アタシ、最強ォッ!__なんてな
「オラァ!」
スクルージが振った棍棒が空気を薙いだ。
触れただけでボロクズになってしまいそうな一撃。
ぼくの身体はそれをしゃがんで軽く躱した。
「気合い十分だな、っと」
苛立ちを見せるスクルージを、ぼくの身体は余裕の表情で睨め上げる。
「気合いだけは、な?」
「うるせぇ!死ねや!!」
しゃがんだままで不安定な体勢のぼくに、スクルージは棍棒を振り下ろす。
それと同時に、地面がボゴッと音を立てるのが聞こえた。
__下!何か来る!
ぼくの言葉が終わるより先に地面から鋭い木の枝が飛び出す。
「わーってるよ、うっさいな」
ぼくの言葉より先に反応した身体が軽く身体を反らすと、頭を貫こうと伸び出した木の枝が顔の前ギリギリを掠めた。
__なんでその体勢から、避けられるの…?
「フェイントだってバレバレだからな__っと、危ねえ」
伸びた枝に手をついて身体を浮かせた所で、耳のすぐ横から風切り音が聞こえた。
ぼくを捉え損なった棍棒が地面に着弾すると同時に、発生した風圧に乗ってぼくの身体はスクルージから離れた場所に着地した。
開戦の合図をしてからこれまで、スクルージは何度もこうして攻撃を仕掛けてきた。
棍棒による打撃。
枝による刺突。
根や蔦による拘束。
そのどれもぼくの身体を傷付ける事は出来なかった。
「クソ、テメェ…いつまでもちょこまかと逃げやがって…」
激しい怒りと共にスクルージの身体からドス黒い魔力が溢れ出す。
これまでいいようにいたぶっていた相手が、突然豹変して攻撃を全て避け始めたら当然そうなるのだろうと思う。
しかも、それに加えて__
「ゴメン、全然当たんないわ!腰が入ってないぜ!オッサン!!」
「黙れや!このガキ!!」
「うおっ、声デカっ!腹にはちゃんと力入ってんのにな!」
「っ!!この__」
怒涛の攻撃を浴びせてくるスクルージに、ぼくの身体はしっかりと煽りも入れ続けている。
子ども一人捉えきれない事実と、更にそれを本人に煽られてるという醜態。
__それにしても、よくこんな事思いつくよね…
「そうか?相手の行動をバカ正直に読むより、こっちの方が簡単じゃね?」
それらによりスクルージの行動は非常に読みやすいものとなっていた。
単純に口が悪いだけでは、とも思ったが、本人がそういうのだからまあそういう事にしておこう。
「…お前、今何か考えたか?」
__いや、何も…?
「そっか…じゃあ、覚えとけ。身体共有してっから全部筒抜けなんだよ、クソが」
バレてる。
これからは余計な事は考えないようにしよう。
__…というか、会話しながら戦闘もこなすって器用すぎない?
「ああ…アイツ、魔法に関してはヒヨッコ同然だからな__って、これはヤバいわ」
ぼくの身体はそう言いつつ、スクルージと違う方向を目掛けて急に走り出す。
それと同時に、少し離れた場所にいるスクルージが棍棒を振り上げたのが見えた。
「クソッ…ガキがァ!!」
『波足』
スクルージが詠唱と共に棍棒を地面に突き立てると、ボコンと地面が波打った。
無数の根が地面から隆起し、逃げ場のない程の密度の壁となってぼくに迫ってくる。
「ぶっ潰れろやァ!!」
壁の向こうからスクルージの怒号が聞こえる。
「随分必死だな、オッサン!そんなに悔しいのかよ!」
ぼくの身体は呼吸をするように煽りを入れて、ある場所に向かっていく。
その場所には、
「__きゃああっ!!」
突然現れた蠢く根の壁に、思わず叫びをあげたリアナがいた。
__リアナ、まだあんな所に…
「『鱗羽織』ってのに囲われてっからな。まだ壊せねえ以上、このくらいの距離にいてくれた方がむしろラクだ」
そう言ったぼくの身体はリアナと壁の間に入り、周囲に浮遊している『黒』を操作し始めた。
『緞帳』
言葉と共に『黒』が半球状の幕に固定されぼく達に覆い被さる。
それと同時に、壁と接触した『黒』から轟音が鳴り響き始めた。
「きゃああっ!!」
「こんなんじゃ死なねえから安心しろ、あと、うるせえから黙れ」
落ち着き払ったぼくの声を聞いて、叫ぶのを止めたリアナが無表情でぼくの方をチラッと見た。
「…」
「…なんだよ」
そのままリアナはぼくの腰元にガシッとしがみつくと、すうっと息を吸い込んだ。
「カイ!!どこにいるのぉ!!」
「うっさいわ!ここにいるだろうが!!」
「…」
「な、なんだよ…」
「早く戻ってきてえ!!ああーん!!」
「甲高い声出すな、アホ!!」
__何してんの…?
「お前の女だろ!何とかしろよ!!」
急に始まった掛け合いに頭の中のぼくがツッコミを入れた頃、『黒』から聞こえていた音は完全に止んでいた。
「ったく…あんま調子乗んなよ?」
「えへへ、ごめんなさい」
ぼくの身体は幕状にした『黒』を小さな球状に変化させて再び周囲に浮遊させていく。
「『あなた』が守ってくれてると思うと、気が緩んじゃった__って、ひゃああ!!」
そして閉じていた幕が開き終わる頃、棍棒を振り上げた体勢のスクルージとリアナの目が合った。
「…女の方かよ」
スクルージはそのまま獲物を振り下ろす。
その攻撃が顔面を打ち砕__く前に、ぼくの身体はリアナを覆う『黒』のワンピースをグイッと後ろに引いた。
「チッ!!」
「残念だったな、バーカァ」
振り下ろされた棍棒はリアナの開かれた股の間に落ちた。
襲い来るはずの衝撃は来ない。
よく見てみると地面を『黒』がうっすら覆っていた。
どうやらこれで衝撃を吸収したらしい。
「ちったぁ気が締まったか?」
開いた股の間に落ちた棍棒を見て、遅れて全身からブワッと汗が出始めたリアナ。
頭の上から聞こえるぼくの声にリアナはもげるほど首を縦に振って答えた。
「じゃあ、このまま少し離れてな」
ぼくの身体はそう言ってリアナを少し遠くに放り投げる。
「えっ、ちょっ__」
放り投げられたリアナは驚きの声をあげるが、すぐに『黒』がリアナを覆って聞こえなくなった。
「お待たせ、オッサン」
「誰も待ってねぇよ!!」
「え、じゃあなんで攻撃しなかったの?無能すぎん?」
「__っ!!」
それからまた、スクルージの怒涛の攻撃が再開された。
迫る棍棒を避ける。
伸びる枝を躱す。
絡みつく根の隙間を抜ける。
避ける、躱す、抜ける。
そのやり取りを数周もした頃、ようやくぼくは一つの疑問を抱いた。
__ねえ、ちょっと聞きたいんだけどいい?
「なんだよ。手短にしろ」
__全然攻撃しないけど、何で?
ぼくと変わってから今まで、ぼくの身体はスクルージに対して攻撃を行っていない。
最初にスクルージを吹き飛ばした一撃も、相手の攻撃を守った結果だったのをぼくは思い出した。
__これだけ動けるなら、攻撃だって出来るよね?
「…お前の身体が使えねえからだろうが」
__え、それってまさか…
「…撃てねえんだよ。アイツに届く威力の魔法が」
ぼくの身体は枝の刺突を避けた。
それに合わせて伸びてきた根に足を取られる。
すかさず振り下ろされる棍棒。
両側からは枝の刺突。
「…チッ」
『緞帳』
襲い来る攻撃を展開した幕で防ぐ。
焦りの表情は浮かべていないが、非常に良くない流れなのはぼくでも感じられた。
先程よりも幕の展開が遅く、守る部分も少なくなっていたからだ。
「この野郎…分かってやってんのか知らねえが、大技を使わねえんだよ」
そう言いながら足に絡みついた根を引きちぎろうと、『黒』で強化した腕で根を掴む。
「使えば魔力を吸えるってのに__」
腕に力を込め根がブチブチと音を立て始めた所で、
「__触れたな?バカが」
『艶脱』
ズリュッ、とぼくの身体の『中』から音が聞こえた。
__いっっ!!いっったい!!なんだ、これ…っ!!
根から入り込んだ『何か』がぼくの中で暴れ回り、激痛がぼくの身体を支配した。
「…っ!」
その痛みにぼくの身体も思わず呻きの声をあげる。
__っ…大丈夫なの…?
「クソ…『黒』でなら防げると思ってたんだがな。思ったより厄介だ」
ぼくの身体は痛みに構わずそのまま根を引きちぎった。
身体に残る痛みは、棘のように刺さって消えない。
そうしているうちに幕を形成していた『黒』は形を崩し始め、その向こうからニヤけ顔のスクルージが顔を覗かせた。
「おやぁ?随分と痛そうじゃねぇか」
「ああ…お陰様でね」
「強がってる奴の顔を歪めんのも悪くねぇかもな。ほら、ぶっ殺してやるからさっさと逃げろや」
「…ずっと避けられてんのに余裕じゃねえか。そろそろアタシも攻撃を__」
「あー、いいわそういうの。何でかは分かんねえけど、攻撃出来ねぇんだってのは分かってっから」
スクルージのその言葉で、初めてぼくの身体から一筋の汗が伝った。
__ヤバいんじゃない…?
「ああ…しかもコイツ、拘束とはいえ魔法を当ててきやがった。一丁前に学習してやがる」
__煽りも効果なくなっちゃったしね…
これまでやってきた煽りはただやりたかったからではない。
一応意味があってやってきたのだ。
煽ると敵の思考が読みやすくなる__これはさっき身体本人が言っていた。
どうやらそれ以外にも二つ、ぼくの身体はこの煽りに役割を持たせていたらしい。
一つはスクルージに大技を撃たせること。
魔力消費の少ない小技で仕留めきれないとなれば、必然的にスクルージが大技を使ってくるとぼくの身体は踏んでいた。
その為、煽りを入れてそれを少しでも促進させようと考えていたようだ。
二つ目はスクルージを学ばせない事。
『魔法に関してはヒヨッコ同然だからな』
ぼくの身体はスクルージが魔法を手に入れて間もない事を、やり取りの中から見抜いていた。
怒れば怒る程、思考は停滞し学習を止める。
ぼくの身体は今の膠着状態を守る為に隙あれば悪態をついていたという訳だ。
「…果たしてアイツに届く攻撃を撃つまで保つかねえ」
だが、ここにきてその膠着状態が破綻し始めた。
スクルージは大技どころか魔法詠唱すらしなくなっている。
今の言葉で、ぼくの身体が攻撃を出来ない事も見抜いている事が分かった。
ぼく達に打つ手はもうないかもしれない。
__あ…
そう考えた時、ぼくは一つの可能性に至った。
「…何だ?」
__いや、ちょっと思いついたんだけど…
なんで思いつかなかったのかは分からない。
何故今なのかも分からない。
でもこの方法しかない__そんな確信だけが胸の中に芽生えていた。
ぼくは思いついた方法を身体に共有する。
ぼくの思考を汲み取った身体は、スクルージの攻撃を躱しながら少し考えた後、
「…確かに、その方法があったか」
そう口にすると共に、これまで抑えていた魔力を爆発させた。
衝撃波が発生し枝や根を散らしていく。
「なっ…!」
突然発生し始めた魔力の波にスクルージが身構える。
それ程大きな魔力がぼくの身体から噴き出している。
__攻撃魔法は使えないんでしょ?
「使えない訳じゃない。だが、一度きりだ。それに、防御も残った『黒』でしか出来ない…つまりこれが成功しなきゃ死ぬ」
噴き出した魔力で辺りが辺り一面に充満していく。
すぐにスクルージの作った壁の中一面をぼくの魔力が支配した。
__危険すぎる賭けじゃないか!そんなんで上手くいくかなんて…
ぼくの問いかけに、ぼくの身体はニヤッと笑った。
「絶対上手くいく。なんたって__」
さっきまでと変わらないようなイタズラ顔。
でもそこには、安心感と嬉しさを滲ませていた。
「__アタシは、最強だからな」
ぼくの身体がそう言った後、視界全てを支配していた魔力が急速に『黒』へと変わっていった。
思わぬ行動に身構えるスクルージはこちらの様子を窺っている。
「アイツがバカなボンクラで助かったよ」
周囲を支配した『黒』が、今度はぼくの身体へと戻っていく。
それを見たスクルージが遅れて動き出す。
その動きよりも早く『黒』はぼくの身体に全て還元され、
「おかげで、あまり邪魔されず済みそうだ__」
ぼくの身体は詠唱を始めた。
『夜統べる女王』
『特化__侵攻』
ぼくの身体は『黒』によって急激に増幅した力を突き合わせた両手に押さえつける。
手の間に生まれた『黒』は周囲を漂うものとは違い、荒々しく漆黒を放ちその輪郭を歪なものへと変えてゆく。
「こいつ一発だけだ。その分ドデカいの作っから、周りの防御はやれよ」
__ええ!?そんな、急に言われても!
「時間がない、ヤツも攻撃してくる。やるしかねえんだから腹を括れ」
__もう…分かったよ!
ぼくが決心した瞬間、ボゴッと音が聞こえた。
枝か根が飛んでくる合図だ。
ぼくは周囲に僅かに残った『黒』を操ってそれを逸らす。
__危なっ!
「おっ、やるじゃねえか」
今の状況を分かってるのかと疑いたくなる程ぼくの身体は冷静だ。
その様子を見て、ぼくも腹を括った。
__長くはもたないから、早くしてね…
十歳なりに、しっかりと腹を括った。
それから、かなりの時間が経った。
いや、時間にするとおそらく数分程度なのだろう。
「クッソ…痛ってえな…」
__ごめん…上手く、出来なくて…っ
ぼくの身体はズタズタの血塗れだ。
血が出ていない所が無いんじゃないかと思うほど、凄惨な姿になっている。
最初の方はまだ良かった。
スクルージが完全に舐め切った事もあって大した攻撃もしてこなかった。
しかし、それを何とか『黒』で凌いでいるうちにスクルージの顔つきが変わっていった。
「…テメェ、何しようってんだ?」
これだけ攻撃を与えても『黒』で防御するだけなのは流石におかしい。
そんな事を言っていた気がする。
そこから先はとにかく酷かった。
棍棒を逸らすのに気を取られて足をやられた。
続けて迫り来る枝は、二本までしか防げず脇腹に穴が空いた。
特に面の攻撃は全く対応が出来ず、衝撃波が来るたびに全身を抉る痛みに襲われた。
「カイ!!」
見るに耐えなくなってリアナがぼくに近付こうとしたが、
「来んな!!邪魔だ!!」
ぼくの身体がそれを阻止してくれた。
「あー痛え。『黒』がボンクラだと、こうなっちまうのか」
__うっ…ごめん…
「リアナちゃん、向こうで泣いてんぞ?こんなボロクズにしやがって」
__出来る事はやったから、っ…許して欲しいかな…
「ま、そうだな。覚悟は褒めてやるよ、よくやったな__」
だが、完成した。
ギリギリだったが、間に合った。
景色を歪める程の力を放つ『黒』の円錐。
これで、勝てる。
「守ってくれて、あんがとよ。カイ__」
一条の闇よ 宙に煌めけ
『宵穿つ槍』
「ハッ…ハハッ!アハハッ!!」
打ち出した『黒』の槍はまっすぐスクルージへと向かった。
轟音を出しながら迫る槍。
とてもじゃないがスクルージの見せた魔法程度では対処の出来ない威力の槍だった。
だが__躱された。
威力は申し分ないものだったが、こと大きさに関してはスクルージを捉えるには十分ではなかった。
迫り来る槍をスクルージは軽々と躱して、そして汚い笑い声を鳴り響かせ始めた。
「ダッセェ、避けられてやんの!!アハハ!!」
ぼくの身体は膝からドシャっと地に崩れた。
魔力を使い果たし全身から血を噴き出すぼくの身体は、もう煽ることもしない。
「そうやって!無駄な事しちゃうの!ホントしょうもねぇよ!!」
撃ち放った槍は避けられた先の壁に当たって轟音を鳴らしたのちに消えた。
残ったのは、壁に空いた小さな穴だけだった。
「無駄打ちご苦労さん!!」
両側から枝が伸びる。
ぼくは最後に残った二つの『黒』でそれをいなす。
「じゃあな!!クソガキ!!」
スクルージが眼前に迫り、奇声と共に棍棒を振り下ろす。
それを防ぐ術は、もうぼくの身体には残されていなかった。
「クソ…ダメか…」
『ぼくの身体』には。
「__ん、何だこれ?」
それは小さな『黒』だった。
頼りない豆粒程の『黒』が、ほんの僅かに棍棒を押し留めた。
「バカが、こんなもんで止められるとでも__」
「__カイ、お前…やるじゃねえか」
時間にするのも憚られる程の一瞬。
『ぼく自身』が作り出した『黒』は、それだけの時間しか稼ぐ事は出来なかった。
__間に合って!!『お父さん』!!
でも、その一瞬はぼく達の生死を決めるのには十分な時間だった。
『撃滅せよ』
豆粒の『黒』が弾け飛び、棍棒が速度を取り戻したその時__目も眩む程の光が壁の穴から差し込み、その光がスクルージを飲み込んだ。
「あァ?__」
間抜けな声を残してスクルージは端まで吹き飛ばされる。
ぼくからも、リアナからも遠い壁の端まで。
代わりにそこに立っていたのは、何よりも頼れる存在だった。
「__まさか内側から穴を空けてくれるとは…さすが僕の息子だね、カイ」
「ハロルドさん!!」
父の姿を見て、涙でグシャグシャの顔をしたリアナがぼく達の元へ駆け寄ってきた。
そのままぼく達の元へ辿り着き__勢いのままぼくの身体へダイブをかます。
「カイ!!大丈夫なの!?」
「グオッ!!痛ってえ!!何しやがんだこの…っ!!」
そこまで言ったところでぼくの身体はハッと気付き父を見た。
「あっ、えっと…お父さん__」
「__大丈夫、分かってるよ。『二人』を守ってくれてありがとう」
『隔絶せよ』
父は言葉と共に詠唱をし、ぼくとリアナに魔法をかける。
「さ、早くここから__」
魔法で発生した光の膜がぼく達を包み込み__パン、と弾けて消えた。
「あー、すまん。光は無理だ」
「そ、そういうもんなんだね…じゃあ、魔力を渡すよ」
そう言って父はぼくの身体に触れた。
そこでぼくはようやく気付く。
__お父さん、右腕が…
「ハロルドさん、その腕…!」
「ん?ああ、外の奴にやられた。冗談じゃないよね、本当に」
父はぼくに魔力供給しながら失った右腕をジッと見た。
少し悲しいような目。
いつも通り散歩に出かけたら、出先で腕をもがれたのと同じだ。
さぞ悔しい事だろう。
「__これじゃ、毎回ヘレナを抱きしめるのにも一苦労だよ。困ったもんだ」
違った。
そんなこと考えていたのかよ。
ちょっと悲しくなってしまったぼくの感情を返して欲しい。
『寧の揺籃』
父からもらった魔力で回復の魔法を唱えたぼくは、立ち上がって父の隣に立つ。
「早く片付けよう。すぐに外の奴がこっちに来る」
「ああ、そりゃ面倒だな」
「ふふっ」
「何だよ、気持ち悪いな」
「いや、まさかこんな日が来るなんて思わなかったから」
「…うるせえよ」
いつもより上機嫌そうな父。
ぼくの身体もそれに応えるように少し浮ついているように思えた。
そうしているうちに壁の方からスクルージが近づいて来た。
父にやられた胴体は大きく抉れ、壁に当たった拍子に切り刻まれたであろう顔は見るに耐えないものになっている。
「クソッ…クソ!!なんでアイツ、殺してねぇんだよ!!」
スクルージは壁の外に向かって怨嗟を漏らす。
「こっちに来ねぇって事は…あの女、俺を切るつもりか…」
その手には光を滲ませた『何か』が持たれていた。
スクルージの周囲を渦巻く魔力はそこから流れ出ているように見える。
「…させねぇよ、そんな事…!」
そして意を決したようにスクルージは、その光る『何か』を口元に運んだ。
『黄泉竈喰』
「…あ?なんだありゃ?」
「まさか、紛い物にあんな使い方があったとはね…」
ぼくの身体がスクルージの変化に気付く。
同時に気付いた父も、それに答えた。
__紛い物…?
ぼくは父の放った言葉に疑問を抱いたが、おそらく今は答えてくれることはないだろう。
「ハハッ!すげぇ!!クソみたいに力が湧いてきやがる!!」
異形。
そう呼ぶのが正しいだろう。
スクルージの身体はドス黒い魔力に侵食されたように変わり果てた姿になっていた。
魔力で作っていた棍棒は姿を消した。
その代わりに無手となった片腕を軽く振るうと、少し離れたぼく達の元まで全身を切り刻むような衝撃が襲ってくる。
『宵穿つ槍』
『射殺せ』
「うおっ!やっべえなこれ!」
「リアナちゃん!僕達の後ろから離れないでね!」
「う、うん…分かった!」
ぼくの身体と父はその衝撃波を魔法で相殺する。
殺しきれない衝撃は父の魔力が全て包み、リアナに届く事はなかった。
「どうやら、さっさと決めるしかねえようだな」
「うん、彼もそう思ってるみたいだしね」
腕を振るった体勢のまま棒立ちをしていたスクルージが、伸ばした腕をグンと持ち上げる。
「俺を翻弄したクソガキと、その父親の忘骨__同時にぶっ殺せたら、流石にアイツも認めるわな」
そして魔法で生成した根と蔦を自身に絡めて、繭のようなものを作り上げた。
「おい…残ってる魔力、半分寄越せ。今度こそ一撃で決める」
「半分もあげたら外の奴と戦えないでしょ。それに多分、四分の一で十分だよ」
ぼくの身体に魔力が流れてくる。
父の魔力の残量の四分の一。
途方もない魔力がぼくの器いっぱいに注がれた。
「ね?足りたでしょ?」
「…馬鹿げた魔力だな。確かに十分だわ」
ぼくはその魔力を餌に『黒』を再び生み出す。
それと同時に、父の身体が強く発光し始めた。
「あれ、これ…」
「気付いた?魔力って本当に不思議だよね」
供給された魔力に何かを感じたぼくの身体。
ぼくは分からないが、普段とは違うものを感じ取っているようだ。
「__さて、向こうも準備が出来たようだよ」
父の言葉と共に、異形と化したスクルージから脳に直接響くような詠唱が飛んできた。
『伽羅纏絡・染弍__"業栂"』
根と蔦の繭から飛び出したスクルージはもう既に人間とは離れたような見た目になっていた。
盛り上がった皮膚は黒く染まり、全身を走るように光る脈が拍動している。
尻尾のようなものも黒い羽のようなものも、おそらく染弍とやらで得た能力の一つなのだろう。
「コロス…コロスッ!!」
男とも女ともつかぬ、不思議な音を鳴らしてスクルージが急接近してきた。
ぼくの身体と父はそれを強化した身体でそれを受け止める。
「グッ!!」
「クソッ…なんだこの力…!」
『射殺せ』
力が拮抗した一瞬を見極めて父が魔法を射出する。
それをモロに受けたスクルージは吹き飛__ばせずに、少しだけ後ろに下がるにとどまった。
「今だ!スクルージに向かって魔法を撃て!!」
「言われなくてもっ…分かってるっての!!」
父とぼくの身体が詠唱を開始する。
それと同時にスクルージも、男女の声が合わさったような声で詠唱を開始した。
暁染まりて夜を抱け
我は闇の女王 敵を殲滅せよ
宵闇照らす陽光の園
我は燿の光帝 敵を殲滅せよ
理染マリテ 餓者ヲ脱ゲ
罪業ノ織手 顕現セヨ
『堕燿の幽冥』
『昇昏の天撃』
『骸織曼荼羅』
これまでにない程の衝撃が全身を震わせた後、消えた。
受け止めきれなかった相手の魔法がいつの間にかぼくの片腕をもぎ取っていた。
ぼくの身体は父を見る。
父も同じように衝撃を受け、全身に浅くない傷を作っているようだ。
「カイ…ハロルドさん…」
後ろからリアナの声が聞こえる。
ぼくの身体と父が使用できる残存魔力を全てリアナの防御に回していた為、リアナの身体には傷一つないようだった。
「あー、痛ってえ!やっぱこの身体全然使えねえ!」
「まあまあ、まだ十歳だから…これから僕達くらい成長してくれるよ」
「フン、どうだかな…」
ぼく達の攻撃は、スクルージの魔法を打ち破り彼の身体を貫いたのを見た。
あれだけの威力の魔法を『合成』して撃ったのだ。
負けるはずがなかった。
それを証拠に、スクルージが展開していた壁が少しずつ崩れていくのが見える。
__ぼく達…勝ったんだね
「あ?まだだろうが」
__え?
「外にアイツより強えのがいるんだろ?そいつも倒さなきゃ__」
「__あら?倒されちゃったのね」
崩れゆく壁の向こう。
少しずつ見えてきた壁の外に女性が立っているのが見えた。
戦場とは思えない程の優雅な声。
その声は、声量とは裏腹にぼく達の脳に強烈なイメージを叩き込んできた。
『死ぬ』
『勝てない』
『殺される』
「『擬似忘骨』も持たせたのにこの程度って、本当に情けないわあ」
全身ガタガタで動かないはずのぼくの身体は、彼女の続く言葉に思わず立ち上がって身構える。
隣で剣を構える父も同じようだ。
全身に異常なほどの汗をかきながら、それでも剣をしっかりと握り相手を睨みつけている。
「テメエ…何者だ!!」
壁が完全に崩れて彼女の全身が露わになる。
二十代か、三十代くらいの女性。
手に持った扇子で隠している為、顔は窺えない。
女性はぼくと父の間の空間を指さす。
「その子、ごめんねえ?出来るだけ抑えてるつもりなんだけど」
指の先を辿ると、苦悶の表情を浮かべたまま気絶しているリアナが目に入る。
ぼくの身体は慌てた様子でリアナを『黒』の中に包み込んで隠した。
「…君は、戦う気はあるの?出来れば今戦いたくは無いんだけど…」
父の言葉にあはは!と笑った女性は、手に持った扇子をゆらっとはためかせた。
「__今日のところは、帰るとしましょうか」
女性は上機嫌そうに続ける。
「何たって今日は『光』と『闇』が手に入った事ですし」
そう言った彼女は全身からフワッと魔力を放出した。
これまでのどれとも似つかない、透明で艶やかな香りを持つような魔力。
「クソッ…何しやがる__」
突然放たれた魔力に呼応するかのようにぼくの身体は魔力を絞り出す。
女性はそれを気にも留めず、
「では皆さん、ご機嫌よう__」
そう言うと扇子をパチン、と閉じた。
『幸福の正夢』




