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桃太郎  作者: はな
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12/15

12.黙哭

建物の奥で何かが崩れる音が響いた。


その音に混じって、重い蹄の音がゆっくりと近づく。


南部馬は瞼を閉じたまま廊下を歩いている。


音、振動、匂い、空気の味。


五感を通じて得られるあらゆる情報が脳裏にイメージを作り出す。


「皆様はご存知ないのでしょうね」


鈴を転がすような静かな声だった。


しかし警察官たちは耳を塞ぎたくなった。


その声だけが不思議と騒音の中から浮かび上がって聞こえる。


「私には、蛍光灯の唸り声も聞こえます」


ドン。


「遠くの冷蔵庫の振動も」


蹄が壁を打つ。


「人が苛立つ時の呼吸の乱れも」


石膏が砕ける。


「誰かが泣きそうになる時の心臓の音も」


壁に大きな亀裂が走る。


「昔、人々は私達を『引っ込み思案』と呼びました」


南部馬は微笑みを浮かべた。


「『その根暗な性格を直しなさい』と」


微笑みが歪む。


「やがてHSPという言葉が流行りました」


蹄が床を鳴らす。


「すると多くの方々が名乗り始めたのです」


振動が建物中へ広がる。


「私も傷つきやすい」


一歩。


「私も繊細だ」


また一歩。


「人の気持ちがわかる」


彼女は首を傾げた。


「だから私もHSPだ」


遠くでスズメバチの羽音が響く。


「本当にそうだったのでしょうか」


警察官たちは後退り、南部馬の巨体をただ見守るしかない。


「大半の方は、私たちの苦しみを知ろうともなさいませんでした」


彼女の声はどこまでも穏やかだった。


「『感受性の豊かな優しい自分』


『他人の気持ちが分かる自分』


『傷つきやすくて特別な自分』


その物語に酔っていただけでした」


強烈な蹴りが壁を砕いた。


破片が崩れ落ち、粉塵が舞う。


「その結果」


南部馬は静かに続ける。


「本当に苦しんでいた者達の声は、雑音の中へ埋もれました」


彼女は天井を見上げた。


「私達はいつもヘトヘトで、毎日が限界なのです」


南部馬は初めて怒りを滲ませた。


「あなた方は私達の苦しみを理解しなかった」


蹄が床を打ち、建物全体が震える。


「理解したつもりになっただけです」


轟音と共に、廊下の壁が崩れ落ちた。

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