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歯車は狂い、ただ嗤う



「やっと決めたかよ、ノロマ」


 歩けば数歩程の距離。

 ぼくの辿り着けなくなった距離にいるリアナの背中越しに、スクルージの声が聞こえる。

 

「…別れくらい、言わせてよ」

「わぁってるよ。だから時間だって、はみ出た分はオマケしてやったろ?」


 震える声で応えるリアナを茶化すように、スクルージの声は笑っている。


 自ら身体を差し出す覚悟を決めた者に手をかける。

 ぼくには理解出来ないが、スクルージにとってはさぞ楽しい事なのだろう。


『今を犠牲に、時を待て』


 頭の中に再び声が響く。

 聞き覚えのあるような、でも知らない人の声。


「うるさい…待って、どうにかなるのかよ…」


 自分を犠牲にするリアナをよそにボソボソと頭の中に呟き始めたぼくを、狂ってしまったとでも思ったのだろう。


「ハハッ!女を取られておかしくなったか!!ダッセェ!!」

 リアナの背中の端からニュッと頭を覗かせたスクルージが、これでもかという程の煽りを込めた嘲笑をぼくに向けた。


「何とか言えよ、オイ!取られたくないよぉーって、リアナ、帰って来てぇーって!!ホラ、言ってみろよ!!」

 

 ギャハハ!と声を響かせているその男を、今すぐにでも殺してやりたい。

 

 こんな男にリアナの全てが奪われてしまう。

 そんな事、どうあっても許せることではなかった。

 

 血が沸騰するかのような怒りと、それをぶつけられなくなった崩れた身体への憤りが。

『次のぼくへの指示』となってぼくの思考を支配し始める。


『失わんとするものを糧とし、力と変えよ』


「黙れよ!!ぼくはリアナを失いたくないんだ!!__今すぐに寄越せ…寄越せよ!!」


 ぼくは声の主に向かって叫んだ。

 頭の上から降り注ぐ声に返すように、ボロボロの手を突き上げながら必死に声を絞り出す。


 

「おい見ろよ、リアナ!コイツ、おかしくなっちまったぜ!!」

「…私が来たんだから、カイにはもうちょっかいかけないで」


「そうだよなぁ。自分の身体を差し出してでも助けたい、大切な男だもんな?」

「そうよ。私はただ、お前に…」


「俺に?」

「…っ」


「俺に何をされるのが、望みなんだっけなぁー?」

「…殺、される…」


「ん?何て?」

「お前に…殺される為に来たのよ。だからそんな気持ち悪い言い方しないで」


「悪ぃ悪ぃ。お前らみたいなクソの片割れを殺す時は、つい相手を煽っちまうんだ」

「最低ね…気持ち悪い」


「お?そんな事、言っていいのか?あっちのガキもお前の後にやっちまうぞ?」

「…私を殺す代わりに『誓う』と言った事、忘れたとは言わせない」


「あー、そうだな…『誓い』は絶対だ。流石に俺でもそれは曲げられねぇ。

 __じゃあ、とっとと始めっか。な、リアナちゃん?」


「…気持ち悪い。さっさと、終わらせて…」



 二人の会話は全てはっきりと聞こえている。

『黒』により塞がれた視界の中に、二人の声は鮮明に響いた。


 激情と共に内から溢れ始めた『黒』がぼくの視界を閉ざし指示する。


『喪失を孕む少女の音を聞け』


 最初は浮かんでいただけだったその言葉は、『黒』と共に意思を持った指示をぼくに与えてくる。

 その意思にぼくは少しずつ理解を始めさせられていた。


 __クソが…偉そうに言ってないで早くしろよ、ノロマ…


 今はただ大切な人が死に穢される声を、渦巻く感情に変えて身の内に押し殺す。

 少しずつはっきりしてきた、右腕にかかる身体の重みを感じながら。




「__てか、何突っ立ってんだ?やりづれぇだろうが」


 スクルージの声に遅れて地面を踏む音が耳の奥に響く。


 ザッ…


 ザッ…ズザッ…


「…っ!」

 

 息遣いと共にザッ!という音を地面が鳴らし、それを最後に足音が止まる。


「…これでいいでしょ」

「ん、何がだ?俺はやりづれぇなって言っただけなのに、お前が来ただけだろうが」


「っ…!紛らわしい事言わないで!」

「おーおー、そんな顔向けんなよ。じっくり楽しむ予定なのに、やっちまいたくなるじゃねぇか」


 

 その時、ぼくの身体に何かが触れた。

 空気のように全身を包み、生温く不快に絡みついてくる。


「テメェを殺すのは、最初からこれって決めてたんだよな__」


 見えていた時にはここまで鮮明には感じなかった。

 ただ『ドス黒い』としか思っていなかった。


 これが、魔力__

 

 

伽羅纏絡(きゃらてんらく)

染壱(そめのいち)__"落日(らくじつ)"』

 

 地面が揺れて何かがせり上がっていく音と共に、

「いっ…ああっ!!」

 リアナの悲鳴が聞こえた。


 

「リアナ!!__ぐうっ!!」


 ついて出た声を制するようにドクン、と『黒』が鼓動し、ぼくはその場にうずくまった。


 頭の中の声がぼくに話しかける。


『バカ、せっかく気付かれないようにやってんのに…いいから黙って魔力を吸収しろ』


 さっきから聞こえるものと同じ声。

 その声にいつの間にか、感情が生まれていた。

 

「お前は、一体…」

『黙れよバカ、気付かれたら終わりなんだよ。助けたいんだろ__』


 頭の中で響く声に呼応するように、視界を覆う『黒』が晴れていく。


『目の前の、大切な人を』

 

 そして、その両目は現実を映し始めた。



「うっ…くっ…!」

 

 リアナは地面から生えた二本の木に両手を貫かれて持ち上げられていた。

 無数の棘のついた植物の根が身体に巻きつけられ、食い込んだ肌から血が滴っている。


「__!!」

 その光景に思わず叫びそうになったぼくを、口を覆った『黒』が塞ぎ止めた。


『いいから黙って魔力吸えって言ってんだよ』


 __吸えって言ったって…


『器は作ってやったから、あとは注ぐだけだ。やり方も分かるだろ?』


 頭に響く声とは別に、先程からぼくの身体を支配しようとする『やり方』は感じていた。

 

 __本当に、大丈夫なのか?


『迷ってんじゃねえよ、早くしろ。ほら、リアナちゃん本当に死ぬぞ?』

 

 __っくそ、分かったよ…!


 考えている暇は無いのは確かだ。

 この女の言う事に従うしかないと覚悟を決めたぼくは、周囲に漂う魔力に身を委ねた。


 

 

「なーんか、お前…あんまり痛そうじゃねぇな」

「ふざけ…ないでよ!痛いに、決まってるじゃない…!」


 スクルージに覗き込まれたリアナが顔を背ける。

 

「いーや、染壱(そめのいち)でもガキが声も大して出さず耐えられるもんじゃねぇ__ってか、こっち向けや」


 スクルージが言葉を出した瞬間、周囲の根が鞭のようにしなってリアナを叩いた。


「いっ…!」

「ほれ、痛くねぇだろ」


 裂けた頬から流れた血が、根を伝って地面へと流れている。

 構わずスクルージはもう一度リアナの頬を根で裂いた。


「いっ!だから、痛いって__」

「せっかく剥いてやったのに、楽に死ねると思ってたとか…萎えるわぁ」


 

艶脱(あでぬぎ)


 

「責任、取れよ」


 

 ズリュッ、という音が聞こえた。

 何の音かは分からない。


 でも__



「ああっ!!いっ…いた、い!!!いや!!いやああ!!」


 リアナを守っていた最後の『何か』が剥ぎ取られたのだけは、その叫びからはっきりと理解出来た。


 

「__!!」

 ぼくの叫びは届かない。


「__!!」

 分かっていても、叫ばずにはいられなかった。


「いっ…!!ああ!!__カイ!!カイ!!!」

「おー、うるせえ。でもまあ、やっぱガキは撫でりゃ鳴くくらいじゃねぇと張り合いがねぇよな!ハハ!」

 

 リアナの叫びの隙間を縫ってスクルージの笑い声が聞こえる。


「じゃ、後に後ろのガキも控えてっからそろそろ終わらせますか」

「__っ!!なん、で…!!わたしだけって…」


「あ?別に片方は助けるとは『誓って』ないだろ?」

「そん、な…ぐっ!!うう!!」


 愉快そうな声を出すスクルージは、リアナから数歩離れた。


「もうちっと楽しんでもいいんだが、外の『アイツ』を怒らせても面倒だしな。そろそろ終わらせてやるよ」


 両手をリアナに向け魔力を放つと、リアナに絡みついた根がギシッという音を立てた。


「あっ…!!くっ…ぅ…!!」

「このまま締められんのとバラバラにされんの、どっちがいい?」


「うっ…い、や…いやぁ!!」

「選ばせてやってんだからちゃんと答えろや!!」


「ぅ…あ…!カ、イ…たす、けて…!!」



「__リアナ!!」



 ほんの少し前。

『黒』はぼくの口を閉ざすのをやめていた。

 

 やっと名前を呼ぶ事が出来た。

 今度は応えることが出来て良かった。


 間に合って、本当に良かった__


 

「ホントにな、チンタラしやがって」


 

夜統べる女王(ニュクス)



「おう、起きたかよ。てっきり狂っちまったのかと__」

 

 スクルージの声が届く前に、ぼくの身体はリアナの元へ辿り着いていた。


「__あ?」

「とりあえず返してもらうぜ、この変態野郎が」


『勝手に動いたぼくの身体』が軽く腕を薙ぐと、リアナを捕らえていた植物が全て吹き飛んだ。


「うっ…!」

 支えを失ったリアナが地面へと吸い込まれていく。


 __リアナ!!


「はいはい、分かってるよ」

 ぼくの身体はそれをしっかりと抱き止めた。


「心配症だな。アタシを信じろって」


 __だって、何か口悪いし…


「…助けてやんねえぞ、ホント」


 __いや、それは…って!後ろ!後ろ!



 会話の最中、ぼくの身体の後ろで闇が動いた。

 周囲の気配を『黒』で感知できるようになったぼくは、思わず声を上げる。

 

 少し遅れて振り向いたぼくの身体の前には、棍棒をまさに今振り下ろしたスクルージがいた。


「__死ねや!!」


 ぼくはリアナを抱えて棒立ちのままその棍棒を受け__


「あ?__ぐああっ!!」

 次の瞬間には柄だけになった棍棒を握ったスクルージが吹き飛ばされていた。

 


 __え…?何、今の…


「別に。アイツが弱えだけ__それより、リアナ」

「…あっ、えっ?私?」


「ちっと痛むが、我慢しろよ」


寧の揺籃(インテルメッツォ)


 詠唱と共にリアナを『黒』が包む。

 ジュッという音を鳴らしながら、覆った『黒』は身体の中に溶け込み始めた。


「…う…っ!」

『黒』が身体に馴染んでいくうちに音は消え、代わりにみるみるうちに傷を塞いでいく。

 

 __すご…こんな事も出来るんだ…


「な?代わって良かったろ?」


 そんな事を言っているうちに、血で塗れていた身体はすっかり綺麗になっていた。


「立てるか?」

「う、うん…」


 そう言ってぼくの身体はリアナを地面に下ろす。

 

 身体を覆っていた『黒』は完全にリアナに溶け込み、既にリアナの身体を覆うものはほとんど残っていない状態だった。


 __ちょっと!服、リアナに服着せて!


 頭の中でぼくに語りかけるが、それを無視してぼくの身体はリアナを眺め始める。


「いやーしかし、若いっていいねえ。傷の治りも早いときたもんだ。羨ましいよ、ホント」

 

 

 そのまま頭から爪先まで一通りぼくに見られた頃、

「__あっ…」

 ようやく自分が今どういう姿なのかを理解したリアナが、自分を抱くようにして隠すべき所を隠した。


 真っ赤な顔で必死に身体を隠すリアナを見て、ぼくの顔がニヤァと崩れる。


 __ちょ…!

 

「リアナ、よく見ないと傷の具合が分からないよ。ほら、手をどけて?」


 __ちょっと!!


「大丈夫だよ。僕達、愛し合った仲だろ?さあ早く、ほら」


 __ぼくの声でイタズラするのはやめてよ!!リアナが勘違いしたらどう__


 

「__カイ、じゃないよね?あなた…誰?」


 ぼくの身体のイタズラを躱すように、リアナは睨むような目をぼくに向けながらそう言った。

 ぼくと一緒にいる時には見ることのない、少しの敵意がそこに滲んでいる。

 

「カイはどこ?__もしかして、あなたがもう一人の敵?」


 ジッとぼくを睨みつけるリアナ。

 それに観念したぼくの身体は、

 

「__チッ。何で分かんだよ…」

『黒』を生み出してリアナに纏わせる。

 そのまま『黒』はワンピースのような形に変わり、リアナにしっかりと定着した。


「だって、カイはちょっと違うから…」

「愛の力ですってか?あーうぜえうぜえ」


 __お前、スクルージみたいになってるぞ…


「はぁ?アイツと一緒にすんなよ。身体も使えねえ癖に、バーカバーカ!」

「今話してるのって、カイですか?」


 __そうだよ、リアナ


「聞こえねえっての。身体使われてんの、自覚しましょうねー」


 __くそっ!もういいから代われよ!

 

「やーだよ。だって__まだ終わってねえし」


 会話の大渋滞を終わらせたぼくの身体は、吹き飛ばしたスクルージの方向に向き直る。


 そこには、壊れたはずの棍棒を握りしめたスクルージが青筋を浮かべて立っていた。


 

「テメェ…」

「リアナ『ちゃん』、邪魔だからちょっと下がってな」


 ぼくの身体に名前を呼ばれたリアナは、

「__えっ…あ、うん。分かった」

 

 少し言葉を含んだ後、残してぼくから離れていった。



「さて…じゃあ、パパッと終わらせますかね」

 ぼくの身体の余裕そうな表情に、スクルージの怒りが一段増す。


「こっちのセリフだよ…ガキ…絶対にぶっ殺す!」

「面白くない冗談だな。ママにジョークも教えてもらえなかったのか?」


 急に思うように行かなくなったスクルージは、棍棒を地面に打ち鳴らしてぼくを威嚇している。

 先程は恐ろしく見えたその行動も、今となっては地団駄を踏んでいる子どものように見えなくもない。


「ハッ!そうやってジタバタしてりゃ勝手に怖がる程度の奴しか相手して来なかったから仕方ねえよな!」


「クソ…ガキィ!!」

「はーいはい。クソガキが行きますよっと__」

 


伽羅纏絡(きゃらてんらく)染壱(そめのいち)__"落日(らくじつ)"』

 

夜統べる女王(ニュクス)・act.1__"暁の幕(オーバーチュア)"』

 


 スクルージの身体からドス黒い魔力が噴き出した。

 ぼくの身体からも『黒』が噴き出して、スクルージの魔力とぶつかり合う。


「…殺す…!」

「アタシの『夜』には勝てねえよ__」



 そう言ってぼくの身体は腕を突き出す。

 その腕を警戒したスクルージが一瞬怯んだ隙に、


「__バーカァ」


 握った拳を返しながら、ぼくの身体はスクルージに中指を掲げた。



 

 スクルージはそれに煽り返してくることはなかった。

 これ以上ない、開幕の一撃。


 __開戦の合図としては、十分すぎる威力だった。

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