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あー、楽しかった!



「カイ!起きて起きて!」

「ん…」


 目を開けると、森の奥の方に行っていたリアナが満面の笑みでぼくを見ていた。


「あれ、ぼく寝てた?」

「うん、ちょっとの間ね」


 顔を上げると、父がぼくの頭を撫でた。

 

 頭の下には父の膝がある。

 どうやらぼくは知らない間に眠っていたようだ。


「この程度で疲れちゃうなんて、まだまだカイもお子ちゃまだねーっ」


 ぼくの顔を覗き込んだリアナはやけに上機嫌だ。


「私なんか__ほら!レア物ゲットしちゃったもんね!」


 そう言ったリアナは、後ろ手で持っていた上機嫌の理由をぼくにバッと見せつけた。


 少し傘の重たそうな茶色のキノコ。

 森に入ってここまで、見たことのない種類のものだった。


 でも、ぼくはそのキノコに見覚えがあった。



「__あ!それ、マーツ茸じゃん!」


 思わぬ物を見たぼくは父の膝から飛び起きて、リアナの手に包まれたキノコをまじまじと観察する。


「へへん、いいでしょー?」

「すご…本当に見つかるなんて思わなかった」


 マーツ茸は一ついくらで取引されるなかなか高級なものだ。

 ちょっと探した程度で見つかるとは思っていなかった。


「良かったね、リアナちゃん」

「うん!一つだけだけど、帰ったらみんなで食べる!」


 再び満面の笑みを浮かべるリアナ。

 ぼくはそれを見て少し嬉しくなった。


 初めての街の外、初めての探索。

 こうしてリアナが大きな思い出を作ってくれて本当に良かった。


 そう思っていると、ぼくの顔を見たリアナがリュックにマーツ茸をしまいながら呟いた。


「…カイの分は、ちょっとないかもだよ」

「いらないよ!リアナが採った物でしょ!」


「じゃあ、なんでそんなニヤニヤしてるの?」

「いや…リアナが嬉しそうだなと思って」


 そうぼくが言ったら、リアナは若干引いた顔をした。

 マーツ茸をリュックに片付け、口の紐を縛ったところで、


「それでその顔は、ちょっとキモいから気をつけなね…」

 小さめな、でもぼくに聞こえる声で呟いた。


 …大きなお世話だよ。




「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 

 その後飲み食いした物のゴミをまとめて休んでいた場所の片付けを終えたぼく達は、街へ帰る為に広場を後にした。


「二人とも、体調は大丈夫?」

「ぼく問題ないよ、リアナは?」

「私も大丈夫!__っ!」


 軽快に手を上げたリアナが、少し顔を歪めて手を引っ込めた。


「どうしたの?リアナ」

「知らない間に怪我しちゃってたみたい…あはは」


 ぼくはリアナがかばう手を覗き込むと、端の方に少し抉れたような傷が付いているのが見えた。

 少し遅れて父もその怪我を覗き込むと、疑問の顔を浮かべながらそっと傷の付いた手を両手で包み込んだ。


「うーん…魔法で守られてるから、こんな傷つかないはずなんだけどな…」


 包んだ両手の中に光がほとばしり、その後父が手を開いた時にはリアナの傷は跡形もなく消え去っていた。


「まあ、何かに引っかけたのかな…気をつけるんだよ、リアナちゃん」

「うん、ごめんなさいっ!」


 注意を促されたはずのリアナは元気よく返事をする。

 傷がついたことも、それを注意するように言われた事も特に気にしていない様子だ。


 まあ、それもリアナらしいといえばそうなのだろう。


 __良かったな。


「うん、本当に良かった」



「…え?何が良かったの?」

「ん?あれ、ぼくなんか言った?」


「何それ…ハロルドさん、さっきから何かカイが変なんだけど!」

「はは…疲れてるんだよ、二人とも早く帰ろうね」



 

 静寂に包まれた森にぼく達の声が響いて溶ける。

 他に探索者もいなければ、危険な魔獣なども結局出なかった。


 でも、それで良かったんだ。

 初めての探索だから、何もないくらいがちょうど良い。

 なんなら、リアナは忘れられない思い出になったに違いない。



 また、探索者になったらここに来よう。

 今度はちゃんと自分の力で。

 出来れば、リアナと一緒に。


「楽しかったね!カイ!」

「ああ、楽しかった。とっても」


 

 ぼく一人だと、ここまで楽しくはならないだろうから。






 それから街に帰ったぼく達は組合に向かって父の報告の様子を聞いていた。


「どうでした?子どもと行った、久しぶりの巡回は?」

「子ども達、とっても楽しそうでした。ありがとうございます、情報をくれて」


 カウンターの向こうにいるのは父より一回りくらい年が上の男の人。

 親しげに話している様子を見るに、普段から仲良くしている組合員の人なのだろう。


「そうそう、情報といえば…今日は『平原』の方が大変だったそうですよ」

「…強い魔獣でも出たんですか?」


「…それが、分からないんです。二、三組の探索者が巡回中に負傷したそうなんですが、皆口を揃えて『いつの間にか怪我をした』と言っているんです」


 話を聞いた父の表情が少し曇る。


「…よかった、と言ったらその探索者には悪いですが…森が特に何も無くて良かったです」

「ええ、本当に。また詳しい事が分かったら依頼をするかもしれませんが…とりあえず、お疲れ様でした」


 その言葉を最後に父は組合員と会話を終えた。

 まだ少し表情が固いような印象を受けるが、ぼく達の方を向いた父はニコッと笑ってぼく達を組合の外へと促した。




 その後、微睡(びすい)前の時間辺りになって、ぼく達はトゥリアテセラへと辿り着いた。

 

「ただいまっ!」

「あら、リアナ。お帰りなさい」


 軒先で待ち構えていたアリシアがリアナをギュッと抱いて迎え入れる。

 おそらくぼく達が近付く気配を感じ取って軒先に出てきたのだろう。


 二人の声を聞いてベリスが遅れて出てきた。


「おう、リアナ!楽しかったか?」

「うん!とっても!」

「そうかそうか!良かったな!」


 リアナは会話を交わしながらベリスに抱きつく。

 その様子を微笑ましく見ていたアリシアに、父はそっと耳打ちした。


「ねえ…どこまで話して大丈夫なの?」


 父の言葉を聞いたアリシアは口元に手を添えてふふっ、と小さく笑う。


「大丈夫よ。ハロルド達が行った後にあの人には伝えたから」

「そっか…良かった」


「オロオロして可愛かったわよ?店を閉めて着いて行くって言い出したから、流石にそれはキツく言って止めたけれど…」


 ぼくと父は『キツく言って』のところで揃ってブルっと身震いした。

 

 何なんだろう。

 この人が言うと、何故か凄みを感じてしまう。



「カイ、また行こうね!」

 リアナはベリスの手を頭に乗せたままぼくを呼んで手を振った。

 その様子を見て、楽しかった探索もこれでおしまいなんだと少し寂しくなった。


「うん、またね!」


 でも大丈夫。

 またきっと行ける。


 子どものぼく達か、探索者のぼく達かそれは分からない。

 でも、必ずまた行けるとそう感じた。





「ただいま!」

 それからぼく達は家に帰った。

 

 半日ぶりの家。

 何だかすごく前に旅立って帰ってきたような、そんな気分だ。


「あらあら、お帰りなさい」

 ぼくの声に反応してリビングの方から母が顔を覗かせた。

 そのままトコトコと歩いてきた母は、少ししゃがんでぼくの頭をそっと撫でる。


「どう?外は楽しかった?」

「__うん、すごく楽しかったよ!」

「よしよし、良かったわね」


 そのままポンポンと頭を叩いた後、今度は立ち上がって父と見つめ合った。


「あなた、お帰りなさい」

「留守番させちゃってごめんね、ただいま」


 そのまま二人は軽く抱き合いキスをした。

 いつも通りの光景。

 ぼくはいつも通りため息をついた。


「__あら?腕、どうしたの?」


 唇を離した母が、父の腕にそっと触れた。

 その言葉にぼくも父の腕を見ると、少し震えているように見えた。


「ん?あれ、どうしたんだろう?」

「どこかで怪我をしたの?」

「いや、それはないよ。多分__半日ぶりにヘレナを抱いて嬉しかったんだろうね」


 そう言って父はもう一度母を抱きしめる。


「ふふ…もう、あなたったら…」


 母もそれに合わせて父の腰に手を回す。



「もう…勝手にやってなよ…」


 ぼくはその様子をジトッと見た後、さっさと靴を脱いで自室へと帰っていった。




 部屋に帰ったぼくはリュックを部屋のフックにかけて、中身を取り出した。


 リアナがくれたお菓子。

 リアナがくれたパン。

 そういえばリアナが詰めていたキノコ。


「なんだこれ…リアナのばっかじゃん」


 それらを外に出していくと、リュックの奥の方にあった物に手が触れた。


「あ…」



 忘れてた。

 街に帰ったら交換しようと思っていたのに。


「まあ、いっか…次の機会でも」

 

 ぼくはそう言って、可愛いキャラのシールが貼ってある機械を取り出して机の上に置いた。



「今日は色んな事があったな…」


 本当に初めての事だらけの一日だった。

 

 街の外に出た。

 外の本当の空気を吸った。

 森と呼ばれるところを探索した。

 父の魔法をしっかりと見た。


「リアナも楽しそうだったし、行って正解だったな…」


 途中ちょっと苦しそうにしたり、毒キノコに青ざめたりしてたけど、それも多分いい思い出になっただろう。

 痛そうにしている顔を見るのは辛かったけど、最後笑って別れる事が出来たし本当に良かった。


「カイー、ご飯出来てるわよー」

「うん、すぐ行くよ!」


 ぼくは急いで着替えて台所へと向かった。

 匂いが家の外まで漏れていたから、今から何を食べるかはもうとっくに分かっている。


 

 でも、すごく楽しみだ。

 今日のご飯は、どんな味がするのかな。

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