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壊れる、崩れる__そして、生まれる


 壁の方からギャリギャリと激しい音が絶え間なく聞こえてくる。

 スクルージの展開した有刺鉄線の壁は段々とその密度を高めていき、向こうの父は見えなくなっていた。


「父ちゃん、来てくれねぇなぁ?」

 スクルージがニヤけた顔で棍棒を振り下ろしてくる。

 ぼくはリアナを抱えてギリギリのところでそれを躱した。


「子どもがこんな大変な事になってんのに、なぁ?」

 壁から鳴る音に呼応するようにスクルージの笑みの不快さが増している。


「誰のせいだと思ってるんだ…!」

「ん、俺のせいか?」

 言葉をぼくに投げながら、スクルージはもう一度棍棒を振り上げた。


「まあそうとも言えるな!ハハッ!」

 緩慢に振り上げるそれは、今のぼくでもなんとか避けられるくらいの速度に調整されている。

 ぼく達を殺すのを楽しんでいる__そんな感情が動作からありありと感じられた。


 ぼくは棍棒を避けるため地面を蹴ろうとして、それが出来ないことに気付く。

 足元を見ると、いつの間にかぼくの左足の膝から下が無くなっていた。

 

「なんで、避けたはずなのに…!」



 頭の右半分、右肩から先、そして今分かった左足。

 これまでの何度かのやり取りでスクルージに削られて無くなった部分だ。


「あ?テメェ、避けてたのかよ。あんまりにも遅いからてっきり『次はここをお願いします』って毎回差し出してんのかと思ってたわ」


 これだけ無くなっても痛みすらほとんどなく動けているのは、父の魔法__『隔絶せよ(アストレイジス)』のお陰だ。

 逆に言えばこの魔法が切れてしまえば、数瞬ももたずに意識を失いそのまま死んでしまうだろう。

 それだけは何としても回避しなければならない。


 __この場所からリアナを逃がすまでは。



「…クソッ!」

 躱しきれないと判断したぼくは咄嗟に抱えたリアナを投げ、スクルージと逆の方向に身を捩る。

 グジュ、という肉が潰れる音の直後に棍棒が地面に当たり、その衝撃でぼくは壁際まで吹き飛ばされた。


「おっ、いいの入った。ナイス俺」

 ケラケラと笑いながらスクルージは棍棒を持ち上げる。

 ヌトッという音が聞こえて来そうな赤く太い糸が、今の一撃でどれだけぼくを壊したのかを物語っていた。

 

「…ゴボッ!」

 込み上げてくる熱い塊をこらえきれず、地面に吐き出す。

 吐き出された赤い塊は既に撒き散らされているそれらと混ざり合って、水溜まりのようになった。


 ギャリギャリと鳴っていた音は、少し前から聞こえなくなっている。

 父がぼく達を置いて消えるとは思えない。

 恐らくこの壁は突破するために何かを考えているのだろう。 


「死なねぇのは別にいいんだが、痛みまで感じないのはなぁ…」


 スクルージはぶつぶつと独りで呟いている。

 壁の外に忘骨の探索者がいるというのに、眼中にも無いといった様子だ。

 ましてぼく達など、自身の憂さを晴らすための道具くらいにしか思っていないだろう。


「ゴホッ…こんなにグチャグチャにしてるのに、まだ不満かよ…」


 だが、今そう思っているのは都合がいい。

 そのおかげでぼく達は助かっているといっても過言ではないだろう。


「いや、別に不満っていう程じゃねえけどな。ちょっと味気がねぇだけだ」

 

 事実、ぼくには目の前の男を御する手段を持ち合わせていない。

 それならこのまま弱者として、この状況を相手に飽きさせないようにすればきっと父が助けに来てくれる。

 

「…じゃあ、もっとぼくを削ってみろよ。全部避けてやるから」


 ぼくはもう助からない__痛みは無くても、それくらいは分かる。

 ならばどうせ死ぬぼくがこのままで引き付け続ければ、リアナはこれ以上傷つかずに済む。

 

「ほら、武器でも魔法でも使えよ。舐めてるガキ一人殺せないなんて、忘骨なのに大したことないな!」

 ぼくは言葉と共に身体を持ち上げ、膝上まで残った左脚を無理矢理地面に突き立てて上体を起こした。

  

 目一杯手を抜かれていることなんてわかっている。

 だが舐められているならそれはそれでいい。

 このままぼくに攻撃が向くように言葉を投げ掛ければ、その内父が壁を突破して助けに来てくれる。

 

「この身体でも、お前の攻撃なんか簡単に__」



「あー、もういいわ。そういうの」

 ぼくの言葉を遮ったスクルージが白けた、と言わんばかりの顔と声をこちらに向ける。

 武器を握っていない左手で三本の指を立てて、前に突きだした。



「三つ、テメェは思い違いをしてる」

 スクルージはそう言いながら親指を内側にしまう。


「まず一つ、テメェの口車に俺は乗ってねぇ。女のガキは別に後でちゃんと殺す」

「…クソッ、バレてたのか」


 嘘だ。

 正直バレているとは思っていた。


 腐っても相手は忘骨だ。

 ぼくに敵意が向けばラッキー、程度に思っていたからこれはさして問題ではない。


 続いてスクルージは、人差し指を内側にしまった。



「二つ目。テメェの父親は絶対ここに来ることはねぇ」

「__っ!そんなこと、なんでお前が分かるんだ!」


 予想外の言葉に、思わず本音が漏れた。


 父がここに来ない。

 それはぼく達二人の確定の死と同義だ。


 倒す術がないぼくはどれだけ攻撃を避けたところで状況を打開することは出来ない。

 父がこの場所に来ることは絶対条件で、ぼくは必ず来てくれると思ったからここまで踏ん張ることが出来た。


 それに、スクルージが忘骨を保持しているとしても父も忘骨探索者だ。

 絶対に来られないなんて事は、考えられない。


「お前程度の忘骨の魔法なんか、お父さんはもうすぐ破る!」

 

 スクルージはぼくの言葉を無視してぼく達とは逆の方向の壁を見た。

 しばらくその方向を見た後に、はぁ、とため息をついてぼくの方に向き直った。


 

「…クソムカつくけどな」

「え?」


 それまでしていたニヤケ顔はなく、本当に心底腹が立ったような顔をしている。




「いるんだよ__俺より強ぇ忘骨が、外にもう一人」



「…は?」

 思いもよらぬ言葉に、絶句した。


 忘骨が。

 目の前の男より強い忘骨が、敵として外にもう一人いる。

 表情を見るにスクルージは嘘をついていない。


 なら、ぼくは…ぼく達は__


「『鱗羽織(うろこばおり)』があるからテメェには見えねぇだろうがな。今も奴と戦ってるぜ」



 身体が血を失った事を今更思い出したように動かなくなった。


 途中から壁を削る音が聞こえなくなったのは壁を破る魔法を使用するためではなく、戦闘が始まりぼく達を救う余裕がなくなってしまったから。



 こんなに耐えたのに。

 リアナを、守りきれると思ったのに。


 あまりにも残酷な真実を突きつけられて次の行動をすることが出来ないぼくに、スクルージは話を続けた。


「残念だな。守りきれると思ったのに、な?」

 その顔はニヤケ顔に戻っている。

 ぼくを嘲り笑うように、最後に残った中指を上に向けた。

 

「さて、そんなテメェに最後__三つ目の思い違いだ」


 

 言葉が終わった瞬間。

 ぼくの左脚にドス黒いモヤが溢れだした。


「…これは、魔力…?」

 スクルージが出した魔力のモヤはそのまま左脚を包み込んで、ぼくの脚は真っ黒になる。

 手で振り払ったが、すり抜けるばかりで全く意味がない。


「なんで今更…」


 そう、今更だ。

 今更左脚が全て潰されたところで大して状況は変わらない。

 スクルージもそれは十分に理解しているはず。


 なのに、なんで魔法まで使って損傷の大きい左脚を狙うのか、ぼくには理解できなかった。


「俺が向こうのガキを狙っていることも、父親がここに来られねぇことも、これに比べりゃ大したことねぇよ」



 いや、そうではない。

 ぼくは目の前の敵__スクルージのその残虐性を、理解できるはずもなかったんだ。

 それなのにぼくはどこかで紙一重で戦えている、などと自惚れていた。


 そんなこと、分かったところで状況が覆るわけでもない。

 でも__


 

「__俺が、痛みを与えられねぇと思ったか?」


   

紗殻離落(しゃがらりらく)



 スクルージの唱えた魔法と共にドス黒い魔力はパン、という軽い音を出して『光の膜と共に』弾けて消えた。


「こっから先、地獄だぜ?」


 

 欺かれた事、弄ばれた事。

 リアナを…助けられなかった事。

 

 __ただ、ひたすらにそれが悔しかった。


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