊のくせして死体に耐性ないのかよ」
男は呆れたように笑って、右手を握る動作を取る。するとその瞬間、生首が粉砕された。正体の分からない肉の塊がランの体に飛んでくる。
「おじさん、この人は殺さなくていいのかしら」
少女の声がした。ランは恐る恐る後ろを振り返る。
この家の玄関に立つ、一人の少女。髪は紫色をしていて、瞳の色は右が金、左が赤。
この二人はやはり、ランたち『特殊警備隊』が追い求めていた『夜の蜘蛛』の構成員で間違いない。
「くそっ・・・」
ランは舌打ちをする。自身に勝ち目がないことを悟ったからだ。
「んー、殺すか迷うけどな。まあ、一応人質として捉えておくか」
「それはワタシも賛成。ボスはきっと、警備隊を潰したいでしょうし、それにこの人は利用できそう」
「それもそうだな。よし、連れて行くぞ」
二人は納得して、ランの元へと歩み寄る。
「おい、待て。オレをどこに連れて行くつもりだ」
「そんなのアナタが知る必要はないわ」
次の瞬間、ランは全身を糸で拘束された。身動き一つとれない。糸が深く彼女の肌に食い込んでいる。
「くそっ・・・てめぇら、覚えていろ・・・」
「黙りなさい」
すると突然、少女の背中から黒い触手が出現した。触手は太く、先端が鋭利だ。触手がランの首に纏わり付き、締め上げる。
「あ、がっ・・・」
ランは必死に呼吸しようと喉を鳴らして喘ぐ。口の端から彼女の唾液が零れる。
「あ、ぁ・・・」
ついには意識を失ってしまったようで動かなくなった。
「じゃあ、俺はこいつを車に乗せるからあんたも早く来いよ」
「ええ」
男はランを連れて窓から飛び降りる。ふと、少女は先ほどランの部下から奪い取った写真を眺めた。
赤い髪の少女が、笑顔で映っている。
「ドミナ・・・アナタなの」
少女は写真から目が離せず、しばらくの間立ち尽くしていた。
「おーい、まだかー」
「ごめんなさい、今行くわ!」
外から大声で呼ばれ、オルタは写真を懐に仕舞って急いで部屋を出た。




