4「旅」
リンジュと共に村を後にしたルノートは現在、森の中を進んでいた。目的地は『乖背の魔女』が封印されたといわれる『禁域』という場所だ。
「君と出会えて良かったよ、ルノート。なんて言ったって、ようやく僕は決断できたからね」
リンジュは満面の笑顔でそう言う。
「あの子を封印した場所は魔界・・・つまり魔族が住む領域にある『禁域』とされる場所。魔界は僕の故郷の近くにあって、それが理由で今僕の故郷は戦場となっているんだ」
「戦争ですか」
「そうだよ」
ルノートは何か言いたげな目で彼をじっと見る。
「前に言ったじゃないか。僕は『勇者』を辞めた。だから戦争には参戦しない。故郷とは言え、あの国は僕にとって地獄だった」
リンジュの表情は絶えず明るいままだが、その表情の奥に得体の知れない強い激情が透けて見える気がした。
それからしばらく二人は無言だった。
ようやく森が開けた。少し遠くに門のようなものが見える。また新たな町か、村だろう。
「あの村で隠居していたから、ここに来るのは久しぶりだなぁ」
リンジュは何か後ろめたいものを隠すような笑みを浮かべていた。
彼が羊飼いを務めていた村とは違い、ここは大きな町だった。整備された道を闊歩する商人の馬車、昼の今でも盛り上がりを見せる酒場、木造の住居や他の店もまた立ち並んでいて、総じて人々の活気が凄まじい。
「ここは今最も戦地から離れた町なんだ。だから皆まるで戦争なんか知らないように、明るく振る舞っていられる」
すると、大勢の人々がリンジュへ注目を集めていることにルノートは気付いた。
「おい、あれって」「やっぱりそうだ」
リンジュは気にせず前を進んでいく。
彼は『勇者』として人々に知られた存在なのだ。注目を浴びることに慣れているのだろう。
「すまない。思ったより目立つみたいだ」
「僕は大丈夫ですよ」
ルノートを気にかけてか、リンジュが申し訳なさそうに言う。
二人は町の中をしばらく進み、ようやく外と繋がっている門へ。
この町の出口だ。
「待って!」
突如として背後から呼び止められた。その声はルノートにとって聞き覚えのある声で――。
急いで振り返った。背後にはこちらへ向かって走り来る少女の姿。そのさらに後ろには馬車があり、どうやらこの少女はその馬車から降りてきたようだ。
長い赤髪をポニーテールに結んでいて、獅子のような金色の瞳をしている。間違いない。ルノートは今すぐにでも彼女へ声を飛ばした。
いるはずのない、彼女がどうして。
「ドミナ・・・!!」
ルノートが彼女の名を呼んで少女の前へ。しかし、少女はルノートへ懐疑的な目を向けた。
「誰、あんた」
「え・・・」
外見は完全にドミナだった。それなのにどうして、ルノートのことを知らない。
「そこをどいて。あたしは奥にいるあいつに話があるんだから」
あいつとはリンジュのことだった。ルノートは急いで彼へ視線を向ける。すると、彼は酷く驚いているようで、その場に呆然と立ち尽くしているようだった。
「お兄ちゃん、会いたかった」
少女がリンジュへと歩み寄る。
「どうして」
少女が突然、彼の胸倉を掴んだ。
「どうして遠くに行ったの!! 『勇者』を辞めたりなんかして、何が原因!!!」
少女の怒鳴り声は町中の注目を浴びた。この少女もリンジュと同じように有名人らしく、町中の人々ががやがやと騒いでいた。
それより気になるのが、彼女がリンジュのことを『お兄ちゃん』と呼んだことだった。二人共同じ赤色の髪。よくよく観察すれば瞳の色まで同じだ。
「ごめん」
リンジュは少女の目を真っすぐと見据えて言う。
「僕はもう何を言われても『勇者』に戻る気はない」
リンジュははっきりとそう言い放った。
「どうして!!」
「魔族と争うことが本当に正しいのか分からなくなったんだ。僕はあの時、『乖背の魔女』と戦ってそれを感じた」
言葉を失ったのか、少女はゆっくりとリンジュの胸倉から手を離した。相当強く掴んでいたようで、彼の服は伸びきってしまった。
「つまりは情に流されたってわけね。どこまで堕ちれば気が済むの」
「君こそ早く気付いてほしい。魔族と争うことが本当に正しいのか」
二人の視線が交錯する。
「魔族は父さんと母さんを殺した。国のみんなも殺した。それでも、お兄ちゃんは魔族の味方をするの?」
「僕は魔族の味方をしているわけじゃない。戦争をする意味がないってことを言っているんだ。僕たちこそ彼らの命を奪っている。このままではどちらかが滅ぶまで戦いは終わらない」
少女は何か言いたげに彼を睨み付けている。リンジュもまた、少女の視線に対して強い意志の籠る目線を送り返していた。
「もういい。せいぜい逃避行を続けて。あたしたちの故郷を捨てた裏切り者として」
少女は吐き捨てると、踵を返した。去り際、少女はルノートのことを一瞥したが何も言わなかった。
「こんなところを見せて申し訳ない。まさか、この町にメナスが来ているとは思わなかったよ」
メナス。その名を聞いたルノートは驚いたように目を見開く。
『勇者メナス』。かつて、『魔族』との戦争において『人間』を勝利へと導き、『魔族』を滅ぼしたとされる存在。
しかし、イデラ曰く『魔族』は実のところ滅んでいない。
ドミナと瓜二つの外見に、虚偽の歴史。
ルノートは考えるだけでも頭が張り裂けてしまいそうになった。
「メナスは妹なんだ。血眼になって僕のことを探していたんだろうね。それがまさか、この町に来ていたなんて」
リンジュは言いながら笑みを浮かべた。その笑みは傍から見て明らかに苦笑いと分かる。
「さあ、さっさと先に進もうか」
リンジュの目の色が変わった。彼の目には得体の知れない不気味さが募っている。ルノートは心の内でどこか薄い恐怖心のようなものを感じた。
ルノートは慎重に頷く。二人はそうしてまた進み始めた。




