10「報道」
ホテルの屋上。柵に靠れ、白い長髪を夜風に躍らせながら、女は仄白い息を吐く。黒いドレスが夜の闇に溶け込むように、優雅に靡く。
少し前に大きな爆発があってか、地上、そしてホテル内部では大騒ぎだ。それがドミナのせいであることを、女は知っている。
屋上には彼女一人、しかし、そこへとある複数人の男たちがやって来た。このホテルの制服を身に着けた彼らは皆武装していた。どこからか銃を構えてきて、懐には刃物まで忍ばせている。
「貴様も『アルペシア』の者だな!ボスの仇を討たせてもらう!!」
一人の男がそう叫んだ。女は不意に微笑む。その瞬間、彼らの視線が彼女へと釘付けになる。目が離せない。恍惚として我を忘れた彼らに女は歩み寄る。
「あくまで私はただの協力者。彼らの行う暗殺や商売には興味がないわ」
男たちは何も答えられない。彼らはどうやら呼吸ができないようで、苦しそうにかっかっと喉を鳴らし始めた。
「私は『魔王復活』を目指してるの。貴方たちと同じような浅はかな人たちと一緒にしないでちょうだい」
女が先ほど叫び声を上げた男の肩へ触れる。それから彼女は彼の耳元へと唇を近付ける。
「貴方たちが『アルペシア』を裏切ったことはどうでもいい。ただ――私の計画に邪魔をするような真似をしないで」
次の瞬間だった。女の金色の瞳が怪しげに光を灯す。十字の模様が色濃く光の中に浮かび上がる。
「素敵」
男たちの首が潰れる。血が彼らの口から大量に吹き出した。
「最高の『復讐心』だったわよ」
首を人間のものとは思えないほど潰された男たちが一斉に倒れる。その光景を眺めながら、女は妖艶に笑みを浮かべた。
「取り敢えず、彼に報告ね」
女は懐から携帯電話を取り出すと、『ユエム』と名前が書かれた人物へ電話をかけた。彼はすぐに応答した。
『ウツグ様、いかがなさいましたか』
「貴方が協力の同盟か何かを結んでいた『狼虎』、『サイクロン』とやらが組織を裏切ったみたいね。それに、彼の体に傷を負わせたみたい。貴方のとこの例の赤髪が救出に向かったけれど、無事帰れる保証はないわ」
『なんと――!?』
「どうにかしたいなら早く迎えに来なさい。でないと、大変な目になるわ」
ユエムは低く唸る。
『分かりました。組織の者に迎えに行かせます。ウツグ様もどうかご無事で』
返事をせず女は電話を切った。彼女は溜め息を吐いた後、突如として宙に指を伸ばす。
次の瞬間、空間に裂け目が生じた。文字通り指を伸ばした場所に亀裂が入ったのだ。
裂け目の向こうには草原のような緑の景色が広がっている。彼女はそこへ踏み入ると共に、屋上から姿を消した。裂け目もまた、彼女が中へ入ると共に消失したのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
バー『パルシェ』。赤い壁に吊るされた白い毛玉の装飾。店の隅に飾られた形ばかりのクリスマスツリー。明後日はまさにクリスマス。キリスト教という人間が信仰する宗教があるのだが、それが魔族、精霊、その他種族の者たちへと浸透していき――その文化の一つ、クリスマスは彼らにとっても馴染み深いものとなった。
茶髪の若い男――アヴォイドは、真冬にタンクトップ姿で酒を呷りながら、酔いを楽しんでいた。
「ユエム様ぁ、オレにも教育係やらせてほしいっすよぉ」
「お前は何をしでかすか分からんから駄目だ。特に女性関係」
「ちぇっ」
そんな会話を交わしながら二人は、カウンター席で共に酒を飲む。店員がカウンターの奥でじっとその光景を眺めていた。
すると、バーの天井から吊るされたテレビにとある報道が映し出される。
『シンフォニ中心都市第四地区のホテル『ウルフパラダイス』にて、大規模な爆発が発生したとのことで――』
緊急速報で映し出される、最上階が大破したホテルの映像。それを見たアヴォイドが「んあ」と間抜けな声を上げる。
「これってあの二人が任務で行った場所じゃないんすか?」
「そうだな」
「いやぁ、ここまで大々的に報道されちゃまずいんじゃないすか。爆発の原因、絶対あの二人でしょ」
ユエムは重く溜め息を吐いた。それはこの報道のせいでもあったが、一番はルノートとドミナを気に病んでのことだった。
「あの二人だけは何としてでも傷を付けるわけにはいかない」
ユエムは誰にも聞こえないよう呟く。
「警備隊が動くっすねこれは」
アヴォイドが酒をまた呷る。
シンフォニ王国の治安維持組織である、シンフォニ警備隊。彼らは『アルペシア』を含め、犯罪組織に関して常日頃から調査を行っている。摘発され、壊滅した組織も数多い。
今回のこの報道。『狼虎』と『サイクロン』の二つの組織の存在が露呈することは間違いない。彼らを通じて『アルペシア』の存在までもが露呈してしまえば、少し面倒なことになる。
ユエムはテレビの画面をじっと眺める。すると報道は次の話題に映る。
『数週間前、現国王ディエゴス・シンフォニ様のご令弟である、トエコス殿下が殺害され――』
この国を揺るがす大きな事件として、最近の報道はひっきりなしにこの出来事を取り上げている。
「やっぱり話題にもなるもんっすねぇ・・・ユエム様、葬儀には参列しないんすか」
アヴォイドの台詞に対して、ユエムは笑い飛ばすように鼻をふんと鳴らした。
「自業自得だ。私は葬儀になど参列したくもない――そもそも王族から追放された私のような奴が、葬儀には参列できん」
「それもそうっすね」
アヴォイドは適当に返事を返す。
二人は再び酒の入ったグラスへと口を付けた。




