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3「血と昏睡」

「面倒くさいわ」


助手席の背もたれに(もた)れながら、オルタが呟いた。通り過ぎていく、車窓から窺える深夜の街並みの景色を眺めながら、信号の点滅する青の光をその深紅の瞳に反射させている。


退廃的な美しさを有したその美貌。一度恋に落ちれば身を滅ぼしてしまいそうだと、そう思わせるほど――。


『何とか頼みます。我々は『アルペシア』の傘下組織にこっぴどく利益を奪われているんです。だからこそ、貴方に話を持ちかけたんです」


つい先ほどオルタに対し依頼があった。依頼人は『エイジャー』と言う小規模な組織に所属する二十代の女。『エイジャー』は裏社会で『掃除屋』と呼ばれる仕事を行う組織の一つ。彼らを含め、大多数の『掃除屋』は『アルペシア』傘下、裏社会で最も利益を上げる強大な組織『レルパラス』に仕事を奪われている。つまり、『レルパラス』にばかり仕事が集中している現状を変えてほしいとのことだ。


その方法はずばり、『レルパラス』を壊滅させること。それを望む『掃除屋』組織の者たちは非常に多く、今に限った話ではなく、過去に何回も依頼を迫られたことがある。


以前までは断っていたが――流石に何度も同じような依頼を頼まれ続けるのは鬱陶しい。オルタは渋々と『掃除屋』の依頼を請け負うことに決定した。


報酬もまずまず。金を積んでは来たが、小さな一軒家を購入できる程度の資金。巨大な組織を丸々一つ潰すと言うのに、それでは話にならない。


「一応ボスからの許可ももらっているから、ちょっとした小遣い稼ぎにいいんじゃないか」

「うるさい。今は話しかけないで」

「んだよ」


銀髪の男――エリギアが顔をしかめる。彼の年齢は四十手前、オルタと同じ『夜の蜘蛛』という組織に所属する。

オルタは彼のことを『おじさん』と呼んでいる。これといった深い理由はない。


「おじさん」


オルタがエリギアへ声をかける。エリギアはハンドルを握りながら、「あ?」と返事を送る。


「あそこのコンビニに寄って」

「なんでだよ」

「喉が乾いたの」

「そうか」


都市の外れにまで車を走らせ、ようやくコンビニエンスストアが見えた。従業員の原付バイクが一台止められている以外に車の姿は見当たらない。だだっ広いスペースの空いた駐車場に車を停めた後、二人は車を降りた。


「もうこんな季節なのね」


息が白い。オルタはそれを確かめた後、一人で先にコンビニの中へ入って行った。エリギアは車の鍵をロックしてから彼女の後を追う。


「おい、勝手に先に行くな――」


エリギアが店内に入った瞬間、彼の顔に液体が飛んできた。彼はそっと自身の頬へ触れる。

血だ。


「おいおい」


エリギアは店内を見渡す。入り口のすぐ右手、オルタと一人の男の姿があった。男の胸部に黒い触手が突き刺さっている。


男は店員だ。このコンビニ企業の制服を着ている。


「何殺してんだよ」

「大丈夫だわ。監視カメラは潰したし」

「そういう問題じゃないだろ」


するとオルタが大きく溜め息を吐いた。まるでエリギアに呆れたような。


「これは『特殊警備隊』の伏兵よ。どうやら、ワタシとおじさんは行動範囲を知られているみたいね」


オルタが言い終えると同時に、ふと、駐車場の方から車のドアが閉まる音が聞こえた。


「コンビニに来て正解だったわ。早めに始末できるもの」


コンビニの中に武装した男が二人入って来た。彼らは大きな銃を手に構え、オルタとエリギア目がけて発砲する。

しかし、オルタの触手が銃弾を防いだ。

一発。確実に二人の男の心臓を貫いてから、オルタは触手を背中へと戻す。


秒殺だった。


「外にもいるわ」

「りょーかい」


エリギアはシャツの胸ポケットから煙草の箱を取り出す。中から一本、細長い煙草を取り出して口に咥え、火を点ける。

それから外に出る。


すると幾つかの黒い車が駐車場の出入りを塞ぐように止まっていた。中から大勢の白い隊服に身を包んだ者たちが出てきて、エリギアに向かって一斉に発砲する。


エリギアは片手の指先から青白く白光する無数の糸を出現させた。糸を集めて銃弾の雨を防ぐ盾とする。

糸の硬度を上げている。そのおかげか、銃弾すらも弾き返す凄まじい防御を手に入れた。


銃弾の雨が止んだ。どうやら弾切れのようだ。


「馬鹿だな」


エリギアは糸を操作する。白い隊服の者たちの首へあてがうように。

それから糸を伸ばしている手をぎゅっと握った。すると糸が高速で動き――白い隊服の者たちの首を()ねた。


「さて」


エリギアは煙草の煙を吐き出しながら、ふと、地面へ触れる。オルタが店内から出てきた。彼女はそんなエリギアの行動をじっと見つめている。


「なるほど・・・向こうのコンビニと、三つの飲食店、家の近くの路地、俺が行きつけの銀行の駐車場に伏兵が。はぁ、ったく潜ませすぎだ」


地面を這っていた糸がエリギアの手に戻る。エリギアは糸を使い、ここから一キロ圏内の情報を調べ上げた。


「オルタ、『掃除屋』へ連絡を頼む」

「とっくに済ませてあるわよ」

「流石だな」


エリギアは煙草の煙を吐く。それを見てオルタが顔をしかめる。


「くさいわ」

「我慢しろ」

「冗談わよ。ワタシ、煙草のにおいは嫌いじゃないわ」


すると二人の目の前に幾つかの魔方陣が現れた。魔方陣から覆面を被った黒い服の者たちが現れ、彼らが斃れた『特殊警備隊』の者たちの死体を運んでいく。


「飲み物はいいのか?喉が乾いたんじゃなかったのか」

「買う」

「店員はいないが?」


エリギアはオルタを見て笑う。


「盗めばいい」


オルタもまた彼を見て笑った。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「んー、あのコンビニに送ったメンバーは全滅か・・・」


死体だけでも持って帰りたかったが、どうやら『掃除屋』の連中に運ばれたよう。

だが、破壊された監視カメラのデータに、とある二人の男女が車から降りて来る様子が映っていた。

銀髪の男と、紫色の髪の少女。


この間起きた、エリヴェック家誕生日会惨殺事件の犯人はこの二人だと考えられる。


二人の素性は不明。戸籍すら存在しているのか怪しい。以前、彼らが生活の拠点としていたとある家があるのだが、他人の名義で借りられていた。

そこまで突き止めたはいいが、二人が何者で、何を目的に行動しているかが判明しない。


「まだ調査を進めないとかぁ」


ブルースはポケットから棒付きの飴を取り出し、包みを開けて口に咥えた。

彼はオフィスから出て廊下を歩き、外へ出る。喫煙スペースの方に、ふと明るい橙色の髪が見えた。


「やあ、ラン」


ランと呼ばれた女。ブルースの上司兼特殊警備隊の総隊長であるマリと瓜二つの外見。ランもまた特殊警備隊特有の白い制服を着ている。狼を思わせる鋭い目がブルースを向く。彼女は煙草を口から離すと、溜め息と共に煙を吐いた。


「てめぇか。なんだ、暇なのか」

「暇ではないけれどさ、昨日の件をきっかけに楽しみが爆発してね。どうしても考え事をしたくなるんだ」

「相変わらずの変態嗜好(しこう)か」

「変態は流石に失礼だぞ」


ランとブルースは同期であり、同じ年齢。それはマリも同じだ。なにせ、マリとランは双子なのだから。


「どうだ、今は良い感じか?」

「僕が飴を食べている時は捜査が上手く進んでいる時さ。そろそろ覚えてくれてもいいよ」

「そんなのいちいち覚えてられるか」

「ははっ」


大袈裟に笑い飛ばすブルース。


「そろそろだと思うけどねぇ。そろそろ、決定的な何かに辿り着く」


彼の目は爛々(らんらん)と輝いていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


オルタとエリギアと特殊警備隊が動く数日前。

朝を迎え、目が覚めたドミナは隣で安らかな表情で眠るルノートを見やる。


「ルノート・・・おはよう」


返事はない。珍しくまだ彼は眠っているのだろう。


「おい、朝だぞ。今日は任務があるんだ。早く起きろ」


反応はない。


ドミナの心の内に沸々と焦りが湧き上がる。


「おい、ルノート・・・!おい!」


何度呼びかけても、彼の体を揺すっても目を覚まさない。ドミナは急いで彼の呼吸と脈を確認する。寝息は聞こえないが、呼吸はしている。脈に異変も見られない。至って平常だ。


「おい、起きろ・・・お願い、起きてよ・・・」


段々と声が弱々しくなっていくドミナ。彼女の目には涙が浮かんでいる。これだけしても彼は何の反応も示さない。


ドミナは途轍もない不安に襲われた。ルノートの身に何かがあったに違いない。


「ルノート・・・!! 起きて、起きてよ・・・!!」


ドミナは遂に泣き出してしまった。彼の体に顔を埋めて、何度も呼びかけ続ける。


「息はしているのに、どうして・・・」


理解が追い付かない。パニックになった思考は正常に働かず、ただ涙だけを溢れさせてくる。

ドミナは手を震わせながら、枕元に置いていたスマホを手に取る。急いでユエムへと電話をかけた。しかし、何度呼び出し音が鳴っても、彼は電話に応答しなかった。


「どうして・・・!」


ドミナはスマホをベッドの上に投げつけた。


「ルノートが大変な目に遭っているのに、私は何もできないのか」


いつまでも眠り続けるルノート。その隣で彼女はずっと泣いていた。


泣き腫らした目のドミナははっとして、時計を確認する。すでに三十分以上の時間が経っていた。任務どころでも、泣き続けている場合でもない。


このままでは、ルノートは・・・。最悪の想像が彼女の脳内に現れる。


「救急車・・・救急車を呼べば・・・」


病院へ行けばどうにかなるのだろうか。ドミナは行ったことがない病院のことを想像して、スマホを手に取る。

だが彼女たちに保険証はない。また、病院へ迂闊に行けば二人の素性『アルペシア』の存在を知られてしまうリスクがある。そうなってしまえば、今よりも危うい状況になってしまうことは明らかだった。


「それは駄目だ・・・なら、どうすれば・・・」



スマホの連絡先を探る。ユエムは応じない。アヴォイドは論外。クレシアなどアパートの住居人の者たちは仕事で今いない。残るは――。


「ヴェイラさん・・・」


ドミナを組織へと招き入れ、かつてドミナの教育係だった者。それがヴェイラ。彼女は今『アルペシア』を脱退して別の組織で活動している。


彼女しか、頼りになれる人がいない。


ドミナは急いで電話をかける。これでヴェイラが応答しなかったら、成す術をなくす。

なんとか電話は繋がってくれた。ドミナは震える手でスマホを耳元へ運ぶ。


「もしもし、ヴェイラさんお久しぶりです。ドミナです」

『ドミナか。久しいのう。それで、こんな朝早くにどうしたのじゃ?』

「すみません、一つ頼みがあります・・・」


ドミナは必死に事情を説明した。ヴェイラは「んー」と考え込む声を上げた後、


『妾の朋友が院長を務める病院があるのじゃが、そこへ行くといい。妾からあちらへ連絡はしておく』

「ありがとうございます!」


その病院の住所と連絡先を教えてもらい、ドミナはルノートを抱え、呼びつけたタクシーに乗って病院へ向かった。


そして現在。

あれから数日が経過したと言うのに、ルノートは一向に目覚めない。医師から体に異常は見られないと伝えられたが、理解できない。

さらに、ユエムからも『心配する必要はない』とだけ言われたが、それに対してもドミナは納得していない。


「どいつもこいつも、どうしてそんなにルノートを・・・」


ルノートを預かってくれた病院の一室。椅子に座り、ドミナはベッドで眠る彼の姿を眺めていた。

本当に穏やかな寝顔だ。


「待ってるから・・・」


ドミナは彼の手を握る。今はただ彼の無事を祈ることしかできなかった。


「ドミナちゃん、そろそろ行きましょ」


心配して見舞に来てくれたクレシアに呼びかけられ、ドミナは立ち上がる。面会時間も終了を迫っていた。


「一体何があったのかしらね」


クレシアの言葉が耳を通り抜けていく。ドミナは今、誰の言葉も届かずにいた。


家に帰れど、ルノートの姿を探してしまう。彼がいなければドミナは何もできない。


「ルノート・・・」


鬱々とした表情のまま、ドミナはベッドに飛び込む。病院から帰ってきて、着替えることもなくそのまま。


「どうして何もできないんだろうな」


力なら手に入れたはずだった。だが、現状こうして何もできずに悶々と生活を送っている。

途端に涙が溢れてきた。ルノートが目を覚まさなくなってから、頻りに泣いてしまう。ドミナは枕に顔を埋める。


「いやだ・・・いやだよ・・・ルノート・・・! 早く戻ってきてよ・・・私を――わたしを一人にしないで」


彼女の悲痛な声が部屋に響いた。


『其方の血肉を寄越せ』


また、幻聴だ。

ドミナは耳を手で押さえる。


「もう嫌だ・・・ルノート・・・助けて・・・」


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