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桃太郎  作者: はな
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4.オニヤンマ

山の麓、木々に隠れるようにして建つ豪奢な邸宅。


しかし、その立派な建物は足の踏み場もないほど道具や書類が散乱した巨大なゴミ屋敷と化していた。


そこへ、スーツや制服に身を包んだ鬼どもが踏み込む。


「おい、家財をすべて外へ運び出せ! 強制執行だ!」


鍵を壊してドアを開け、靴を脱がずにぞろぞろと入り込む。


そこへ頭上から空間を引き裂くような金属的な羽音が降ってきた。


巨大なオニヤンマがはねを震わせて滑空してくる。


「待ちなさいよ! あんたたち、何様のつもり!?」


鬼の一人が、懐から取り出した書類を突きつける。


「税金と社会保険料の未納があるので家財を差し押さえる。これが社会のルールだ」


その瞬間、オニヤンマの複眼の奥で何かが弾けた。


「ルール!? 笑わせないでよ! 流行り病のせいで仕事が全部なくなって、こっちは一文無しになったのよ!? なのになんで、前年の所得を元に、そんな巨額の税金と社会保険料を今になって請求してくんのよ! 払えるわけないじゃない! あんたたちの言うルールって、人間を殺すためのシステムなの!?」


弾丸のように言葉を浴びせるオニヤンマに、鬼は表情一つ変えずに言い放つ。


「泣き言を言うな。ルールは一律で厳格なものだ」


「厳格ぅ!? どこの口がそんなこと言ってんのよ!」


オニヤンマは空中でホバリングしながら、さらに声を尖らせた。


「あんたたち定住者のルールなんて、曖昧さと建前だらけじゃない!


『速度制限』の看板の数字を真面目に守って超低速で飛んでたら、あんたたちの仲間は『空気を読め』『邪魔だ』って私を散々煽ったわよね!? ルールは守らなきゃいけないんじゃないの!?


パチンコ屋の裏で景品を買い取る『三店方式』だの!ソープランドで『自由恋愛だから売春じゃない』だの!


都合の良い時だけ建前作って法律の網の目をくぐり抜けてるくせに! なんで自分たちのルールの時だけ、神様みたいに厳格なフリして私の全てを奪うのよ!おかしいじゃない、そんなの白黒ハッキリさせなさいよ!」


しかし、国家のシステムを淡々と執行する鬼どもは、その凄まじいマシンガントークに眉一つ動かさない。


冷酷なまでに事務的に、邸宅の中から全ての家財を運び出し、そのまま平地へと去っていった。


後に残されたのは、ただ広いだけのゴミだらけの邸宅。


床にへたり込むオニヤンマ。


「なんなのよ、あいつら……! 都合のいい建前ばかり並べ立てて、私の身体も、私の生き方も、私の稼ぎも、全部あいつらの型に嵌まらないからって、毟り取っていくのよ……!」


その熱の籠もった激しい怨嗟の声を前に、邸宅へ足を踏み入れたタヌキは完全に気圧され、「ポ、ポキョ……」と口を半開きにしたまま硬直していた。


南部馬もまた、上品な耳をぺたりと寝かせたまま一言も口を挟めずに立ち尽くしている。


静まり返った汚部屋の中、桃太郎が静かに歩み出た。


細い手で腰のウメガイの柄をトントンと叩き、巨大な複眼を見つめる。


「私は、ドーニン山の桃太郎だ」


その声が響いた瞬間、オニヤンマの言葉がぴたりと止まった。


「お前の怒りは正しい。平地の鬼どもは、自分たちの都合の良い枠に嵌まらない者を、システムを使って合法的に、罪悪感なく殺そうとする。


オニヤンマ、お前、その誰よりも速く飛び回る力と、その熱い心を私に貸しなさい。私たちと一緒に、あの鬼の本拠地を叩き潰しに行くんだ」


オニヤンマは、巨大な複眼を激しく震わせた。


「……いいわ。あなた美人だからついて行ってあげる。でも、これだけは先に言っておくわね。


私、元々は男の子の体に生まれてきたの。でも、成長するにつれて身体が女の子になっていって、今は性転換して、女の子として生きているの。それでもいい?」


桃太郎は端正な顔立ちを崩し、優しく微笑んだ。


「関係ない。お前はお前だ。さあ、行きましょう」


落ち着きのなかったオニヤンマの四肢とはねがピタッと止まった。


「……オッケー! 約束の時間はいつも守れないけど、鬼の首を撥ねる瞬間だけは、絶対に遅刻しないであげるわ!」


キィィィン、と金属的な高音の羽音が鳴り響いた。

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